サービスマン、美人姉妹を助ける①

 ──時間がかかってしまった。


 人気ひとけもすでにない街の路道を、大輔は走る。

 仰ぎ見る空はすでに暗くて夜であった。

 本日は天候に恵まれて、春霞はるがすみすらないとても気持ちの良い快晴だ。おかげで春の星座もありありと輝いているのであるが、常日頃つねひごろから星を見上げてでるような趣味は大輔にはなく、ただ煌々と光る夜空を「綺麗だなぁ」とぼんやりと感じるぐらいである。


「いかん。そんなことをしている場合ではない」


 つい気が抜けそうになっている自らをいましめる。

 これまでは野外にてとある用事をこなしていた。だが目的のモノが中々に見つからずに思ったよりも遅れてしまったのだ。ようやく目処めどがついた頃には日が傾いており、現在は全速力で病院へと向かっている最中である。


「しかしまあ……」


 決して急ぐ足はゆるめずに思考する。

 いくら気がいていたとしても、無心で走ることのみに没頭するのは難しい。よってどうしても余計な思案というのは生まれてくる。

 そしてふと、いまの自分は相当に危ない橋を渡っているなと、そう思えてきたのだ。


 これまでの事を振り返る。


 今更ながらに考えてみれば、今回の件は最初から綱渡りのような危険が付きまとっていた。

 九重姉妹との出会いの時、大輔は『マガダマ』の使用を決めた。そして願ったことといえば、多くの対価を使用する大きな願い──『奇跡』を叶えたのである。おかげで大輔の『命』はごっそりと消費されており、近年稀きんねんまれに見る大盤おおばん振る舞いとなった。だからといって後悔なんてしているわけではないが、随分と思い切った行動をとったとは思う。


「放っておけなかったんだよなぁ」


 どうしても彼女たち姉妹に肩入れをしてしまっている自分がいる。

 それは当初より感じていたことだった。

 大輔にも人並みには情というものがある。命の危機にひんしている少女がいたとして、自分にできることがあるのであれば、助力をもの惜しみすることはない。だとしても、だ。自分に常ならぬ熱心ぶりがあることもまた、自覚しているところであった。


「その理由がわからない」


 全力で走っていると息があがってくるが、そんな呟きをしてしまう。


 ──自分はどうしてこんなにも一生懸命になっているのだろう。


 そんな疑問をもってしまい、原因を突き詰めて考えてみる。

 ゆっくりと一つずつ、自分の気持ちを確かめるように自問自答していくと、おぼろげだったそれが次第にはっきりとした形をもって見え始めた。

 そうしてどうやら、結論は一つしかないという理解を得る。


「これはれてるな」


 単純なことだった。

 好いた女の覚えが良くなるように頑張っているのだ、自分は。

 グルグルと考え込んだ末に出てきた結論に「……ほんとに単純だな」と軽く笑ってしまう。ぜえぜえと息を荒くしている最中でのそれは、大輔の呼吸を大きく乱してしまい、き込んでしまった。

 

 ──九重結菜さん。


 同じクラスに転校してきた女子生徒で、そしてどうやら大輔の想い人だ。

 彼女の容姿が人並み外れて優れていることは……まあ無関係でもないだろう。大輔としても普通に美人が好きだ。そこを誤魔化ごまかすとなると、なんだか自分の想いが急に嘘くさく思えてくるので言い訳はしない。しかし彼女にはそれ以上に魅力的だと思えることがある。

 それはその立ち振る舞いにあった。


「本当に真面目だからなぁ」


 それは大輔が何度となく感じている彼女の美点である。

 彼女はとても真っ直ぐな人間だった。

 いつだって真っ直ぐに人を見ている、真っ直ぐに己を律している。

 

 ──そんな彼女のことがたまらなくいとおしいと感じてしまったのだから、仕方ない。

 

 大輔はそのようにひとりごちる。


「しかし俺が色恋沙汰というのも珍しい」


 大輔とて人間であるからには、これまでに異性を好きだと思ったことはある。ただ、その数は極端に少なかった。考えてみれば、小学生時分以来のトキメキだと気づいて、自分の朴念仁ぼくねんじん具合に絶句してしまった。つまりこれで人生二度目の恋だということになる。それはあまりにもなんというか、うるおいのない人生を送ってしまったものだと、つい己をかえりみてしまったほどであった。


「それも仕方ないことだとは思うがな」


 明日をもしれぬ我が身である。

 そんな自分が誰かとげることなんて、できるわけがないという思いが大輔にはあった。だから自分には恋愛なんて縁遠いことであり、今回についても、べつに九重さんと恋仲になりたいと思うこともない。

 しかしだからといって、彼女に何もしてやりたくない、というわけでもないのだ。

 男児たるもの、惚れた女子へと格好づけぐらいはしたいものである。

 

 ──なら自分にできることは一体なんだろうか?

  

 そうして考え込むこといくばくか、結局のところ、至極しごく単純な結論しか出てこないことを悟る。


「女の子の笑顔くらいは守ってやりたいよな」


 思い返してみれば、大輔は九重さんの心からの笑顔というものを見たことがない。

 彼女は常に何かに遠慮するようにして笑っていた。自分だけが幸せになることは罪だと言わんばかりに自制した笑顔を見せるのだ。その原因が妹のひまりちゃんにあることは明らかである。ひまりちゃん自身も言っていた「おねえちゃんはひまりといると、なきそうなかおするんだもん」と。


 ──だったら根本から全て解決してやることこそが、伊達男だておとこ本懐ほんかいというものだろう。


 なんてことはない、ただの自己満足である。

 しかし、これほどに取り組み甲斐がいのある『ひとりよがり』もないだろう。

 達成できれば本望だ。

 大輔はそのように意気込んで、走らせる足に力を込める。

 今度こそは余計な考えなど思い浮かばずに、無心の走りが実現できた。


 やがて病院に到着する。


 大きく息を吸い込んで、気持ちの整理をつけた。 

 今の自分の肩にはとても大きな責任がのしかかっている。下手を打てば死人が出てしまうような状況なのだ。もしかしなくとも、緊張しているし、逃げ出してしまいたいような想いもある。しかし伊達に長年『人助け』をこなしてきたわけではないのだ。怖気ついてしまいそうな時にこそ、高らかにうそぶくものである。

 泣いている者がいるのなら、笑わせよう。

 関わる者が不幸ならば、これもまた笑わせよう。

 サービスマンの手にかかればそんなもの、屁の河童かっぱなのだ。

 そも『マガダマ』というトンチキ道具はまさに『なんでもあり』のチートアイテムなのである。対価さえ捻出ねんしゅつできるのであれば、願い事をことごとく実現してしまうがゆえに、できないことなんて何もない。

 そのように発奮はっぷんし、病棟をまたたく間に昇りきった。

 そうして目的地である病室へと踏み入れる。

 そこには彼女がいた。


「お待たせ、九重さん」


 そして、見得みえを切るようにして言ってのける。

 自分が来たからにはもう大丈夫だと、そう伝えるかのように。

 しかし彼女は、大輔の顔を見るなりに盛大に泣き出してしまった。


「あっれぇ?」


 伊達男の一世一代の大見得は、早速に頓挫とんざをきたしてしまったようである。

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