サービスマン、美人姉妹を助ける②

 大輔がまんして病室へと入室すると、九重さんはまるで幽鬼のようにゆらめいていた。

 そのたたずまいには率直そっちょくに不安を感じて、目眩めまいでも起こしているのかと心配になる。だが、彼女は確かな足取りで大輔の目前までやってくると口を開いた。


「佐和くん……私は……わたしはっ──」


 彼女はそのまま何かを言いかける挙動を見せる。だが、ついぞ何かしらも申し立てることはなく、その代わりに大粒の涙を流したかと思うと「う……うぁ、うあぁ」と声を出して泣き崩れてしまった。


「どっどうしたの?」


 そんな九重さんの様子を見て、ひまりちゃんの身に何かあったのかと不安がよぎる。だが、ひまりちゃんはベットの上でか細いながらも息をしている様子であった。


 ──よかった、まだ間に合う。


 生きてくれてさえいれば、大輔のマガダマを使用して、きっと助けることができる。時間の余裕はあまりないだろうが、ひとまずはそのように安堵あんどした。

 だからとりあえずは、へたり込んでしまった九重さんをどうにかするのが先決だろう。

 大輔はそう思い直して、彼女の元へと寄り添い、視線を合わせた。

 すると九重さんは大輔の顔を見て、言う。


「……佐和くん」

「なんでしょう?」

「どうか、私の『命』を使ってください」

「……はい?」


 唐突な提案に、大輔は何事なにごとかと目を丸くする。

 そして九重さんが『対価』の正体について知っているふうなことに驚いた。

 疑問に思っていると、横合いから声をかけられる。


「佐和くんのうそについては、すべて私が話しました」


 藤堂さんであった。

 彼女は意識的に冷静を装っているのか無表情であり、なんの感情もみ取れない。そして『対価』の正体や大輔の余命に関する事をすべて九重さんに伝えたと言った。きっと藤堂さんなりに考えがあって事情を話したのであろう。だが、タイミングとしては最悪だった。結果として、九重さんには多大な心労が科せられている。

 

 ──こうなると思ったから黙っていたというのに。

 

 もしかしたら大輔が変に気をまわして真相を隠していたからこそ、状況がややこしくなったのかもしれない。しかし悔やんだところで現状は変わらない。

 経緯いきさつについて委細承知した大輔は、まずは九重さんへと意識を向けることにする。彼女はどうやら、自身を犠牲ぎせいにして万事ばんじことを丸く収めようとしている。


「どうか私の命を使ってひまりを助けてください……お願いします」

「あー……えっと。色々と言いたいことはあるけれど──」


 ここは正直に答えるほかない。


「それは無理なんだ」

「どうしてっ⁉︎ ひまりのためなら私の命なんてっ」


 興奮する九重さんを刺激しないように、おだやかな口調を心がけて大輔は言う。


「マガダマは俺の命しか喰わない」


 それは事実だった。

 本来であれば、神秘材は捧げられる『対価』をり好みなんてしない。誰の命であろうとも、ただ捧げられた分だけに『願い』を叶える。だから九重さんの要望は叶えられるはずだった。

 しかし、大輔の持つマガダマについては話が違う。


「小さい頃に『マガダマを俺専用のモノにする』って願いを叶えちゃってね。そのせいで使用することはもちろん、『対価』ですら俺のものにしか反応しないようになった」

「そんなっ……どうしてそんな馬鹿なことをっ⁉︎」

「あ、はい。すいません」


 きっと悪気わるぎなく言っているのだろうが、心の真ん中にグサリとくる。

 自分でも馬鹿なことをしたと自覚しているので、あまり責めないでほしい。


「そういうわけで九重さんの命を対価にすることはできないよ」

「そんな、それなら私は一体どうすれば……」

「大丈夫。俺に任してくれればいい」

「そんなことできませんっ‼︎」


 九重さんを安心させるつもりで口にしたが、予想もしない拒絶の言葉が返ってきて、少々面を食らってしまった。

 彼女を見ると深刻な様相をしている。


「そんなことをすれば佐和くんが……あなたには返しきれない恩だってあるのにっ──」


 そうしてまた九重さんは涙を流し始める。

 だんだんと彼女が何に苦しんでいるのか、理解ができてきた。

 どうやら大輔とひまりちゃん、両者の命を天秤てんびんにかける行為に苦痛を感じている様子である。選びようがない選択を突きつけられて、情緒がパンクしてしまったのだろう。

 それも致し方ないことかもしれない。

 いくら気丈に振る舞っていたとしても、九重さんとてただの高校生だ。十六歳の少女なのだ。他者の命を左右するなんて大それたこと、負担が大きすぎて決定しきれるものではない。

 大輔としては、そんなに思い詰めずともひまりちゃんの身だけを案じてくれれば良いと伝えたかった。だが、それでは折角せっかくの彼女の心遣こころづかいをないがしろにしてしまう気がする。

 

 ──本当に生真面目きまじめな娘だ。

 

 そんな風にボヤいてしまうと共に、どこか心が満たされるような感覚がある。

 だからこそ努めて真摯しんしに対応した。


「九重さん」

「ぅ……は、い」


 うつむいた彼女の表情は涙でグシャグシャになっていた。

 しかし、そのさますらも美しい。

 そんな驚くべき事実を発見して、苦笑しつつも大輔は言った。


「大丈夫だから。俺を信じてくれ」

「ぇ……」


 九重さんは悲観をしているようだが、状況はべつに悪くはない。

 ひまりちゃんはまだ生きているし、呪いに対処できるマガダマもこの手にはある。どうやら大輔の身の安全を危惧きぐしてくれているようだが、それも昨日今日で判明した事実ではない。自分の命がミジンコじみていることぐらい、ずっと前から承知している。


「俺の心配をする必要はない。そもそもの話だ、俺は『余命があと一年』なんて言い続けて、かれこれ十年ほど生きながらえているよ。ちょっとこすい方法だけどさ、なんにだってやりようというものがあるんだ。だから、今回だってすべてが上手くいくはずだ」

「佐和くん……」


 そう言ってのけると、九重さんの顔が上がった。

 大輔の言い分に何らかの希望を見出みいだしてくれたようである。

 その間隙かんげきを逃さずに、大輔は笑って言うのだ。


「大丈夫だ、必ず助ける」


 ──ひまりちゃんだけでなく、もちろん君のことも。

 

 ついそんな台詞せりふが口をついて出そうになるも、さすがにキザがぎると思いとどまった。なんとか口をすべらせずにすむ。しかしそれでも、何かしらの気持ちは九重さんにも伝わったようだ。

 九重さんは、涙で汚れてしまった顔を洋服のそででゴシゴシと拭いて、目に確かな光を灯らせる。


 そして大輔を見て「佐和くんを信じますからね」と言った。

 だから大輔も「任せてくれ」とだけ返した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る