サービスマン、美人姉妹を助ける③

 徐々に普段の雰囲気ふんいきを取り戻してきた様子の九重さんを見届けると、大輔は立ち上がる。

 すると今度は藤堂さんから声をかけられた。


「それで実際のところ、どうするつもりなんですか?」

「どう、とは一体?」


 質問の意図いとが分からずに問い返すと、藤堂さんはひまりちゃんが横たわるベットへと視線をよこす。そして確かめてくるように言った。


「佐和くんにだって見えているでしょう?」


 確かに見えている。

 常人には一瞥いちべつすらできない異形いぎょうの影が、大輔の両眼にはしっかりと映っていた。そこにはヘドロのようにおどろおどろしい『呪い』の姿がある。見れば見るほどに禍々しい形相ぎょうそうであり、それがとても強大な悪意のかたまりだということが知れた。


「あの呪いが発現されるために、およそ一千人ほどの罪人の命が使用されました。佐和くんがアレを消滅しょうめつさせようとするならば同程度の『対価』を提示しなければなりません」

「それはちょっと無理ですね」


 千人と同等の『命』を支払うなんて土台無理な話だった。スーパーマリオだって残機ざんきは百に届かないのだから、現実の人間である大輔にはなおさら無茶である。

 そのように正直に述べると、藤堂さんは「そうでしょうとも」と頷いた。


「だから佐和くんは、ひまりさんを来週まで延命できればそれで良いと考えているでしょう?」


 藤堂さんは的確に大輔の目論見もくろみを言い当ててくる。

 それは大輔が考えうる中で最も現実的で、かつ確実にひまりちゃんを救う方法だった。

 来週には、某国からマガダマとは別の神秘財がやってくる。それによりひまりちゃんの『呪い』は解呪されるという話であった。だからそれまでの間、ひまりちゃんの命をなんとか繋ぎとめることができれば、彼女は助かる。マガダマを使用して、その一週間をなんとか確保しようという算段なのだが──


「藤堂さんは可能だと思いますか?」

「それならば確かに、ひまりさんが助かる可能性は高いと思います。ですがその代わりに、あなたの命の保証はできません」


 藤堂さんはそこで「アイツの姿を見てご覧なさい」と言う。

 視線を向けると、およそ理性というものを見つけられないヘドロの姿がある。そいつはひまりちゃんにしか意識が向いていない様子で、ピッタリと密着しながらに、およそ言葉にはしがたいおぞましい行動をとっている。率直そっちょくに不快だったが、これだけはっきりと視認できるということは、それだけ『呪い』の力が強いということの証左しょうさでもある。


「あんなモノを一週間も無理矢理に抑えつけたとしたら、きっとあなたの命なんて、吹いて飛んでいってしまうでしょう」


 藤堂さんは言う。「そこまでの覚悟が佐和くんにはありますか?」

 それは藤堂さんなりの警告である。彼女の顔にはっきりと書かれていた。「考え直しなさい。死にたいのですか?」と。どうやら官僚かんりょうのお姉さんは、大輔の無謀むぼうに不満のご様子である。

 そんな彼女の態度に、これはどう説得したものかと苦慮してしまった。しばし頭を悩ませたが、しかし、口で説明するよりも便利な物があると思い直す。

 大輔は返答の代わりに、一枚の書類を彼女へと提出した。


「これは……?」

「マガダマの使用許可申請書です」


 そこには大輔がこれからとなえようとする『願い』の文言が書かれている。これを見てくれれば、大輔が何をしようとしているのか、藤堂さんであれば理解してくれるだろう。そう期待しての行動だった。

 藤堂さんはしばらくの間、書類を見つめている。

 やがて一通りに目を通すと、信じられないモノを見るようにして大輔へと問うた。


「佐和くん、あなた……正気ですか?」


 あまりの言い草につい苦笑してしまう。


「残念ながら、他に方法が思い浮かびませんでした」

「はあ……あなたという子は本当に」


 すると藤堂さんは一つ大きな嘆息をついた。

 そしてようやく納得する気配を見せてくれる。


「……わかりました、認可します。好きになさい、もう」

「ありがとう、藤堂さん。うっかりれちゃいそうだよ」

「そういう軽口はやめなさいと言っているでしょう? 今に後悔しますからからね」


 お姉さんは心配なのです、と。藤堂さんは、いつものふんわりとした笑顔を見せてくれた。それは大輔の行動を全面的に支持してくれるという意思表示に他ならなかった。

 

 そうして、懸念けねんはすべてなくなった。


 何も大輔をとどめるモノはなく、あとは決行あるのみである。

 そのように意気込むと、ふと、室内にいる全員が大輔を見ていることに気がついた。

 呆れたような微苦笑を見せる藤堂さんに、不安げに息を押し殺している九重さんのご両親。そして真っすぐな瞳で、大輔を見据えてくる九重さんの姿がある。そのどれもが、視線で訴えかけてきている。どうか、ひまりちゃんを救ってくれと。

 そんな視線を一身に受けて、大輔は振り返った。

 そこにはひまりちゃんと、そして相も変わらずに気色の悪いヘドロがいた。

 異様いようの姿が近くにあると、少々気持ちがひるんでしまうが、何くそ負けるものかと気持ちをふるい立たせた。いくら強大な『呪い』であろうとも、気持ちでは負けるわけにはいかない。


「やあやあ遠からんものは音に聞け、近くにあれば目にも見よ」


 だからだろうか、負けじと威勢いせいを張ろうという気分になる。あまり特別な意味もなく名乗りをあげてやった。それはまるで鎌倉時代の武士のように、お前の首をねる人物の名を覚えておけと声を張りあげる。

 すると『呪い』が大輔の方へと振り向いた。そいつには目玉どころか顔面すらないのだが、それでも大輔を意識しているような気配があった。

 だからこそ尚更なおさらに言ってやる。これから活躍する者の名をば聞け、と。


「我こそはサービスマン、美人姉妹を助ける者なり」


 ここからが正念場だ。

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