サービスマン、頭をいためる

 大輔と九重さんが喫茶マンハッタンの扉を開くと、その人物は窓際の席にすわっていた。


「サー先輩っ!」


 そしてこちらを見つけるなり立ち上がり、大輔たちの元へ駆けよってくる。


「お願い助けてっ!」


 小柄な少女であった。小麦色に焼けた肌と、活発そうにまとめた髪が印象に残る。

 大輔たちと同じ高校の制服を身にまとう彼女は、どうやら大輔たちよりも前に喫茶店へと入店していたようである。これでも下校して真っ直ぐにマンハッタンへと向かってきたのだが……それだけ少女の気があせっている証左しょうさなのかもしれない。

 そして少女は泣きつくようにして、大輔の手を取る。


「もう一週間も見つからなくって……どこかでケガでもしてるんじゃないかって──」

「大丈夫、大丈夫だから。落ち着け、犬飼」


 痛いほどにきつく手を握られてしまい、大輔は顔をしかめつつ犬飼と呼ばれた少女を宥める。しかし、彼女の興奮はおさまらないようで「私っ心配でっ心配でっ──」と要領をえない言葉を繰り返しながら、ベソをかき始めてしまった。

 そうなると、彼女の気が発散されるまではまともに会話することもできんだろうと、大輔は色々と諦めてされるがままとなる。手の甲の骨がゴリゴリとよじれているような痛みに耐えること幾許いくばくか、ひとしきり嘆き悲しんだ彼女はようやく会話をする気になったようであった。


「あー……落ち着いたか?」

「はい、ごめんなさいっす」

「とりあえず、手を離してくれ」

「えっ、あ──」


 言われて慌てるように手を離すのはいいが、ゴシゴシと制服でぬぐうな、気の悪い。

 ごく自然に失礼な振る舞いをする犬飼に嘆息をつきつつ、大輔はもう一度、相手を安堵させるように言ってのける。


「心配しなくても、探し人──もとい、犬探しは得意中の得意だから、俺がきた時点で解決したも同然だ。安心しろ」

「さすがっす、頼りにします」


 すると犬飼は先ほどとはうって変わってニパッとした笑顔を見せる。

 大輔としてはやや頭が痛い。

 その現金な態度は彼女の常であり、振り回されまいとするならばドンと構えるしかないのだ。すると自然とぶっきらぼうな態度になってしまうのは、彼女に相対するときのスタンダードとなっている。

 そのようにしてようやく場が落ち着くと、三人で窓際の座席へと座り直すことになる。タイミングをはかったようにやってくる店員さんに、それぞれ飲み物を注文すると、改めて話を仕切りなおした。


「犬飼、こちらクラスメイトの九重結菜さん。手助けをしてくれることになったから、お礼を言え」

「はいっ、ありがとうございます。よろしくお願いしますっ」


 犬飼の頭が素直に元気よく下げられる。

 見知らぬ美人がいることで挙動不審気味だった犬飼だが、九重さんを紹介すると、今度はジロジロと彼女を眺めはじめた。美少女が物珍しい気持ちは分からんでもないが、いささか無遠慮ぶえんりょが過ぎるので「やめんか」と嗜めておく。


「そして九重さん、こいつは犬飼しおり。同じ高校の一年生で、俺に犬探しを依頼してきた」

「はじめまして。こちらこそよろしくお願いします」


 対して九重さんは折目正しく、綺麗な礼を見せてくれる。

 犬飼に少しは見習えと言いたくなったが、そこは堪えた。

 九重さんが尋ねてくる。


「二人はお知り合いなんですか?」


 きっと大輔の気安い態度を見て疑問に思ったのだろう。

 そしてそれは正解だった。


「以前、こいつの同級生の手助けをした際に、ちょっとね」

「そっす。その子、カナちゃんっていうんすけどね、今でもサー先輩に感謝してるっすよ。会うたんびに『私も佐和先輩と同じ高校に進学したかった』ってボヤいてるっす」


 犬飼はそのまま「サー先輩、すごかったんすよ」と当時の武勇伝を九重さん相手に語っている。唐突な太鼓持ちに身がくすぐったくなるも、貶されているわけでもなし、止めるつもりはなかった。しかし「ズバッ」とか「びゅびゅびゅ〜ん」など、やけに擬音の多い語り草は、なんだかテレビ番組の怪傑かいけつヒーローの活躍を聞いているようで、首を傾げてしまう。

 ちなみにその同級生の問題を解決したときも、きっかけは友人の友人による紹介からの依頼だ。そんな具合にして、大輔は伝手つてを頼りに顔を広げ『対価』を収集しているのである。『サービスマン』の名は、現在では学校内外を問わず、それなりの知名度はあるだろうと自負している。


「それで、今回はいったいどうした?」


 空気が弛緩しかんし、場の様相ようそうが高校生たちのいこいの時間のようになっていた。話が前に進まない。それなので、しびれをきらして大輔が言う。

 すると犬飼が思い出したかのように「ああっ、そうだった」と、こちらへ食いついてくる。


「小太郎がいなくなっちゃったんですっ」


 詳細を聞く。

 小太郎というのは彼女が飼っている子犬の名前であり、屋外を散歩していたところ脱走されてしまったらしい。


「不注意だな」

「ぐうのも出ないっす」


 犬を飼っている者としてあるまじき失態だと指摘したら、犬飼はいさぎよく頭を垂れる。その様子から、せめて事情くらいは聞いてやろうと思い尋ねてみると、犬飼は「交通事故があったんです」と答えた。


「大丈夫だったんですか? お怪我けがは?」

「え、あ。いやいや、大丈夫っす。というか私じゃないです」


 九重さんの心配の声を慌てたように否定すると、犬飼はアタフタと詳しい事情を話しだした。

 なんでも散歩中、目の前で自動車の横転事故が発生したのだという。

 それはスピード超過が原因の自損事故であり、ともすれば自分たちも巻き込まれる可能性があったからヒヤヒヤしたのだそうだ。明らかな運転手の自業自得じごうじとく。しかし、だからといって救助活動をしないのも、それはまた違う話だと思ったらしい。なにより、目前で大事故が発生したのであれば何かしらの手助けをするのが人の道だと。

 犬飼はしばしの逡巡しゅんじゅんを経て、リードを近くの柵へと繋ぎとめて小太郎を係留した。そして事故現場へと救助に向かう。幸いにも運転手は軽傷で済んだようで、警察への証言やその他の手続きを済ませると、犬飼は小太郎のもとへと戻った。

 そしてそこには柵に結われたリードのみが残されていたという。


「繋がれてるのが嫌で首輪から抜け出しちゃったみたいなんです」

「そうか、そりゃ仕方ない……とは言わんが、責めるのもこくな話だったな。すまん」


 自動車の横転事故なんて大事を目撃した日には、ショックで脇が甘くなることも大いに考えられることだ。ここで首輪の付け方が良くなかっただの何だのと、ネチネチ言うのは小姑こじゅうとみたいだから控えておく。

 人間だもの、どうしたってミスは出る。


「でも……これで小太郎の身に何かあったりしたら……私はとんでもない馬鹿っす」


 しかし、犬飼自身は自らの迂闊うかつを悔いている様子だった。またもや目を潤ませだして、堪えきれないように身を震わせている。


「見つけましょう、何としても」

「ううぅ……ありがとう」


 九重さんは犬飼の事情に同情した様子だ。グズる彼女を励ますようにして声かけている。

 家族に対する情の厚い彼女のことだ。心を痛める犬飼を見て、何かしら思いやるべきところを見いだしたのだろう。その声は優しかった。

 九重さんが大輔へと問いかけてくる。


「申し訳ないんですが、私はあまり迷い犬探しには詳しくありません。ですが、佐和くんには何か思いあたることがあるんですよね?」

「思いあたるというか……探すための特技が一つ」

「ぜひ、そのお力を貸して欲しいっす」


 大輔の協力があれば百人力だと言わんばかりに、犬飼が期待の眼差しを向けてくる。その視線はどこまでも純粋で、大輔の力を信じて疑わないものだった。

 けれど、そこまで直球な視線を受けると、つい二の足を踏んでしまう。


「あー……ただなぁ──」

「どうかしましたか、何か問題でも?」

「いや、そういうわけじゃない、必ず成功させるよ……ただ、ねえ?」

「はっきりしませんね。憂慮ゆうりょすべきことがあるのなら、ちゃんと言ってください」


 九重さんからたしなめられ、それもそうかと腹をくくる。

 どうせ胡散臭うさんくさがられるのは確定なのだから、早々に言いきってしまうのがよかろう。

 そして大輔は二人の視線を真っ向から受け止めると「ふざけているわけじゃないからな?」と前置きをして口を開いた。


「今からやろうとしていることが、ちょっとスーパーナチュラルにすぎるというか……明確な根拠のない手法なので信頼してもらえるかどうか」

「それって──」


 大輔の言葉を受けて、九重さんの視線が俺のお守り袋へと向けられる。きっと『マガダマ』を想起したのだろう、だが今回はそれじゃないので首を振る。


「ちょっと原始的な方法だから不安に思われるかもしれない、でも自信はある。確かな結果を出してみせるから二人ともついてきてくれ」

「その方法って、何なんすか?」


 そしてついに、犬飼から核心をつくような質問があった。

 大輔は頷いて、それに答えた。


「ダウジングをします」

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