九重結菜、回想する③
──そして時は流れて、現在。
無機質な病室。
入院患者の私物だけが部屋に彩りを与えてくれる、殺風景な白い部屋の中で、結菜は両親と一緒にひまりの寝姿を眺めていた。
彼女は今、すうすうと安らかな寝息をたてている。だが少し前まで、とても苦しげな様子で息をきらしていた。それはまるで生死の境をさまよっているかのようで、結菜はとても生きた心地がしなかった。
必死に処置を行う医師と看護師の後ろで、結菜はただ見ていることしかできなかった。そんな無力な自分が情けなくてたまらなかった。
そんなふうに結菜が自身を責めていると、微かに、ベットの中で身じろぎする気配がある。
「……」
「ひまりっ」
静かに目を開いて、覚醒したひまりへと母が駆け寄った。
父も同時に動きだして、結菜は二人の後ろへと続くかたちとなる。
「お……ぁさ……」
きっと両親のことを呼びたかったのだろう。
ひまりの喉からは、かすれたような、判別できない声が聞こえてくる。
そんな彼女の小さな手を母がギュッとつかみこむ。父もその上から覆うようにして掌を握り込んだ。
ひまりは両親の様子に一瞬、不思議そうな顔を浮かべるも、やがて何かを悟ったような表情を見せた。
「ぃ……ぶ、……だい、じょぶ、だ……よ。おかあさん、おとぉ……さん。ひまりは……げんき」
ひまりは言葉を発しながらに、なんとか声の調子を整えているようだ。やがて大きな咳払いを一つする。そうして落ち着いたのか、一度ゆっくりと深呼吸をすると、おもむろに口を開いた。
「ごめんなさい。ひまり、ちょっとねむたくなってた」
ひまりが笑う。
その笑顔は、いつか見た笑顔とは全然違っていた。
儚げで悲しそうな微笑み。
まるで散華する花のようだった。
そう感じたとき、胸の奥がキュッと締めつけられる。
「おねえちゃん」
「っ……なあに?」
結菜は返事をしようとして、声が上手く出ないことに気づいた。なので無理矢理にでも笑顔を見せる。意識して柔らかい表情をつくろうとするのだが、しかしそれも難しかった。気を抜くと、今にも崩れ落ちてしまいそうなのだ。ともすれば、このまま
それを必死になって堪える。
ひまりが笑っているのに、結菜が泣いてしまうわけにはいかなかった。
「大人にならないとケッコンってできないんだよね?」
「どうしたの急に?」
結菜が苦悩しているのをよそに、ひまりはなんとも意想外な質問をしてくる。
理由を聞いてみるも、彼女は顔を赤くしてしまい、恥ずかしがるようにして口を閉ざした。そして話題を逸らすように言う。
「むかしね、おねえちゃんにもらったユビワ──」
「指輪?」
ひまりの言う指輪というのが結菜の想像するものと一致するかはわからない。だが結菜は、いつかひまりと一緒に歩いた春の日のことを思い出した。だから「クローバーの?」と確認してみると、同じこと考えていたらしく「うん」と同意がある。
「あのときね、ひまりね、よくわからなかったけど。いまはケッコンもプロポーズもわかるよ」
「そうなの」
突然の話のきりだしに、その理由はよくわからないながらも、疑問は挟まずに同意する。ひまりになにか話したいことがあるのなら、彼女の思うように話してほしかったから。
するとひまりは、どうしてか結菜のことについて質問をくりかえす。
「おねえちゃんはケッコンしないの?」
「しないわね」
「おうじさまがいないから?」
「それもあるけど……私もまだ結婚できる年齢じゃないから」
「おねえちゃんは大人じゃないの?」
「ひまりよりは確かに大人だけれと──」
結菜だってまだまだ
そのまま会話が一段落する。
結局、ひまりが何を言いたかったのかはわからなかった。
本当ならば、これ以上に話を引き延ばして、ひまりに無理をさせるのはよくない。けれど、ひまりの言葉の中になにか真意があるのなら。たとえば、秘めた望みなどがあるとするならば、なんであろうと叶えてやりたかった。そのためには彼女の示すサインは、なにひとつとして聞き落とすわけにはいかない。
だから結菜は、どうしても聞いておきたいことを一つ問いかける。
「ねえ、ひまり。おねえちゃんに何かしてほしいことはない?」
「ううん、なにもないよ」
「そう。でももし……もし、ひまりが『欲しい』と思うものならなんでもいいの、お姉ちゃんに教えてちょうだい」
食い下がるように「お姉ちゃん頑張るから」と言うと、ひまりは少しだけ考えるそぶりを見せる。
「ひまり、ちょっと『ワガママ』をいってもいーい?」
「──っ、もちろん。なんでも言ってちょうだい」
意気込んで答える。
すると、一瞬、ひまりは言葉を詰まらせた。
申し訳なさそうな顔だ。
まるで、その言葉を口にしてもいいだろうかと
しかし、ちょっとした間をとってから、ひまりは口を開いた。
「ひまりも──おねえちゃんみたいな、ステキな大人になりたかったなぁ」
結菜はとうとう
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