サービスマン、ほのめかす

 数日後。

 放課後の繁華街、その路上にて。


「サー先輩っ、クノー先輩っ。ほんっとうに、お世話になりましたっ!」


 犬飼がそれはもう大仰に深々と礼の姿勢をとっていた。彼女の腕にはこぢまんりとした毛玉のような生き物が大事そうに抱えられている。

 彼こそが犬飼の愛犬、小太郎である。

 小太郎は辺りの様子を不思議そうに見渡すと、元気よく「わんっ」と鳴いた。


「本当に良かったです。小太郎くんも元気そうで……うん。言うことなしです」

「こいつも、まあ……元気なのはそうなんだろうが」


 九重さんが喜ぶように言うと、大輔も苦笑しつつ同意する。

 小太郎を迎えにいった時のことを思うと、どうしても笑顔で取りつくろうしかない。

 その時のことを思い出す。

 三人で小太郎を保護してくれていた人物の家を訪問したのだが、インターホンを押すと、寝起きだったという半裸のお姉さんが出てきた。とうが立った美人といった風体ふうていで、少々やさぐれていそうな雰囲気に当初こそ身構えもしたが、話してみるととても良い人だった。子犬を保護しようとするぐらいの人間だ、心配なんて必要なかったわけである。

 だから問題だったのは彼女の下部──股座またぐらに顔を突っ込んで「ハッハッハッ」と荒い息を吐いている小太郎の姿があったことだ。

 そのとき、確かに時間が止まった。

 犬飼が情けない声で「小太郎ぉっ⁉︎」と叫んだ声は、ご近所中に響き渡ったことだろう。

 この小さな毛玉は将来、大物になりそうな予感がする。

 ……エロイヌエッサイム。


 そんなしょうもないことを考えながらに、三人と一匹で帰路についていた。

 しばらくは各々おのおのにとりとめのない話をしながら歩いていく。


 これで今回の「迷い犬探し」の件は解決したことになる。

 犬飼の元には愛犬が無事に戻り、大輔の元には『対価』が支払われる。そういったギブアンドテイクのもとに成立した一件なので、これ以上は特筆して述べる出来事なんてなかった。

 ただ強いて言うならば、一つだけ不満な点がある。

 きっと無償で善行をほどこしたと思われているのだろう、大輔の行為が過分に有り難がられていた。それが、どうにもこそばゆい。あまり自分を持てはやしてくれるなと大輔は思う。自分なんて、決して『正義のヒーロー』なんてものではないのだから。


 そう思考していると、やがて別れ道にさしかかる。

 犬飼と小太郎とはここでお別れだった。大輔と九重さんはもう少しだけ一緒の道を行く。

 だから「また学校で」と言葉を交わして、犬飼たちとサヨナラをする。

 すると、少ししてから大きな声で叫ばれた。


「ありがとうございましたっ‼︎」

 

 後ろを見ると、ブンブンと大きく手を振っている犬飼の姿がある。

 律儀なやつめ。

 そう思って、軽く手を上げて返した。

 隣で九重さんも、折目正しく礼をする。

 これをもって、本当に一件落着したのだろう。


「あ、そうだ」


 ふと思いついて「九重さん」と呼びかける。


「なんでしょう?」


 大輔はお守り袋を取り出して、その中身を彼女に見せた。


「わ……」

「つまり、こういうことが起きる」


 取り出されて剥き出しになったマガダマはほんのりと発光していた。キラキラと粒のような光をこぼしながら、美しく輝いていた。

 この反応こそがマガダマに『対価』が貯まっていく証左なのだと、大輔はそう言わんばかりの態度を見せる。九重さんも得心したように頷いた。


 だが──本当はそうではない。


 そもそもだが、マガダマには『対価』をポイントのように貯め込むなんて、そんな便利な機能はついていない。こいつはもっと貪欲どんよくなモノだった。願った分だけ『対価』をむさぼり食らう。まるで底なし沼のように。だからこの発光には別の理由がある。そしてそれは決して正義の光なんかではない。

 しかしそんなことを九重さんに言っても仕方ないので、これまでどおり「善行を積めば『対価』が貯まる」という認識でいてもらうのが良いだろう。

 大輔はマガダマをふところにしまうと、改めて九重さんへと呼びかける。


「この調子で、どんどんと『対価』を集めていこう」

「はい。よろしくお願いします。私も頑張ります」

「次は公園にたむろするヤンキーたちにカチコミをかけるから、武装しておいてね」

「はい……ちょっと待って⁉︎」

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