九重結菜、ヤンキーへの認識を改める①

「ことの経緯けいいをいくら説明されても、ちっとも理解できません」


 結菜はそのように宣言すると、ついには納得することをあきらめた。佐和くんがヤンキー集団に一人で突貫してから、如何いかにして彼らと和解せしめたのかは、きっとこれからも謎のままだろう。


「いつの間にかに、人もたくさんいますし……」


 結菜達は現在、ヤンキー集団と合流して、彼らの事情を聞いている最中であった。公園の長椅子ベンチに座る女子二人を中心にして、陽気な男衆がおもいおもいにたむろしている光景は、はたから見ればさぞや異様に見えるに違いない。


「話してみたら気のいい奴らばかりでさ、九重さんが心配する必要はないと思うよ」


 すっかりヤンキーの集団の中に混じってしまっている佐和くんが言う。

 なぜか馬が合った様子の佐和くんとヤンキー達であるが、その理由を尋ねてみても、ちっとも話が見えてこなかった。当の本人達は「まことの男同士なら、言葉がなくとも通じ合えることがある」などと気味の悪いうなずき合いをしているが、とうとう結菜はこれを無視することに決めた。きっと適当なことをいているだけなので、真面目まじめに聞いても得はない。

 それなので──


「こんばんわ。私は九重結菜と言います、あなたの名前は?」

「あっはい、こんばんわ。設楽したらゆうきといいます」


 話にならない男どもは放っておき、結菜は一人だけ所在なさげにしていた女子に声をかけた。ブレザー服のおさげ髪。結菜には見慣れないが、おそらくどこかの学校制服なのだろう。変に着崩したりはしないながらも、気取らない可愛さがある少女だった。歳のころは結菜と同じくらいかと思われたが、尋ねてみると結菜よりも二つ年下らしい。


「それでもう一度だけ確認をさせて欲しいのですが、設楽さんは決しておどされたりはしていないと?」

「はっはい。むしろ皆さんにはとてもよくしていただいて」


 結菜が最初に彼女を視認したときは、ヤンキーの一団にからまれているように見てとれた。しかしそれは誤解なのだと彼女は言う。無理矢理にそう言えと強要されてはいないか、本当に彼らには非行がなかったのかと、そう問いかけてみても答えは同じであった。

 それどころか設楽さんは、彼らのことを擁護ようごする発言をする。


「お兄さん達には助けてもらってばかりで、本当に感謝しかありません」

「助けて……ですか。よければ、その辺のお話を聞かせてもらっても構いませんか?」


 ヤンキー集団と少女という、あまり馴染なじみのない関係の接点がどうにも想像しにくかったため、理由を尋ねてみる。


「その……じつは──」


 すると彼女は辿々たどたどしげながらも事情を語ってくれる。


「──私は中学三年生になって、通いたいと思う高校があったからじゅくに通い始めたんです。けどうちには事情があって……夜遅くなっても、他の塾生じゅくせいみたいに送り迎えとかはなくて……怖いけど一人で帰宅するようになったんです。この公園は帰り道です」


 それは、彼女が夜遅い時間ながらに、この公園にいた理由である。

 彼女の家は兄弟の多いご家庭なのだそうで、まだオシメも取れない妹もいることから、自分の習い事によって両親に負担をかけることはいとわれたそうだ。同じく歳の離れた妹をもつ結菜としては、グッと親近感を覚える話であったが、余計な言葉は挟まずに話の続きを聞く。


「最初はころは大丈夫だと、そう思っていたんです。もうすぐ十五歳にもなるんだし、自分一人で夜道を行くくらい……何かあったとしても、道行く人に助けを求めるぐらいはできるだろうって……でも──」


 設楽さんはそこで一度、つらそうに言葉を詰まらせてから口を開いた。


「あの日、とても怖い思いをしたんです」


 ●


 あの日は、どうしても分からない問題があって、塾講師の先生に解説を聞きに行ったんです。その分だけ帰りの時間が遅くなってしまって、足早に帰路についている最中でした。


「それでも……少しぐらいは羽目はめを外したくなるよね」


 家に帰ったらずっと誰かがいる。

 それは、私にとっては当たり前の日常で、ありがたいことなのかもしれないですけど……私にだって一人になりたいときもあるんです。

 だから、いつものように、塾帰りの寄り道をしました。


 お池公園の長椅子。


 そこに座って、今日の授業は退屈だったなぁ、なんてぼんやりするひとときが私の一日の終わりの楽しみでした。兄弟達に邪魔されることもなく、一人だけの思考に没頭できる時間なんて、私にとっては貴重でしたから。

 そんな風に一人の夜にも慣れてきて、不気味だった真夜中の公園も今では味のあるものに感じられてきたなぁ、なんて考えているときでした。


「あの……」

「えっあ、はい」


 後ろから声をかけられたんです。


「これ落としましたよ?」

「えっ……いや、ごめんなさい。これは私のじゃありません」


 その男の人はフードを目深まぶかに被っていて、顔はよく分かりませんでした。けど何かとてもソワソワしている様子で、はっきり言って、とても不審な人でした。そしてハンカチを私に差し出してきたんです。でも、あんな男物おとこもののハンカチはもちろん私のものじゃなくて、私は慌てて断りました。


「あの……どうかしましたか?」

「え、あ、いや」


 でも、その男の人はずっとそこに立ったまま、声をかけても、ずっと私のことを見るばかりだったんです。

 不気味に思った私は、長椅子から立ち上がって帰ろうとしました。


 そうしたら──


「あっあの名前を教え──」

「きゃっ⁉︎」


 肩をつかまれたんです。


 私はびっくりしてしまって、そのまま力一杯に走りだしました。けど、後ろから「待ってくれっ」なんて声が聞こえてきて、その男の人が追いかけてきているみたいだったんです。

 私、本当に怖くなってしまって……もう泣きそうになりながら、パニックになりました。だから、とにかく誰でもいいから助けを求めるつもりで、走って走って……そうして遊歩道の先に、人だかりができている場所へと思わず飛び込んだんです。


「た、た……助けてっ」

「んぁ? お姉ちゃん、どうかしたん?」


 そこにいた人達は、とてもいかめしい風貌ふうぼうをしたお兄さんの集まりでした。

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