サービスマン、ガールズトークの置物となる

 病室へと踏み入ると、その少女は窓の外を見ているようだった。

 なので、つられて視線は外界へとうつる。

 綿菓子わたがしのような雲が浮く、春の空があった。ポカポカとした陽気と合わさって、なんだか眠ってしまいたくなるような空気をたたえている。そんな空中を一筋の白線が過ぎていった。飛行機だ。軌跡きせきにはっきりとした航跡雲こうせきうんをともなって、轟々ごうごうという音をき散らしている。

 少女はジッとそれを見つめている。かすかに「おぉー」という感嘆の吐息といきをもらしたのが聞こえたところで、九重さんが彼女へと声をかけた。


「ひまり、なにを見ているの?」

「ぎんいろどりっ!」


 振り向いた少女は、とても可愛らしい子供であった。

 童顔どうがんらしい大きな瞳。ぷうくりとしたほほは、触れるときっともちのような弾力があるのだろう。フワフワと柔らかそうな髪の毛をひるがえす様子は、愛らしく可憐かれんである。そして羽ばたかぬ鉄塊てっかいを「銀色の鳥」と表現する、その子供らしい空想には、微笑ほほえましい感情を呼び起こされた。

 九重さんの妹、九重ひまりちゃん。

 彼女は無邪気むじゃきな笑顔を浮かべていたが、入室してきたのが姉だけではないと気づくと、キョトンとほうけた顔を見せる。


「だぁれ?」


 それを受けて、まずは藤堂さんが自己紹介を始めた。名前を名乗り、九重さんの友人であると告げる。大輔もそれにならった。つづいて藤堂さんが、おしゃべりをしようと持ちかける。突然の提案にひまりちゃんも困惑した様子を見せたが、姉の顔色をうかがいつつ、恐る恐ると「うん、わかった」と応答してくれた。


 しばらくは藤堂さんが主導して、なごやかな語らいの時間が続く。


 内容については取るに足らないものだ。最近食べて美味しかったお菓子のことや、可愛かわいい文房具を見つけたことなど。およそ六歳の女の子が興味をもって聞いてくれそうな話をする。最初は不可解な面持おももちをしていたひまりちゃんだったが、やがて緊張がほぐれてきたのか、ほのかに笑顔を見せてくれる。

 藤堂さんには一つの依頼をしていた。

 それは、ひまりちゃんにかかった呪いがなんなのか、調べてもらうこと。おしゃべりについては、その前置きなのだろう。きっと何かしらの措置そちがこれからなされるのだと思う。よって大輔は彼女の邪魔をせぬように徹した。

 すると、おしゃべりの内容はどんどんと女子の趣味色が強いものになってしまい、まるっきりガールズトークとなる。そうなると、とてもではないが大輔では太刀打たちうちができない。さすがにティーンエイジャーに人気のぬいぐるみについてなんて、話についていけない。

 そのように大輔以外がおしゃべりに花をさかせ、会話もはずんできたというところで、藤堂さんが大輔に耳打ちをしてくる。


おおむね、調べ終わりました」

「えっ、もうすか?」


 目を丸くしてしまった。

 てっきり特別な機械でも持ち出して、精密検査のような行いがあると思っていただけに肩透かたすかしを受けた気分だ。そのむねを伝えると「話をしつつ、ちょちょいと済ませてしまいました」と得意げな顔が返ってくる。実際にどんな検査を行ったのかと聞いてみるも「機密事項ですから教えられません」と言われた。そこは「禁則事項です」と微笑んでもらいたかった。


「あとは医学的な見解けんかいを聞いておきたいと思うので、私は一度、席を外します」


 藤堂さんはそう言って立ち上がる。ひまりちゃんの容体ようだいについて、医者から所見しょけんを得るのだという。調査結果について聞けるのは、その後になるのだろう。


結菜ゆいなさん、担当医の先生はどこにいらっしゃるか、ご存知ですか?」

「先生なら今は診察室しんさつしつにいると思います……両親に話があるからと」

「なるほど、親御おやごさんもいるわけですか。まあ好都合こうつごうでしょう」


 藤堂さんは九重さんの両親にも用があるという。

 確かに、ひまりちゃんの身に関わる大事な話であるからには、ご両親にもきちんと事情を説明しなければなるまい。子供達だけで始末しまつをつけるわけにはいかないだろう。気がかかりなのは「呪い」というオカルト話をいかに説明したものかというところだが、その点、藤堂さんは専門職のかたである。この手の事情には慣れているはずだ。


「それなら、私も行きます」

「そうですね……お願いします。私だけがお邪魔しても困惑させるだけでしょうから──」


 すると九重さんが同行を申し出た。

 彼女もまじえて、改めて両親と話をつけるということらしい。

 そのまま成り行きを見ていると、二人はあれよあれよという間に話を進めていき「それでは佐和くん、あとはよろしくお願いします」とだけ言って、病室を去ってしまった。残されたのは大輔と、そして状況がつかめずにポカンとした顔を見せるひまりちゃんだけである。

 そうなると問題となってくるのは──


「えっと……ひまりちゃんは獣神じゅうしんサンダーライガーとかって知ってる?」

「ううん、わかんない」

「……だよねぇ」


 困ったことに。

 六歳の女の子との共通の話題なんてない。

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