サービスマン、美人姉妹を助ける④

 大輔はふところからお守り袋を引っ張り出し、さらにその中からき出しの『マガダマ』を取り出した。見れば見るほどに綺麗な玉だ。ながめる者のたましいを吸い取ってしまいそうに怪しい輝きを放っているが、事実として『命』を要求してくるのだからタチが悪い。

 しかし大輔は、そんなことはどうでもいいと言わんばかりに、ぞんざいに唱える。


 ──ひまりちゃんと話をさせてくれ


 すると、あたりが光に包まれる。

 まばゆいくらいに強い光ではなかったが、それでも薄暗かった病室内がぼんやりとともされるほどの光量があった。

 そして結果を待つこと数秒を経て、願いの通り、ひまりちゃんの意識が戻った。彼女はうっすらと目を開けるも、まだ意識は混濁こんだくしているのかボンヤリとした様子を見せている。


「ひまりっ──」


 大輔の後ろから女性の声がする。

 九重さんの母親だった。彼女はそのままフラフラと、大輔を押し退けて前に出ようとする。当然だ。目を覚まさないかもしれないと危ぶまれていた実の娘が覚醒かくせいしたのだ。母親としてそれは自然な行為だと言える。

 しかし大輔としては少々困った流れでもあった。

 心情しんじょうとしては、このまま家族の会話を存分にさせてやりたい気持ちがもちろんある。けれど、そんな余裕はない。ひまりちゃんに残されている時間があとどれぐらいあるかが分からない以上は、救命行為こそが優先されるべきだろう。

 よってここは心を鬼にしてでも、九重さんの母親を抑えようとする。

 しかし、それは他の人物の手によってなされた。


「お母さん──」


 九重さんだった。

 彼女は母親の両肩をつかんで止まらせると、首を振って「佐和くんに任せて欲しい」と言ってくれた。彼女の肩もまたかすかに震えているのが大輔には見てとれたが、お礼は言わずにひまりちゃんの方へと意識を向ける。

 感謝の気持ちは行動でこそ返すべきだろう。


「ひまりちゃん。聞こえるかい?」


 ゆっくりと尋ねかける。

 しかし、ひまりちゃんは大輔へと視線をよこすと苦しそうに息を荒げた。身体に痛みを感じるのであろうか、苦悶くもんの表情を見せている。とてもではないが対話ができる状態にはないように思えた。

 大輔が『対価』を小さくしぼったせいだろう。どうやら最低限の程度でしか『願い』は叶えられなかったようだ。一方的に話をしても聞いてもらえる状態にはなっているみたいだが、これではあまりにも彼女が可哀想かわいそうだった。


 ──ひまりちゃんの苦痛をやわらげてやってくれ


 だから予定にはない、追加の『願い』をマガダマへと念じる。

 すると、ひまりちゃんの表情は一転、おだやかなものになった。

 それと同時に、ごっそりと『対価』を持っていかれる感覚がある。まるで体の一部が消えて無くなってしまったかのような喪失感そうしつかん。生きるために必要な何かが奪われたような焦燥しょうそうが、大輔の胸中に渦巻いた。

 しかし構いはしない、結果として生き残れるならそれでいい。


「……ぃ、さ……」


 ひまりちゃんは起き抜けにしゃべりだすことができなかったようで、小さな喉からはかすれた声しか聞こえてこない。

 これでは彼女からの意思伝達は難しい。


「大丈夫だよ、俺の話を聞いてくれればそれでいいから。それでちょっと、ひまりちゃんには一つだけお願いがあるんだ。首を振って答えてくれるかい?」


 大輔のたくらみを実現するためには、どうしても、ひまりちゃんの了承りょうしょうを得ないといけないことがあった。もし仮に『嫌だ』と言われたのであれば、すべてがご破産となる。だから彼女には良い返事をしてもらいたかった。

 それは一つの賭けでもある。

 そして賭けをするためには、可能性の高い手札をそろえる努力はするべきだ。


「俺は今から君のことを助けようと思う」


 だからこそ、いきなり本題には入らずに、彼女に語りかける。

 決して無理やりにことを進めはしない。

 すべては大輔の説得力にかかっている。

 しかし、ひまりちゃんは微かにだが首を横に振った。それは否定の意思表示というよりは、言葉の意味が分からなかっただけのように思われた。

 大輔は、ゆっくりと優しくひまりちゃんに呼びかける。


「九重さんから聞いたよ、ひまりちゃんはいちごが大好きなんだって。そして病気のせいでたくさん食べることができなかったって。けど病気を治してしまえば、お腹いっぱいに食べられるようになるさ」


 ひまりちゃんはまたもや首を横に振る。

 その瞳からは「そんなことできっこない」と言われている気がした。

 さらに言葉を重ねる。


「あとはそうだ。遊園地に行ったことがないって聞いた。それはいけない。ひまりちゃんはもっともっと楽しい思いをするべきなんだから、病気が良くなったら、お兄さんが連れて行ってあげよう」


 今度は首を振られることはなかった。

 その代わりに、ひまりちゃんの瞳が悲しそうにうるんでいる。

 今にも泣き出してしまいそうだ。

 だから大輔は、その表情を否定するように宣言した。


「約束する。絶対に君を助ける」


 それはもう何度目かも分からない約束だった。

 それでも、何度でも言ってのけるつもりでいる。

 ひまりちゃんは、彼女こそは、絶対に救われるべき人物なのだから。


「君のお姉ちゃんとも約束したんだ『必ず助ける』って。ひまりちゃんがいなくなっちゃったらさ、お姉ちゃんはきっと、たくさん泣くことになると思うんだ。そんなのは俺も見たくないんだよ」


 そう言って大輔は、身を退けて、ひまりちゃんから九重さんの姿が見えるようにする。二人が視線を交わすことができたかは分からない。けれどひまりちゃんは、確かに首を動かして、誰か大事な人を探すような仕草を見せた。

 その瞳は、先ほどよりも気力がいているように大輔には思えた。


 ──ここまでだろう。


 これ以上に会話を引き延ばしてタイムアップになってしまったら目も当てられないことになる。

 なんとかこれで彼女には、大輔が本気だと伝わったと思いたい。


「いいかい? ひまりちゃん」


 大輔は、これは大事なことなんだと、前置きをしてから彼女に話しかける。


「これから俺が君に一つの『お願い』をする。それに必ず『はい』と頷いてくれ。嘘でもいい。そうすればあとは、お兄さんが上手くやってやるさ」

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