第一話 エピローグ

サービスマン、パシる

 高校の学舎に、昼休みを告げるチャイムが鳴る。

 それに合わせて教室を飛び出した大輔は、購買部こうばいぶへと向かい、チョココロネとチキンカツサンドを購入する。そしてその足で三年生校舎へとおもむき、一人の女子生徒へとチョココロネを手渡した。


「ご苦労、サービスマン。助かるよ」

「うす、ついでに飲み物も購入してきやした」

「お、気がきくね」


 女子生徒と軽く会話をこなすと、依頼を完了する。

 そうなると用はなくなるため、大輔は自らが所属するクラスへと戻った。


「おー佐和、戻ったか」

「おう」

「急に飛び出していったから何事なにごとかと思ったぞ、今度は何があったんだ?」


 同じクラスに振り分けられてから、何かと付き合いのある友人より声をかけられる。そいつと話をするために、隣の席を拝借はいしゃくすることにした。座席の持ち主は、教室前方でクラスメイトと楽しく会話している最中だ。軽く視線を向けてきたので「借りていいか?」と身振りすると「おけまる!」と言わんばかりの良い笑顔で返答される。元気そうで何よりだ。


「三年の先輩からチョココロネを買ってこいと言われてな、意外と人気ある商品だから、売り切れる前にと思ってダッシュした」

「お前、それパシリじゃん」

「そうだけど?」

「そうだけど? じゃねぇよ。大丈夫か? おどされたりイジメられてる……わきゃねえもんなぁ……佐和だかんなぁ」

「勝手に心配されて、勝手に納得されても困るぞ」


 友人からすべがないものを見るような視線を向けられて、不満を覚えた大輔は言い返してやる。


「それに『対価』はキチンともらってるからな、タダで働いているわけじゃない」

「なんだ、ついに天下のサービスマンも金をとるようになったのか?」

「そういう意味じゃねえ」


 暢気のんきに「タダより怖いもんはねえ〜」と口ずさみながら飯をかっ喰らう友人へと言及する。

 その三年生の女子生徒は、どうしても席を外せない用事があるからと、ランチのおつかいを大輔に頼んできたのだ。もちろんチョココロネ分の代金だっていただいている。確かに気安く便利使いされている感は否めないが、決してあごで使われているわけではない。

 そのように言い訳じみた説明をするも、聞いている友人はあまり興味がなさそうだった。

 大輔は釈然しゃくぜんとしない思いをしながらに、購入したチキンカツの包みを開けていく。それとともに鼻腔びこうをくすぐるソースの香りがしてきっ腹が刺激された。一口でガブリと食らいつくと、チキンのあぶらがとても美味い。


「そういえば佐和よ」

「なぁん?」


 口に食べ物を含みながらの返答であったために、口調が雑になるも、友人は気にとめることなく大輔にそれを尋ねてきた。


「九重さんとは喧嘩けんかでもしているのか?」

「んっ……と。そういうわけではない」


 チキンカツを嚥下えんげして答える。

 聞かれたのはクラスのマドンナとの関係についてだった。

 九重さんの容姿というのは一目瞭然いちもくりょうぜんの美少女である。そして大輔とて、校内では屈指くっしの認知度をほこる有名人だった。よって二人とも目立つのだ。そんな二人が春の新学期以降、ベッタリと行動をともにしていたからには、それなりに学校中のうわさになる。

 実際には二人して、ひまりちゃんの『呪い』を解くために奔走ほんそうしていたのであるが、同級生たちはそんな事情をもちろん把握はあくしていない。よって根拠のない妄想をアレコレと邪推されていたのである。

 そして今では「二人はデキている」なんて結論が面白おかしく裁定さいていされてしまっているのだが……大輔としても面白い話だと思ったので、積極的にこれを否定していなかったりする。


「でも最近はあんまり二人でいないじゃないか、あんなに一緒だったのに、夕暮れはもう違う色なのか?」

「何を言ってんだよ阿呆あほう


 友人の軽口にとりあえず釘を刺しておく。

 そして仕方ないので、大輔が九重さんと一緒にいたのは『サービスマン』の活動に関連する出来事だったと教えておいた。

 すると友人は「なるほど。それなら……俺の気のせいかもしれんが」と前置きをつけて言う。


「なんだかよ、九重さんが佐和を見る目、時々だがすげーこえぇ気がすんだよな」

「ああ〜……お前もそう思う?」


 頭を抱え込んで問うと、友人は「思う思う」と深く同意してくる。

 それは最近の九重さんが見せる顔である。

 決してにらみつけたりしているわけではないのだが、能面美人とでもいうのだろうか、その張り付けられた笑顔の奥にまた違った表情が隠れているような時があった。


「あれ絶対ぜってぇ二心あるよな。憎き相手にびてるのを必死に堪えているような……きっと戦国時代のお姫様──茶々とかあんな顔してたと思うわ。なに佐和、親のかたきにでもなったの?」

「やめろぃ、縁起えんぎでもねえ」


 ようやく『呪い』だのなんだのと、生臭い話から離れられたばかりだ。物騒な話には当分近寄りたくない。そのようにひとりごちていると、噂をすれば影なのか、教室の前方より一人の女生徒が入室してくる。

 九重さんである。

 彼女はその可憐かれんな小顔をキョロキョロと振って、やがて大輔の姿を見つけると、真っ直ぐにやってくる。


「どうかしましたか?」


 そして怪訝けげんそうに尋ねてきた。

 そんな何気ない仕草がうるわしい。

 大輔は「いや、何にもないよ」と答える。


「何か用事かな?」

「いえ、先日から伝えている通り──今日から面会謝絶が解かれるので、放課後一緒に『お見舞い』にきて欲しいんですよ」


 大輔が問いかけると気負わないような返事があった。

 ほがらかな表情だ。

 思い返してみれば、九重さんとここまでの関係性を築きあげるのには時間がかかったような気がする。出会った当初、彼女には過分にかしこまれていた。やがて内情を知るようになると、彼女にはとても余裕がなく、大輔のことなんて眼中にないことも知れた。そして最終的には、彼女の心のつかえをすべて取り除くことにより、ようやく気のおけない関係になっている。

 そんなことがなんだか嬉しくて、大輔は万感の思いを込めて言うのだ。


「もちろん、俺でよければ喜んで。久しぶりに会えるのが楽しみだ」


 すると、九重さんは朗らかだった笑みをさらに深める。


「会えるのが楽しみだとは言いますが、その言葉に、不埒ふらちな意味合いが含まれてませんでしょうか?」


 それはもう、いっそ妖艶ようえんなくらいに美しい笑顔に、隣に座る友人が「ひっ……」とおののいた声をあげる。

 大輔も思わず小便を漏らしそうだったが、気合いで堪えた。

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