サービスマン、励まされる

 その日の放課後、とあるバス停留所にて。


 パシュッ


 という、空気をはじけ飛ばしたような音が聞こえて、目前にバスが止まる。

 車体外観に表示される行き先を眺めて、目的地に相違そういないことを確認したのなら、それに乗り込んだ。やがて発車する市営バス。人影のまばらな車内において、なんとなく奥から詰めてゆくのが自然な流れのような気がして、最後部の座席へと向かう。

 そこに二人で、横並びに座った。


「今日こそは、佐和くんに問いめたいことがあります」

「はい、なんでしょうか」


 大輔が隣へと顔を向けると、九重さんの姿がある。

 昼休みでの件がまだ尾を引いているのか、彼女の言葉にビクビクしながらに応答した。


「あなたは口から出まかせばかりを言いますから──」

「そんなことはないかと」

「言いますから」

「はい」


 並々ならぬ言葉の圧に逆らえるはずもなく、大輔はイエスマンに成り下がるしかない。

 そのようにオロオロと挙動不審きょどうふしんになっていると、九重さんは嘆息をつき「べつに怒っているとかはないですから、普通にしてください」とあきれたように言う。けれど簡単にはその言葉を信じることができず「かしこまりました」と返すと、彼女はもう一度深く「はあ……もう、それでいいですから」とあきらめたように嘆息をついた。

 

 九重さんは神妙にして居住まいを正す。

 そして、意を決するようにして尋ねてきた。「ずっと聞きたかったことがあるんです」


「佐和くんはどうして私達を……いえ、困っている人へと手をさしのべてくれるのですか?」


 その瞳は真っ直ぐに大輔へと向いている。


「あなたはどうして『人助け』をするんですか?」


 つい頭をポリポリとしてしまう。

 大輔は問われてからしばし、黙り込んでしまった。今更いまさらに、そんな質問をしてくる九重さんの真意というものを考えてしまう。しかし、やがて「うん、そうだね」と頷いて、正直に答えることを決めた。彼女にはもう、隠し事をする理由がない。


「自分のためだ」


 はっきりと述べる。

 それだけでは言葉が足りないであろうから、さらに説明を重ねた。


「もしかしたら、もう予想がついているかも知れないけれど……俺は自身の延命のためだけに『人助け』をしている」


 それは大輔が『サービスマン』として活動する、本当の理由であった。

 大輔はなにも、世のため人のために慈善活動をしているわけではない。マガダマの乱用により、残り少なくなってしまったおのれの寿命をなんとか延ばすためにこそ『人助け』を行っている。


「さて、なにから話せばいいのやら……」


 窓の外へと視線を向ける。

 流れていく街の景色を見送りながら、ある程度、話す内容を定めてから口を開いた。


「俺の命というのはまあ、風前の灯火ともしびというよりかは、使い切り寸前の蝋燭ろうそくみたいなもんだ」


 それは大輔の残りの『命』の話。

 風が吹く前の灯火であれば、風防をすればいいというトンチを働かすこともできるかもしれないが、そもそも燃焼剤たるろうがない状態である。燃やすものがないのだ。よって、取るべき手段というのも一つしかありえなかった。

 

「俺の蝋燭はすでに残り少なくて、このままだとすぐに燃え尽きちまう。だから、どうにかしてよそから蝋を継ぎ足す必要があった」

 

 足りないものは補うことでしか対策の取りようがない。だから大輔は、誰の手もつけられていない蝋燭を見つけ出そうとした。詳しく話しだすと長くなるので、この場では言及しないが、この世には誰のものでもない純粋な『命』の塊というのが、存外にある。


「それらを探し出して、なんとか生きながらえようとしたわけなんだけど──」


 しかし、大輔がどんなに頑張がんばったところで、集まったのは残りかすのようなかすかな『命』だけだった。人一人分ひとひとりぶんの生涯を担保するにはどうしても量が足りない。

 そうなるともう、残された方法は一つしかなかった。


「だから俺はマガダマに願うことにした。『他人から命をゆずってもらえるように』と」


 大輔が生き延びるために見出みいだした活路、それは他人から『命』を融通ゆうずうしてもらうこと。

 持たざる者はめる者から恵んでもらうしか、生きる道がない。


「しかしだからといっても、無分別に誰彼だれかれ構わず『命』を強奪するような行いは、いくらなんでもはばかられる。だから『譲り渡してもいい』と思ってくれる人からだけ、もらい受けるようにした。そして、多くの人にそう思ってもらうためにこそ、一つの活動をすることになった」

「それが『人助け』……というわけですか?」

「そういうこと」


 人を助ければ恩を売れる。そして恩が売れれば、大抵たいていの場合、人はそれを返してくれようとする。そんな気持ちの現れこそを条件にして、マガダマを使った。

 つまり大輔は『人助け』をすることによって、恩に着せた人々から、その『命』をもぎ取ってきたのである。


「もちろん、貰い受ける『命』はごく微量だ──」


 小さな親切をほどこしたから一生涯の命をよこせなんて、そんな悪魔のような要求をしているわけではない。一人一人からは少量の『命』をもらい、それらをより合わせることによって、明日の朝日を拝むことにこそ使わせてもらっている。

 しかしそうだとしても、なにも告げずに他人の命を奪うからには悪辣あくらつな行為であることには変わりはないだろう。


「だから、俺が『人助け』をする理由はひたすらに自分のためだけというわけで──むしろ悪質な行いだとも言える。俺という人間の底が知れるというものだろう」

「それは、いったいどういう……」

「俺が『正義のヒーロー』だなんて、間違っても有り得ないってこと」


 その言葉は『人助け』をしていると度々たびたびに言われる賛辞さんじであった。

 他人のために献身けんしんできる精神こそがとても崇高すうこうであり、それを体現している大輔はまさに『正義の味方』であると。

 だが、それを聞く度にこそ思うのだ。


 ──自分には分不相応ぶんふそうおうだ。


 いつか大輔が、偉業のような『人助け』を成したとしても、誰からも感謝されるいわれはない。大輔は義理人情というものを小狡こずるく利用して生き延びてきた。そして義理人情に反する者こそを、人呼んで外道げどうというのだから。


「俺には人から『ありがとう』なんて言ってもらえる資格がない」

「佐和くん……」


 話はそこで終わりだった。

 なんだか思いのほかに熱弁になってしまった気もしたが、大輔の嘘偽うそいつわりない気持ちは全て吐露とろしたつもりである。そうであれば、今の話はどのように捉えられたのであろうか。そのように疑問に思い、九重さんを見る。


「……むぅ」


 彼女は分かりやすく不服そうな表情を見せていた。

 そのブウタレ具合はまるで子供ようでもあり、これまでの彼女からは見られなかった珍しい態度だった。少なくとも、ひまりちゃんが病床に伏している間にはなかった出来事できごとである。

 そして彼女は「失礼します」と言い、了承も得ず、大輔の手を取った。


何事なにごとかな、これは?」

「いいから黙って聞いてください」


 大輔としては予想外のことにドギマギとするばかりだ。しかし九重さんは、そんなことはお構いなしとばかりに、ガッチリと大輔の両手をホールドしている。


「あなたは私たち姉妹を助けてくれました。そのことになんとお礼を言えばいいのか、感謝の言葉もありません。本当の本当に、ありがとうございます」

「えっ、あの……はい」


 唐突な感謝の言葉に、大輔が困惑していると、彼女はその整った面差おもざしをずいっと寄せてくる。そして、スウと大きく息を吸い込むと、はっきりとした声音で言った。


「あなたがなんと言おうとも、私は自分の意見を曲げるつもりはありません。佐和くんは『正義のヒーロー』なんです」


 大輔は、彼女のその真っ直ぐな瞳から目を離すことができなかった。


「だから、そんな風に自分をおとしめないでください──はっきり言って不愉快ふゆかいです。私のヒーローを悪く言うのはやめてください」


 そうして九重さんは鼻息を荒くしながらに、元の位置へと戻る。大輔としては、美形な顔が急に迫ってきたために、動悸どうきする心臓を抑えるのに忙しかった。しかし、やがて気持ちが落ち着いてくると「かなわないな」と、そう思った。彼女は大輔のしていることを知ってなお、肯定の意を告げてくれたのである。自らの行為が間違っていないと言われることは、単純に嬉しかった。

 しかし大輔は、妙な反骨精神を発揮してしまって、素直すなおじゃない口を叩いてしまう。 


「人が遠慮して欲しいと言っていることを、わざわざ言及するのは如何いかがなものか」

「うるさいです。佐和くんの嫌がることなんて知ったこっちゃない──そんなことより」

「そんなこと呼ばわり」

「今のお礼の言葉で、私はどれくらいの『命』を奪われてしまったんですか?」

「大したことはないと思う。きっと規則正しい生活を心がけていれば取り戻せるぐらい」

「なら問題なんてないじゃないですか。今後とも、佐和くんが何か見上げた行動をしたのなら、容赦なくめそやしますからね、覚悟しておいてください」


 まるで女傑じょけつのように「善行はすべからむくわれるべき」と言ってのける九重さんに、思わず舌を巻いてしまう。

 だから感嘆の気持ちを込めて、いつもの台詞せりふを大輔は言った。


「まったくもって本当に、九重さんは真面目まじめだな」

「何度も言いますが、真剣に生きることは悪いことではありません」


 その堂々とした返答が、妙にに落ちてしまった。


「そりゃそうだ」


 その時ちょうど、バスが目的地──市民病院へと到着した。

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