幕間

サービスマン、ヤンキーと対峙する

九重結菜、夜の公園を散歩する

 これから語るのはサービスマンこと佐和大輔と、誰もが認める美少女、九重結菜が『対価』を得るために人助けに専念していた頃の話である。


 ●


 九重結菜は四月に引っ越してきた転校生であり、未だこの街の土地勘とちかんはない。

 自宅周辺と通学経路においては地理を把握はあくしているものの、それ以外となると、まだまだ認識がうすいところがあった。

 よって今回、連れてこられた公園は初めて訪れる場所になる。


「こんなに大きな公園があったんですね」

「ああ、名前は……なんだっけ。とりあえず『お池公園』って親しまれてるな」


 その公園の中心には大きな池があった。

 そして池を囲むようにして舗装ほそうされている遊歩道、運動場としての機能を果たすグラウンド、対岸を渡す橋まである。一見しただけでも、そこらにある子供の遊び場のような公園ではないことが理解できる、大きな庭園だった。

 だからこそ園内は、手入れをする人員が配置されているのだろう、綺麗きれいに保たれている。


「こういう場所に不良青少年がたむろするとは思いにくいんだが……」


 結菜の隣で歩く青年──佐和大輔がボヤくようにしてつぶやいた。

 彼はそのあだ名を『サービスマン』という、極めて特殊な……趣味? を持つ高校生だ。苦難に直面した人を見つけ出してはお節介を焼き、解決へと導く活動をする。いわゆる『人助け』をしていた。

 結菜は、そんな彼の『人助け』に随伴ずいはんする形でこの場所にいる。


「何か気になることがあるんですか?」

「今回の依頼なんだけど、どうにも胡散臭うさんくさいところがあってさ」

「具体的には?」

「まず依頼人が匿名とくめいで、どこの誰かも分からない──」


 佐和くんから説明を受ける。

 彼の受けた依頼は、生徒会が用意した目安箱に投函とうかんされたらしく、「近所の公園にヤンキーたちが屯していてとても怖いです、どうか追い払ってください」という文面で投書されたものだという。合わせて記載されていたのは公園の場所と時間帯の指定のみで、それ以外の情報はない。


「匿名希望の依頼というのも、ないこともないんだが……やっぱり珍しいからな。イタズラの可能性もあるんだけど──まあ、とにもかくにも、現地で確認するしかないかなって」


 そう言って、佐和くんはお気楽な様子で笑っていた。

 結菜としては、その能天気な態度にあきれてしまう。

 結菜たちが、これから相対しようというのはヤンキーである。もちろん米国人の俗称ではなく、不良少年たちの意味だろう。であるならば、この先で暴力沙汰が起こる可能性だってあるのだ。

 それなのに、震えあがっているのは自分だけ。

 佐和くんにも、ちょっとは緊張感というものを持って欲しい。

 そのように要求すると、彼は真面目な顔をして物を言う。


「大丈夫だ。たとえ物騒な流れになったとしても、九重さんを巻き込むことはない。もしもの時はちょっと110番して欲しいだけで、遠くから様子見してくれるだけでいい」

「そうですか、それなら安心です──とはならないんですよ」


 結菜は、気持ち強めに非難した。


「佐和くんはどうしてそう、自分から厄介ごとに首を突っ込むのですか。人助けをするにしても、もうちょっとやりようというものがあるでしょうに──」


 結菜自身が彼の『人助け』に救われている立場であるために、口出しをするのはとても心苦しいものがあったが、それでも言わずにはいられなかった。

 今回の一件、イタズラかもしれないということはもしかしたら、不良少年へと食ってかかる結菜達を見て、どこかでほくそ笑んでいるやからがいる可能性がある。それを理解していながら、どうして進んで危険なことをしようとするのか。

 そのように問いただすと、佐和くんはまたもや笑って言うのだからタチが悪い。


「そんときゃそんときだな。ヤンキーにおびやかされる可哀想な人はいなかったことを喜ぼうと思う」

「何をトンチンカンなことを。私はですね、それで佐和くんが怪我けがでもしたらどうするって言ってるんですっ」


 どうにも言葉の通じない彼に、結菜が何を不満に思っているのか、直球に言ってのける。すると、彼は面を食らったようにしていた。どうやら本気で思い至りはしなかったらしい。その素っ頓狂とんきょうな顔に、結菜は「はあ」とため息をついた。

 佐和大輔という人物には、とにかく危機意識が足りない。

 どうやら彼にとっては荒事もまた日常茶飯事にちじょうさはんじであるようなのだ。慣れきっている。人助けをしていると、あらゆる局面に遭遇するからには、そういった事態もまた想定すべき事柄であるらしい。

 そこまでして彼が『人助け』に没頭する理由は、いまだに判然としないが、それでも身の危険を顧みないほどに根をつめる必要はないはずだと、結菜は思う。

 瞳を半眼にしながらに彼を見ると、居心いごころが悪いのか、身の置き所がないという風にしていた。


「ああー……うん。本当に心配することはないよ。自分の身はきちんと守れる」


 佐和くんが言うには、自衛手段の持ち合わせはいくらでもあるのだという。

 結菜が「本当ですね?」と念を押すと「もちろんです」と返答があった。そうであるならば、これ以上の問答は無用であると、結菜も引き下がる。


 その後は、二人して何も語らずに遊歩道を歩いた。


 静かな夜である。

 ほほをなでる風が柔らかくてあたたかい。春の夜空が穏やかな池の鏡面に映されている。公園の街灯なども煌々こうこうと存在を主張していたが、その明かりはぼんやりと優しく、公園内にはアンニュイで独特の雰囲気がたたえられていた。

 嫌いではないおもむきがそこにあったが……ふと思う。

 これではなんだか、若い男女の逢引あいびきのようではないか?


「そういえば、こんな時間に外出しても大丈夫だったの?」


 しかしそんな思いつきは、佐和くんの質問により霧散むさんする。

 どうしてか「このままではマズイ」という思いを掻き立てられていた結菜は、これ幸いと彼の質問へと意識を向けた。


「両親にはしぶられましたが……これもひまりのためです。無理矢理に説得して来ました」

「それは、なんというかまあ……無茶はしないようにね」

「もちろんです」


 確かに現時刻は、結菜のような女子高生がみだりに徘徊するような時間ではない。

 しかし、草木も眠る丑三うしみつ時というほどに遅い時間でもなく、公園内にだってちらほらと人影があった。帰宅途中のオフィスレディにジャージ姿で走りこむ大学生。これだけの目があれば滅多めったなことも起きないだろうと、そのように結菜が言うと「九重さんって、なにかズレてるよ」と呆れたように言われる。


「そうでもないと思いますが……どうしてですか?」

「本気で言ってる? ……君もちょっとは自身を見つめ直した方がいい。まずは鏡を見てくれ」


 先ほどとは逆に、今度は佐和くんから「はあ」とため息をつかれてしまい、不愉快な気分になった。なんだか自分のことを客観視できていないと言われているようだが、他の誰でもない、彼からだけは言われたくない。


「それは私が世間知らずだと言いたいのですか?」

「いんや、自己認識が甘いと言っている」

「いいでしょう。今回は流しますが、今度改めて、お話を聞かせてくださいね?」

「え、怖い」


 不服ではあるものの笑顔を見せ、大人な態度をとって言ってやったのだが、佐和くんはなにをおどけているのか、過剰に恐ろしがる素振そぶりを見せている。

 まったくもって、ふざけた人だ。


「っと──ちょっと待った」


 そうしていると、佐和くんが何かを見つけたようで、結菜へと制止をかけた。

 そして「あれを見て」と言うので、彼の指し示す方向を見る。

 薄暗くて咄嗟とっさには確認できなかったが、池を超えた向こうがわ、対岸に設置される長椅子ベンチを中心にして、ワラワラと群れている一団がいた。


「なんだか物々しい集団ですね。そうしたら、あれが?」

「依頼にあったヤンキーどもだろうね」


 その一団は、見るからにいかめしい格好をした人ばかりで、とてもではないが健全な青少年達の集まりとは言い難い。閑静かんせいな公園の中で彼らだけが浮いているからには、くだんの不良少年達というのは、彼らのことで間違いないだろうという意見で一致した。


「なんだか……女の子がからまれてないか?」

「えっあ、本当だ」


 佐和くんの言葉によって気づいた。

 不良少年達の中心──木製の長椅子の上に、女性がぽつねんと座っている。遠く対岸からでは詳細な状況までは分からないが、うつむいておびえているようにも見えた。それでなくとも、女の子が大勢に取り囲まれているからには、非常事態だとみなしていいだろう。


「大変です、佐和くん。通報しましょう」

「え、いや。もしかしたら友達同士かもしれないし」

「そんな悠長なことを言っているひまがありますか──」

「よしんば乙女おとめの危機だとしてもだ、警察を呼んでも間に合わないぞ? 待ってるだけじゃ解決できない」


 女性の被害を未然に防ぐことを望むならば、誰かがあの集団の中に飛び込む必要がある。そして、予断を許さない状況であるからには、その役はどうか自分に任せて欲しい。

 そんな彼の言い分によって、結菜の気負いたった感情ははぐらかされてしまう。


「予定通りにいこう」


 そうして、当初から示し合わせていた通りの行動を取ることになった。

 佐和くんが不良少年達に接触を試みて、結菜が後方から様子見をする。状況に応じて、結菜が警察へと通報をするという段取りだ。


「佐和くんっ」

「ん?」

「……どうか気をつけて」

「わかった。行ってくる」


 おもむろに歩を進めていく佐和くんの後ろ姿ははかなげであり、結菜にはまるで、死地におもむく兵隊のような悲壮さすら感じられた。


 ──十分後。


「なんか、すっげぇ仲良くなった」


 結菜の前には、不良少年達と一緒に戻ってきた佐和くんの姿がある。

 彼らはなにが楽しいのか、肩をがっしりと組み合って、右へ左へと、まるでカンカンダンスを踊るように陽気なステップを踏んでいた。


「なにをどうしたら、そんな結果になるんです?」

「一度あったら友達だろ?」


 呆気あっけにとられて尋ねると、そんな返答があった。


「その理屈でいうと、私と佐和くんは兄弟になってしまいますが」

「毎日あってるからな。九重さん、上手いこと言うね」


 結菜は、一際大きいため息をこらえきれなかった。

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