サービスマン、『呪い』の詳細を知る

 やがて病室には看護師さんが駆けつけて、ほどなくして担当医の先生もやってくる。

 九重さんとその両親、そして藤堂さんも一緒だった。

 医者の先生が迅速な対応を見せて、ひまりちゃんの診察をすませると手早く薬剤を投与する。それにより、彼女の発作は治まりをみせ、現在は薬の作用によって穏やかに眠っていた。


「佐和くん。ありがとうございました」

「いや……」


 事態が落ち着いたあと、九重さんから頭を下げられるも幾分か気がひけた。大輔自身は大したことはしていないし、なにより沈痛な面持ちで告げられる感謝の言葉は、素直に受け取りにくいものがある。

 九重さんのご両親からもお礼を言われ、改めて自己紹介をした。美形姉妹の両親ということで、二人とも整った容姿をしていたが、普通の人たちだ。だがその表情には陰りがあり、憔悴しているようにも見える。いくつかのやりとりも交わしたが、彼らはひまりちゃんの容体が気になるようで、気もそぞろな様子であった。

 病室内は重苦しい空気が充満し、その場にいる誰もが何をいうでもなく黙り込んでしまう。ただスウスウと、ひまりちゃんの寝息だけが聞こえていた。


「佐和くん佐和くん、ちょっとよろしい?」


 そんななかで藤堂さんから呼び出しを受ける。

 大輔は彼女に連れられるまま、病室の外へと出た。


「九重さんのご両親には、全ての事情をお話ししました」


 藤堂さんは廊下の先を行きながら言う。


「いまはすこし、ご家族だけにしておきましょう。きっと時間が必要でしょうから」

「了解です」


 どうやら、九重さんら一家だけで話しあう時間を設けるつもりらしい。それについて特に異論はなく、二人で邪魔にならない場所へと向かう。

 やってきたのは、病棟二階にあるレストランだった。レストランといっても、メニューは簡単な軽食や喫茶のみで、主に入院患者や見舞客らの談話のためにある店のようだ。藤堂さんはコーヒーを注文し、大輔はコーラを頼む。そして互いの飲み物がそろってから、藤堂さんが会話の口火を切った。


「お待たせしましたが、佐和くんにも、ひまりさんの『呪い』について説明しましょう」

 

 どうやら主だった関係者の中で、事情を知るのが一番最後になってしまったようであるが、不服ということはないので、神妙な気持ちをもって頷く。最後にコーラをひとすすりして口内を潤わせてから、藤堂さんの言葉を待つ。


「佐和くんもご存知のとおり、神秘材をもちいて叶えられる『願い』の中でも、著しく人に害を及ぼし、一種の災害だと認定されたものを『呪い』と呼称します」


 まずは既知の情報のおさらいである。

 それは『呪い』という厄介極まりない概念の成り立ちについてだ。願いを叶える器物、『神秘材』というのは世界中にある。それは素晴らしいことに聞こえるかもしれない。だがその実、とても重大な危険を内包している。人の願いというものが、必ずしも善意に溢れているとは限らないからだ。ときに自然と人の不幸を願うものこそが人間である。


「確かに理解しています。続けてください」

「実はその『呪い』について、国際的に決まり事というのがあるんです」

 

 藤堂さんが言うには、呪いによる災害が確認された場合、各国は速やかに公表し、その詳細を報告する義務があるということであった。彼女は「そうはいっても、様々なお国事情により必ずしも守られてはいませんが……」とぼやくようにしている。きっと公務員のご苦労があるのだろう。


「そこに蓄積されてきたデータベースの中に、ひまりさんの呪いと合致するモノがありました」

「なるほど」


 つまりひまりちゃんの身にかけられた呪いというのは、かつてどこぞの外国の馬鹿がやらかした、何かしらの『願い』の結果だということのようだ。しかし、遠い外国の誰かが、島国の少女を狙い定めて危害を加える理由が思いつかない。これからその詳細について聞いていくわけだが、どんな事情があろうとも、一言罵倒してやろうと心に決めていた。こればかりは感情が抑えきれるものではない。

 藤堂さんは、そんな大輔の気持ちを察したのか、一つ嘆息をついてから言う。


「『ジョンドゥの呪い』」

「誰ですか、そいつ?」


 聞き馴染みない名前の登場につい疑問を挟んでしまった。「ジョン」ということは英語圏の誰かだろうか……?

 藤堂さんは答える。「つまりは名無しの権兵衛です」


「某国の……さるやんごとなき王族に連なる御方なのですが……『呪い』をふりまいたという、あまりの不名誉により、某国政府から実名の非公表が要求されていまして……それが認められています」

「つまり偽名ということですか」

「まあそういうことです」


 つい「んがーっ」と座席によりかかり、やりきれない思いを発散させる。文句を言うべき相手を見失ったやるせなさから悪態をついてしまった。大輔は知らなかったが、「ジョンドゥ」といえば、氏名を具体的に示さないときに使われる定番の表現らしい。便利なのかもしれないが、おかげで全世界のジョンさんへのヘイトが溜まる一方である。

 その後も藤堂さんの説明は続く。

 そのジョンドゥという卑怯者は随分と過去の人物であるようで、今から百有余年ほど前の時代を生きた男性だそうだ。彼の生涯は、異常とも言える性癖と妄執の日々だったようで、存命していたころは、多くの諸問題を引き起こしては周囲から鼻つまみにあっていたらしい。 

 人格的に問題があったことは間違いないのだろう。


「それでそのジョンは、いったい何を願ったというんです?」

「それについてはキチンとした記録があります。彼の『願い』は一言一句、詳細に残されていました」


 そこで藤堂さんはいったん言葉を区切る。しばし発声するのに苦労するような態度を見せるが、やがてどこかやりきれない顔をしながらに、その呪文を唱えた。


「……『世界中の美女をすべて我が手中に』」


 思わず「はい?」と聞き返してしまう。

 どんな極悪非道な願いが飛び出すのかと身構えていただけに、拍子抜けをしてしまった。それは、なんというか。あまりにも俗な願いで困惑してしまう。とりあえずゲスなことには違いない。

 そんな気持ちが伝わったのか、情けない顔をして藤堂さんが言う。


「気持ちは分かりますよ。私だって呆れはてました」

「……でも、確かに褒められるような願いではないですが……その願いがどうして、ひまりちゃんの命を脅かす結果になるんです?」


 少なくとも命の危機に瀕する事態にはならなさそうな話である。

 それがどうして、ひまりちゃんのような子供が苦しむことになっているのか。

 問いただすと、藤堂さんは確認してくるように言う。


「最後まで冷静に聞いてくださいね?」

「大丈夫ですよ、俺をなんだと思ってるんですか」


 そう伝えると藤堂さんは「どうだろうか?」という顔を見せるが、それでもなんとか信頼してくれたようで、説明を続ける。


「普段から佐和くんにもきつく言っていることですが、神秘材を使用するときは、願いの文言はシンプルに、そして『決して漠然とした願いはしない』ということです。そのことがまさに、悪いように現れたケースだと言えます」


 彼女の言うことは大輔が常に注意されていることだった。そしてそれは、神秘材を保有する身として国から徹底指導されている項目でもある。

 変な話をするが、マガダマのような神秘材は、どんな願いをも叶えはするが、それが願い主の思い通りになるとは限らないのだ。ときに予想もしない結果を生み出すことがある。

 具体的な例として思い出されるのは、九重さんと訪れた喫茶店マンハッタンでの出来事だ。あのとき大輔は『ミルク紅茶をカフェオレにかえる』という願いを叶えたわけだが、紅茶が魔法のようにカフェオレへと『変化』するのを想像していたならば、マガダマが作用したのはティーポッドを破壊するという現象であり、結果として紅茶はカフェオレへと『交換』されたわけである。

 そのことと同じようなことが起こったのだと、藤堂さんは言う。


「彼の願いは不明瞭に過ぎました。きっとよく考えもせずに『世界中のすべて』なんて大口を叩いたのでしょう……その結果に起きた出来事はあまりにも……あまりにも無惨な大虐殺でした」


 声を暗くして藤堂さんは告げた。

 大輔はしばらくその言葉の意味が分からなかった。

 しかし、理解できた途端、大きな怒りを覚える。


「なんだよ、そりゃ……」


 ジョンの願いとは、世界中の美女をすべて侍らせることであった。

 しかしそれは中々に無茶な注文である。世界中の美女が彼のもとに集ったとして、いったいどれほどの人数が押し寄せたというのだろう。そうでなくても世界というのは広いのだ。例えば地球の裏側に彼好みの美女がいたとして、どうするのか? テレポーテーションでもするのか? 世界中の何十何百という人数が? そんなの、どんなに『対価』を積んだところで叶えきれる願いではないだろう。しかしそれでも、願われたからには実現するのが神秘材というものなのである。だから彼の願いは、少々ひねくれた方法をもって達成された。

 つまりこういうことだ。

 世界に美女が一人もいなければ、彼のもとに誰も集わなくても、おかしな話にはならない。

 、彼の願いは叶うのだ。


「実際に彼のもとに集まった女性というのは、国内や近隣諸国から来た十数人程度だったようです。当時の世界情勢では気軽に国際渡航なんてできるはずもなく。地理的な理由により不可能だった者、そうでなくても、彼の女になるのを強い意志をもって拒んだ者、そのすべての人たちが亡くなりました」


 酷いなんてもんじゃない。

 そいつの願いは『俺のモノにならなければ死ね』と、そう言っているのだ。

 そんな無茶苦茶な話はないだろう。

 大輔は怒りのあまりに声を荒げそうになった。だが、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。そのあいだ藤堂さんは何も言わずにコーヒーを口にしていた。やがて大輔はなんとか気持ちを切り替えて質問をする。


「世界中から美人が消えたのなら、大事になったんじゃないですか? そんな未曾有の大災害、そうそう隠し切れるもんじゃない」

「それについては、彼の性癖が特殊だったことが幸いしました」


 藤堂さんは「いえ、それを幸いなんて決して言うべきではありませんが」と言い直す。そしてジョンという最低野郎の趣味を暴露した。

 ジョンの性癖、それは『少女愛好家』だったという。


「およそ五、六歳前後の女性のことを彼は美女と呼んでいました。他にも彼なりの細かい『こだわり』があったようです。曰く、無垢であること。曰く、眉目秀麗であること。多くの条件があって、それらすべてに該当する人間は少なく、おのずと被害も小規模ですんだようです」


 藤堂さんは淡々と告白しながら「あくまでも『単なる人数の問題としては』という意味ですが」と付け加える。それは確かに「幸いだった」と口に出すのは憚れる内容であった。むしろ人道的な意味合いでは、より極悪だと言えるかもしれない。


「つまりひまりちゃんが今、苦しんでいるのは……?」

「彼女が彼好みの女性であるからでしょう」

 

 藤堂さんは加えて「年齢がドンピシャリなんです」と言う。


「すでにジョンドゥは鬼籍に入っています。ですが、その呪いの残滓だけがいまだに世界中を漂っている。願い主もなく、ただ俗悪な『願い』だけが罪のない少女を貪っているんです」

「最悪だ」


 つい、こぼしてしまう。

 そんな最低最悪な『呪い』が現在も世界中にふりまかれている事実に反吐が出そうである。

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