サービスマン、美人姉妹を助ける⑤

 大輔はそこで一度振り向いて、藤堂さんへと声をかける。


「藤堂さん、ひまりちゃんにかけられている『呪文じゅもん』を教えてくれませんか?」


 それは重要事項の再確認である。

 その呪文については大事な要因であるからには、一言一句たりとも間違うわけにはいかない。

 藤堂さんは疑問を挟むことなく返答してくれる。


「『世界中の美女をすべて我が手中に』です」

「ありがとう」


 大輔はもらった言葉を心内こころうちで復唱した。


『世界中の美女をすべて我が手中に』


 その呪文は、通称『ジョンドゥの呪い』と呼ばれている。

 ひまりちゃんの身に巣食ったふざけた呪いだ。ただ卑猥ひわいな欲望を叶えるためだけに唱えられた、ハラワタが煮えくり返りそうな『願い』であるが、今はそれは置いておく。

 問題とすべきなのは、その『呪い』の強大さである。

 大量の人間の命を対価にして発動されたその呪いは、対抗し消滅させようとなると、これもまた大勢の命を必要とする。並大抵の力では拮抗きっこうすることができない。ましてや大輔のような個人の生命などでは、全身全霊を捧げたところで、太刀打ちすらできない。

 しかしそれでも、大輔はひまりちゃんを助けると約束した。

 だから不可能を可能とするための妙案がないか、考えに考え抜いた。

 そして一つの思いつきに至る。


 ──それならいっそ『呪い』を受け入れるのはどうだろう?


 大輔が思いついたそれは本末転倒ほんまつてんとうであり、大事なことをいくつも見落としている気がした。しかしどうしてか、頭ごなしに却下してしまうのも惜しい奇策であるように思われた。


 そもそもな話ではあるが、ひまりちゃんの身に降りかかった『呪い』というのは、本来ならば彼女の生命をおびやかすモノではない。

 端的に言うと『美女を手に入れたい』と願っているだけなのである。それがどうしたことか、ヘンテコな事態の変遷へんせんを経て『手に入らなかった美女は死ね』という極悪な『呪い』へと変貌へんぼうしている。

 ということはつまりだ。

 ひまりちゃんが唯々諾々いいだくだくとジョン何某なにがしのおよめさんにでもなりさえすれば、『呪い』はその目的を達成することになる。そうなれば、彼女の生命が危ぶまれる理由もまた無くなるのだ。


 ──『呪い』に反抗することなく、本来の目的を達成させれば、ひまりちゃんは助かる。


 しかし、その案には一つ致命的な問題がある。

 肝心かんじんの願い主である『ジョンドゥ』がすでにこの世にいないからだ。今は亡き故人の伴侶はんりょになることなんて、殉死じゅんしでもしないとできないだろう。


 ──つまりその一点さえどうにかできれば。たとえばそう、生きている誰かが願い主へと成り代わることができれば、問題は解決するのではないか?


 そのような天啓てんけいを得た。


 大輔は思考を切りあげると、顔を上げて前を見る。

 そこには、ひまりちゃんにまとわりつく『呪い』の姿があった。

 不浄なるそいつにはいとわしいという感情を覚える。しかしよくよく考え直してみると、コイツだって損な役回りだと思えてしまった。願いの主はすでになく、それでも消えることができずに世界中を彷徨さまよっているのだから。もしかしたらコイツだって、自らの役割をまっとうして楽になりたいと考えているかもしれない。

 もちろん『呪い』に自我なんてなく、感傷かんしょうなんて繊細な心情も持ち合わせてはいないだろうが、なんとなく哀れな気持ちを抱いてしまう。

 だからつい言葉をかけてしまう。


「今からお前に、新しい役目を与えてやる」


 返答なんてない。

 そいつはただ、大輔には興味を示さずにウゴウゴとしているだけであった。

 べつにそれでいい。

 これでもう準備は整った。


『いとたっときマガダマよ──』


 大輔は大きく息を吸い込むと、その『願文がんもん』を唱える。


卑小ひしょうな人の身なれどかしこかしこみも申す──』


 右のてのひらの中には『マガダマ』があった。

 言霊ことだまを込めていけば、際限なく大輔の『命』が吸い上げられていく感覚がある。

 けれど躊躇ちゅうちょすることはなく、大輔は流れのままに身を任せている。


『我が命をもってあがなうがゆえに──』


 両腕を目一杯めいっぱいに伸ばして、左の掌で右拳を包み込む。

 掌の中からは溢れんばかりの光が漏れ出していた。


『どうか願いを叶えたまえ──』


 漏れていく光は徐々に周囲を飲み込んでいく。

 きらめくような輝きが段々と辺りに漂い始めて、やがて病室の中には、まるで舞い踊るかのような光たちが燦然さんぜんと輝いていた。

 そんな幻想的な光景のもと、誰もが言葉を失くしている中で一人、大輔はそれを唱える。


 ──ひまりちゃんにかけられている『呪文』を変更する


 すると一際にまばゆい輝きが『マガダマ』から発せられる。

 その光が無くならないうちに、大輔は矢継ぎ早に告げた。


 ──『世界中の美女をすべて【俺の】手中に』

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