サービスマン、嘆息する

 大きく長い溜息をついて、大輔は言う。


「根絶しましょう、そんなクソみたいな呪い」


 強調して気持ちを伝えたが同意はなく、藤堂さんは言いにくそうに言葉を返した。


「それについては当該国……ジョンドゥの出身国ですね。そこが呪いの根絶を誓言せいげんしています。ただ彼の呪いはあまりにも根深く、現在にいたっても解呪しきれていないのが現状なのだそうです」


 軽くめまいがした気がする。

 一国が対応にあたり、それでも解決できていないというのだから、問題は深刻だ。

 それだけ厄介な呪いであればきっと相応の『対価』が要求されていたはずなのだ。そんな大きな代償がたった一人のよこしまな欲望のためだけに使われた。そのことを考えるだけで、どんどんと暗く重たい気分になってくる。

 世の中は胸糞が悪くなる話ばかりだ。

 なんだか人の本性というもの懐疑的に見てしまいそうだった。


「そのようなわけで、ひまりさんの『呪い』については当該国に責があります」


 世の不条理について憂いていると、藤堂さんの声が響いた。ハッとして彼女を見ると、視線が「大丈夫か?」と尋ねてきている。どうやら相当にひどい顔をしていたらしい、眉間をぐりぐりと揉んで気を取り直す。「はい、それで?」


「すでに本件については先方に報告済みですから、追って連絡がくるでしょう」

「その国がどうにかしてくれるって話ですか?」


 若干の期待をもって尋ねる。

 すると藤堂さんは大きく頷いて「はい」と肯定した。


「これまでに、ひまりさんの件と同じようにして、彼の呪いが確認された例がいくつかあります。その度に当該国は責任をもって解呪をしていますから、今回も同様の対応が予想されます」

「ということはつまり……」

「彼らの国の神秘材を使用して、ひまりさんの呪いは解かれるでしょう」


 それは藤堂さんと会話を始めてからようやくの朗報であった。ことの経緯はどうであれ、ひまりちゃんが助かる道が示されたのである。どうやら呪いの根本を撲滅ぼくめつすることは難しくとも、個別に解呪することは容易なようだ。一国による保障があるとなれば、それは大きな安心材料となる。

 大輔はほっと安堵あんどして、座席の背もたれへと体重をかける。喉が渇いた気がしたので、卓に置きっぱなしであったグラスへと口をつけた。コーラのシュワシュワはすでに生ぬるくなっている。しばらくは暢気のんきに気の抜けた炭酸を味わっていた。すると「しかしですね」と藤堂さんが不穏な言葉をはなつ。


「一つだけ懸念けねんがあるんです」

「素直に安心させてくださいよ」

 

 思わず不満をあらわにしてしまったが、それには構わず藤堂さんが言った。


「ひまりさんの容体についてなのですが、あまり芳しくありません」

 

 それは担当の医師より、九重さんのご両親へと伝えられたことであるらしい。

 

「ここにきて新たな疾患が発見されたそうです。それも極めて深刻な……今すぐに倒れ伏してしまってもおかしくない状況であると……はっきり言いますと、余命が宣告されました──そしてそれは、呪いの期限にも合致します」


 呪いの期限という言葉に引っかかりを覚えたが、すぐに理解する。

 ジョンドゥの呪いとは、美女を死に至らしめる呪いであり、そして美女というのは六歳までの女児のことをいうらしい。つまりそれは、現在六つの歳であるひまりちゃんが次の年齢を迎えることがないことを示している。

 藤堂さんは言う。「時間がないのです」


「不甲斐ないことではありますが、国をまたいでの約束事というのは往々にして迅速にはり行われません。しかもことは『神秘材』という、一般には秘匿されている事物が関わることであります。ひまりさんの解呪には時間がかかることが想定されるのです。

 それまでに彼女の身体がもつかどうか……もちろん先方には早急な対応を要請するつもりですが、私の役職においては、彼女の身の保障を約束できるものではありません」

 

 藤堂さんは、自分にはこれ以上できることがない、と言っている。

 そして彼女は大輔を凝視してくる。

 視線が語っていた、「お前はどうするんだ?」と。

 だから、ごく当たり前のこととして答える。


「いざとなれば、俺がどうにかします」

「どうやって?」


 鋭い質問を受ける。


「一国が対処するような強力な呪いです。佐和くんの『マガダマ』を用いるとしても大量の『対価』を必要とするのは間違いないでしょう。君はそれをまかないきれますか?」

「……ちょっと自信がないですね」

「では、なにか良い策がありますか?」


 そんな大層なものはなかった。

 しかし話を聞いていて、一つだけ思いついたことがある。


「ちょっと試してみたいことがあります」

「ふむ」


 答えると、藤堂さんはそれ以上を追及してくることはなかった。ただひとつ「ならば、お任せします」とだけ言ってからコーヒーへと手を伸ばしている。それがきっかけになったかはわからないが、おもだった相談事はすべて話し終わったことを大輔は悟った。時計を見るとそれなりの時間が経過している。

 

「佐和くんはやっぱり正義のヒーローですね。サービスマンでしたか、佐和くんの二つ名は?」

「藤堂さんまでそんな恥ずかしいことを言いだす。正義の味方なんてガラじゃねっす」


 サービスマンの名は、あくまで便利屋稼業の愛称的な意味合いで捉えて欲しいと、ふてくさるように言う。すると彼女はくすくすと笑顔を見せて大輔をからかってきた。


「いいじゃないですか。愛と勇気だけが友達みたいで」

「嫌ですよ。友達になるなら財と名誉のほうがいい」

「かわいいのに」


 そのようにして二人で取り止めのない会話を続ける。

 それは単に、残っているコーヒーとコーラを飲み下すついでの話だ。

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