サービスマン、てれる

「今日は迷い犬を探します」

「なぜ?」


 これから行われる外回りに対して、はずみをつけるためにも大輔が元気よく宣言する。すると、やや辛辣しんらつな語気で疑問の声を受けた。

 声の主へと視線を向けると、険しい表情をしている九重さんがそこにいる。


「どうしてでしょうか?」


 再度、同じ質問を受ける。

 言葉遣いこそ丁寧ていねいになりはしたが、彼女が身にまとう雰囲気は変わらない。

 大輔はどうしたものかと、後頭部をぽりぽりさせる。


 ひまりちゃんとの面会の翌日、放課後の学校帰りのことである。

 九重さんを連れだして街中を移動していると「今日はなにをすればいいでしょうか?」という質問があり、答えた。すると、前述したような状況におちいったわけである。

 青空に「カア」とカラスが鳴く。しかしまだ夕焼け小焼けには早い時間だ。日も少しづつ長くなり、春もそろそろ真っ盛りを過ぎている。運動をするとインナーシャツが汗ばむような気候になってきた。

 とはいえ、大輔がいま感じている汗は、どちらかといえば冷や汗のたぐいだった。


「なんだか穏やかじゃないね、なにかあったの?」

「すいません。昨日、ちょっとありました……余裕がないんだと思います。あせっても仕方のないことでしょうが、どうしても──」


 九重さんの言葉がにごる。

 彼女の顔をよく見ると、目元が少し赤い。泣きはらしたような跡があったが、大輔は特に指摘などはせず察するにとどめる。

 彼女たち家族の事情は理解しているつもりだ。

 しかし、ここで大輔が励ましの言葉をかけたところで、実利なんてなにもないのだ。彼女が本当に欲しいのは、同情よりも確固とした結果のはずであろう。であるならば、黙って行動することこそがなぐさめとなる。

 情が浅いと言われるかもしれないが、ときには無情こそが人のためになることもある。


「なんで犬探しなのかっていう疑問は、当然だろうけれど……これも必要なことだと理解してほしい」

「わかりました。けれど、疑うつもりはありませんが、説明くらいは欲しいです」

「ごもっとも」


 九重さんの言い分はつくづく道理であり、大輔は歩きながら彼女へと説明を行う。


「ひまりちゃんの『呪い』については……いざとなったら俺の『マガダマ』を使用してなんとかしようと考えてる」

「はい」

「そしてそのためには『対価』を集める必要がある」


 それはこれまでにも何度か言及していたことだ。神秘財『マガダマ』を使用するためには代償が必要である。

 何事も、失うものなくば、得ることはできない。

 ただでさえ人の願いを叶えるという奇跡を起こすのが神秘財というものだ。その代償はそれ相応のものが要求されることになる。

 よって『対価』を捻出ねんしゅつするためには特別な手間をかけなければならないが──


「……」

「どうかしましたか?」


 説明の途中で、ふと考える。

 そのまま九重さんの顔をマジマジと見つめた。

 いぶかしむような声もかけられるが、応えることなくジッと見続ける。


「……諸々もろもろの事情ははぶくけれど」

「省かれるのは困るのですけど?」

「ちょっと詳細に説明するのは難しい。結論だけ伝えるよ」


 九重さんには悪いが『対価』の核心については伏せることにした。

 理由は、今の彼女には少々話しづらい内容だからだ。

 精神的に余裕がないと宣言している彼女に、アレコレと考え込ませるような要素を与えるべきではないだろう。事態が落ち着いた後にでも、彼女が気にするのであれば、そのとき改めて説明すればいいことだ。

 それなので、途中の細かい事情というものは飛ばして、噛み砕かれた要点だけを伝えることにする。


「徳を積めば『対価』がたまる」

「徳?」

「そう」


 主だっては善行を積むこと。

 人道にそって、人々にありがたがられる行動をすることによって『対価』がポイントのように貯まっていくのだと、そのように説明した。


「そんなことで……? にわかには信じられませんが」

「そうかな?」


 昔から言うではないか「善いことをすれば今に良いことがある」「お天道さんはきっと見ていてくれる」と。人というのは、口々にそれを唱えながら善行を巡らせてきたのだ。その報奨を分かりやすい形で具現化する道具こそが『マガダマ』である。

 やや突飛な説明ではあったが、九重さんは不承不承ながら納得してくれたようだった。

 

「分かりました、佐和くんを信じます」

「そうしてくれるとありがたい」


 彼女という女性も中々に勘が鋭い。

 きっと大輔が全てを話していないことはバレているだろう。それでも信じてくれると言うのだから、そのふところの深さに感謝するばかりだ。しかし大輔としても、別にやましいことをしているつもりはないので、素知らぬ顔をするしかない。

 すると、九重さんは「ああ、なるほど」と、なにかが合点のいったような声をあげる。


「でしたら、佐和くんが学校で『サービスマン』と呼ばれているのも──」


 それは大輔の二つ名についてのことだった。

 九重さんの前で殊更ことさらに強調した覚えはなかったが、大輔が学校で何をしでかしてまわっているのかはご存じのようである。おそらくクラスの誰かからでも聞いたのだろう。転校してきてから幾日、どうやら彼女も周囲の状況というものを把握してきているようだ。


「『対価』を集めるために活動してたら自然とあだ名がついた感じかな」

「そうなんですか」

「そう。だからまあ、俺が正義の味方だのなんだのというのは……方向として間違ってはないかもしれない。けれど、とにかく底が浅い。お得だからとポイントを収集していたら、結果的に世のため人のためになっていただけだわなぁ」


 だから自分なんて、まったく大した人物ではない。

 そのように笑うと、九重さんが少しだけ口角を柔らかくして言う。


「そんなふうに自分を卑下ひげするものじゃないと思いますよ。佐和くんは絶対に人に誇れることをしています。私もひまりも、そんなあなたに救われているのですから」

「……」

「なにか?」

「……なんだかな」


 その笑顔とも言えないような表情を見て、不覚にも見惚れてしまった。

 大輔はあまり女性の色香に弱いと自覚したことはない。むしろ鈍感というか朴念仁ぼくねんじんというか、相手を女性としてよりも人として一個人を見ているフシがある。けれど大輔とて男であったようだ。美人には勝てない。

 なんとなく悔しい。


「でも、ありがとう」


 不覚をとったことは口惜しいが、それでも肯定的に評価してもらえたのは素直に嬉しい。

 なのでお礼を言うと、れたような気分になる。

 そんな自分を悟られまいとしたのかもしれない、大輔の声が少々大きくなった。


「そういうわけで、犬探しというのは俺が『サービスマン』として請け負った依頼だ」


 それは生徒会の目安箱に投函とうかんされた依頼だった。

 これまではひまりちゃんの件もあり、最優先には位置付けていなかった問題だが、こちらもあまり時間の余裕がある案件だとは言えない。『対価』を集めるためにも、このタイミングで取りかからせてもらうつもりだった。


「要は『人助け』になるから、徳がつめる。これがポイント……ひいては『対価』になる。ひまりちゃんを救うにはとにもかくにも『対価』を集めるしかない」


 だから手伝って欲しいと、九重さんに頼み込んだ。

 すると彼女のほうからも頭を下げられる。


「こちらこそ、是非とも協力させてください」


 彼女は頭を下に向けたまま「命がけでも頑張りますから」と言う。その言葉はちょっとした常套句じょうとうくとして使ったのだろう。それぐらいに本気でことにあたるという意思表示だ。彼女がひまりちゃんを想う気持ちを考えれば、それも大げさな表現でもないかもしれない。

 しかし大輔としては、つい言葉を返してしまう。


「いや、九重さんは『命』をかける必要はないよ」


 目の前の美少女には、そこまでの負担をかけるつもりはない。

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