サービスマン、はっ倒される

 ──数時間後。


 大輔たち三人は隣町をゆうに超えて、その先にある繁華街にいた。街並みはすでに住宅などは並んでおらず、よそ行きの着飾った格好をした人々の往来おうらいの中で、大輔は「ふう……」と声をあげる。


「子犬とはいえ、その行動範囲の広さをなめていたな」

「ええ。もう日が暮れてしまいそうです」


 九重さんも大輔の隣で同意の声をあげる。

 彼女の様子を見ると、軽く息をあげて疲労した様子であった。

 大輔たちはあれから何度もダウジングを繰り返し、小太郎の足取りを追っている。しかし、未だにこれといった収穫を得られていない状況にあった。上空を見ると、九重さんが言うように、そろそろ太陽の光が届かない時間になってきている。

 きっとこの辺で今日の捜索は終了という頃合いなのだろう。


「ごめんなさいっす」


 すると、何かしらの申し訳なさが湧いて出たのだろうか、犬飼が頭を下げる。


「ここからは私一人でやるっすから、お二人は帰ってくれても──」

「可愛い後輩を一人残して帰るマネなんてできん。お前の気が済むまで付き合うぞ」

「そうですね、私もそのつもりです」


 大輔が余計な気をまわすなと言うと、九重さんもそれに続く。

 すると犬飼は一度グスリと鼻を鳴らしてから笑顔を見せると「お願いしますっ」と元気に言った。それを受けた九重さんが、一瞬だけ微笑を見せたかと思うと「それでは──」と場を仕切り直した。


「今一度、小太郎くんの特徴を聞いてもいいでしょうか?」


 それは現状の再確認でもある。

 物事が行き詰まって身動きがとれない時には、状況を振り返ってみることも無意味ではないだろう。何かしらの見落としがあるとも限らないからだ。

 三人で円陣を組むようにして寄り集まる。

 往来でそのような行為をすると奇異の視線を集めてしまうが、邪魔にならないように端によっているので、きっと大丈夫だろう。

 

 そして犬飼から、小太郎の身体的特徴をもう一度聞く。

 子犬。

 雑種。

 ミルク色の毛並みに、耳だけが濃い色をしている。

 バスケットボールぐらいの大きさ。

 ──と、そこまで聞いたところで、九重さんが犬飼に尋ねる。


「それ以外にも、特徴はありはしませんか? 例えば性格的なこととか──些細なことでいいんです。それが分かれば、こちらから呼びかけることができるかもしれません」


 確かに、九重さんの言い分は納得できるものであった。

 これまでは三人とも小太郎の名前を呼びかけつつ捜索をしていたのだが、それ以外にも小太郎が反応を示す何かしらがあれば、より見つけやすくなる可能性は高い。

 大輔が九重さんの意見に同意すると、犬飼はしばし考える姿勢をとった。そして何かを思いついたような顔をする。


「あっ……」 

「なんだ?」

「いえ、あのっすね……」

 

 だが、すぐに口を閉ざしてしまった。

 煮えきらない態度だ。

 しかし大輔が「何でもいい、教えてくれ」と問い詰めると、やがて白状する。


「ちょっとエッチなんです……小太郎」


 エッチ? エッチとはつまり……?

 お恥ずかしいとばかりに顔を赤らめさせている犬飼。その言葉に、大輔の脳は瞬時に理解が追いつかなかった。

 だから、つい反射的に「バター犬なのか?」と返してしまう。


「おぶすっ──!」


 パカンと。

 盛大に何かが破裂したような音が、大輔の後頭部より鳴り響いた。驚いて後ろを振り返る。そこにはなんと、白い紙束を片手に持って仁王立ちする九重さんがいた。

 そしてその紙束の通称はハリセンともいう。


「え、なんで?」


 あまりにも奇怪な出来事に、痛みも忘れて尋ねてしまった。日常的にハリセンを持ち歩く女子高生なんて、今日日きょうび、漫画の中でもお目にかかれない。

 目を白黒させていると、九重さんはそれはそれは重い溜息をついてから説明してくれる。


「昨日のことです。藤堂さんに『佐和くんが至らぬことを抜かしたら、これではっ倒してくださいね』と言われていました。藤堂さんなりの冗談なのかなと不思議に思っていましたが……まさか本当に使うことになるとは思いませんでしたよ?」


 そう言って、大輔を睨んでくる視線は今日一番に冷たかった。

 なんというか……ぐうの音も出ない。

 ジョークみたいな話を真に受けて、ハリセンを鞄に入れて登校していた彼女の感性も信じがたいが、とてもではないがそんなことを言及できる空気ではなかった。

 それなのでなんとか話題を逸らして、犬飼の発言について話を戻す。

 その真意は小太郎の性格についてのことらしい。

 子犬らしく好奇心旺盛な小太郎は、とても人懐ひとなつっこいらしく、とにかくじゃれてくる。それに構っていると自然とヨダレまみれになってしまうから大変なのだと。そして困ったことに、彼はとにかく狭い隙間すきまに顔を挟むのが好きとのことで、それを見つけると、鼻先を突っ込んではクンクンペロペロしてくるのだという。

 率直そっちょくにバター犬という感想も間違いではないと思ったが、それを口にした途端にどんな扱いを受けてしまうか分からなかったために自粛じしゅくする。とりあえずは、犬飼から新しい情報を引き出せたことを歓迎するべきだと、自らを納得させた。


「しかし、そんなにも人懐っこいって言うのだったら──」


 話を聞いて、ふと気になったことがあった。

 あごに手を当てて、少しばかり考えてみる。


 そもそも飼い犬が脱走したとして、一週間もの間、まったく人目に触れずにいることは不可能だろう。必ずどこかで人間と接触する機会があったはずだ。そして小太郎はまだ子犬なのである。接触した人間の中の誰かしらが、保護をしようと考えたとしても不思議ではないのだ。


 ──それではすでに、誰かが小太郎をかくまっていると考えるのが妥当ではないのか?


 そこに思いいたると、アレコレと思考が湧き上がってくる。

 それらを一つずつ揃えていく。


 もし自分が子犬を保護したとして、どのような対処を取るだろうか?

 例えば……そうだな、警察などしかるべき役所へと届出をしたりはしないだろうか?

 けれど犬飼も、もちろんそんなところは確認していて、未だに誰からの反応はないのだという。

 そうしたら後はどのようなパターンが考えられるだろうか?

 保護主が役所へと届出をしていないとしても、善良な人間であれば何をするだろうか?


 そのように推察を進めていく。

 すると、ふと目先に、一本の電柱が屹立きつりつしていることに気づいた。

 自然と足がフラフラと動き出す。

 どうしてそうしようと思ったのか、理由ははっきりとしない。だが大輔は、なにとはない衝動に突き動かされるまま電柱へと近寄って、その裏側を覗き見た。


「あ」


 そこには『迷い犬、預かってます。ご連絡を』という文言の手書きポスターがあった。その中央にはデカデカとした子犬の写真が貼られていた。

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