サービスマン、紹介する

 土曜日の正午ごろ。

 市民病院の玄関ロビーにおいて待ち合わせをしていた。その病院は大輔が住む街において一番大きな病棟びょうとうを持ち、なんならカフェすら併設へいせつされる規模である。待ち合わせをしたところで誰も怪訝けげんに思うことはない。


「こんにちは佐和くん、お久しぶりですね」

「藤堂さん、こんにちは」


 ロビーチェアに腰掛けていると、エントランスに入ってきた人物から声をかけられる。大輔が立ち上がり「ご足労そくろうおかけしたみたいで」と言うと「大丈夫ですよ」と、とても柔らかい所作をもって応じられた。

 相手は名前を藤堂純香とうどうすみかという、大人の女性だった。

 綺麗に整えられた化粧に、春らしくカールした髪。微笑ほほえんだ表情からは心優しいお姉さんのような印象を受ける。服装はきっちりとしたスーツ服を着こなしており、それ相応に信頼感ある格好かっこうだと言えるのだが、彼女のそのふんわりとした雰囲気ふんいきとはミスマッチのように感じられた。


「藤堂さんの職場はオフィスカジュアルとは無縁むえんで?」

「いいえ。むしろ、お堅いイメージ払拭のためにも推奨すいしょうされているぐらい」

「そうなんですか……」


 それではどうしてそんな似合わない格好をしているのだろうと、疑問に思うが、それをそのまま口に出していいいものなのか迷う。するとそんな内心を察知されたのか「TPOをわきまえるのが社会人というものです」とさとされてしまった。彼女という女性はとても明敏めいびんで、思わず舌を巻いてしまう。


「つまり今日という日は、藤堂さんが真面目まじめな格好をする必要があるわけですか……」

「そんなに大袈裟おおげさなことじゃないですよ。ただまあ、私たちの業界といえば胡散臭うさんくささがつきまとうわけじゃないですか。これから人にお会いしようとするのに『怪しい者じゃない』と示すのは大事なことです」


 藤堂さんは「服のちゅうならざるは身の災いなり」と得意げに言うも、それがどのような意味のことわざなのか見当けんとうがつかない。小難こむずかしいインテリジョークを多用しては意味が通じないのは彼女のつねだった。なので適当に「その通りっす」と相槌あいづちを打つと、満足そうに鼻をふくらませていた。

 お姉さんが楽しそうでなによりである。


「それでは、報告にありました呪いを罹患りかんした子というのは、この病院に?」

「はい、入院しているみたいです」


 今日は九重さんの妹さん、ひまりちゃんとの面会を予定している。

 彼女は先日、街を散策した際に倒れ込み、救急車によって搬送はんそうされている。そのまま大事をとって短期入院をしているらしい。


「かわいそうに。若い身空みそらでそんな苦労を知らなくたっていいでしょう」

「まったくもって」


 藤堂さんの同情の言葉には同意するばかりだ。病理びょうりの元が自然の成り行きであれば、それもまた天命だと言えたかもしれない。だが、原因は呪いである。それは人の欲望による人災だ。許しがたいと思うのは仕方のないところだった。


「お待たせしましたっ」


 藤堂さんと世間話を続けていると、上階から階段を降りてくる人物がいる。

 九重さんだ。

 藤堂さんが来院したのを受けて「一階のロビーにいる」というメッセージを彼女に送ったのだ。きっと病室にいたのだろう彼女は、急いで降りてきたのか、軽く息を整えている。


「やあ、今日もよろしく」

「こちらこそ、よろしくお願いします──あの……佐和くん。この人が?」


 挨拶あいさつもそこそこに九重さんは、大輔の隣に立つ藤堂さんとへと気を向ける。呪いについて詳しい人物を連れてくると事前に伝えていたため、この人がそうなのかと問われているのだろう。

 大輔が紹介しようとすると、藤堂さんが前に出る。


「初めまして、私、藤堂純香といいます」


 自然な動作で名刺めいしが差し出された。

 それを受けた九重さんはワタワタとしている。

 高校生の身分で名刺交換なんて社交しゃこうは経験したことないのだろう。混乱した様子で「あ、えっと……九重結菜です。名刺は……切らしてまして」なんてことを口走っている。「九重さん、学生なのに名刺なんて持ってるの?」と、しなくてもいい言及げんきゅうをすると「あ、う」と困りきったような様子を見せた。


「こら、佐和くん。女の子に意地悪いじわるするんじゃありません」

「へえ、つい」


 藤堂さんからたしなめられ、時代劇の小僧こぞうのような返答をすると、小突こづかれてしまう。

 どうやら、ふざけすぎたようだ。

 九重さんからもうらみがましい視線を向けられるかと思ったが、彼女は大輔には構わず、受け取った名刺を凝視ぎょうししていた。なんだか、すごい顔をしている。何事かあったのかと疑問に思うも、たずねるより先に彼女の口が開く。


「な……ないかく?」


 野球用語かなと一瞬思った。高めのインコース。だが「内角ないかく」ではなく「内閣ないかく」であろう。どうやら藤堂さんから受け取った名刺に予想もしない単語が見つかり、受け入れるのに苦労している様子だ。藤堂さんはこう見えてエリート官僚かんりょうなのである。


「ああ、いえ。肩書かたがきこそ仰々ぎょうぎょうしいですけど、せきだけ置いているようなものですよ。業務実態は国内における『神秘財』関連全般を扱う特殊部署ですから、やってることはなんでも屋さんです」

「でもでも……すごいと思います。私、藤堂さんみたいに責任ある仕事ができる女性になりたいです」

「ふふ、ありがとうございます。そう言われるとなんだかれますねぇ。仕事を頑張がんばってきた甲斐があります」


 なにやら女子二人でなごやかに会話をしている。

 そうなると疎外感そがいかんを覚えるのが男児というものであり「俺も藤堂さんみたいになりたい」と会話に参加しようとすると「なら、まずはその軽口かるくちをどうにかしなさい」と言われ、「佐和くんの言葉ってどうしてこんなにも誠意せいいが感じられないのでしょう」と真面目な疑問をぶつけられた。そんなこと俺が知りたい。

 しばらくはそのように他愛無たあいない会話を続けていたが、ふとした切れ目で、藤堂さんが言う。


「さて、楽しいおしゃべりはここまでにして、そろそろ向かいましょう。頼られたからには仕事はします」


 仕事人としてのメリハリなのだろうか、藤堂さんの雰囲気が引き締められる。公私こうしの切り替えに慣れない高校生二人は、その一言により、ここがまだ病院の玄関ロビーであることを思いだした。


「とくに佐和くんは病気の娘を救いに来たのでしょう? 嵐の夜に最後の一葉いちようを絵描くぐらいの活躍かつやくは見せてほしいものです」


 きっと病床びょうしょうの少女という状況から発想したジョークなのだろう。パッと聞きには、意図が理解しにくい台詞せりふが藤堂さんから告げられる。事実、九重さんは彼女がなにを言い出したのか分からずに困惑したような顔をしていた。

 大輔は補足説明をする気持ちで言う。


「また分かりにくいインテリジョークを……古い小説だね。オーヘンリーとはまたしぶい──って……まあいいか」


 ふと言葉に詰まると、怪訝けげんな顔をした九重さんから尋ねられた。


「どうかしましたか?」

「いや、なんでもない」


 ──そのオチだと、俺の方が死んじゃうじゃないですか。

 そんな言葉が口をついて出そうになったのだが、殊更ことさらに主張することでもないなと思い直して、大輔は階段へと向かって歩き出した。

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