サービスマン、書類を仕上げる

 ということで、物事はまず書類手続きから始まる。

 翌日の放課後のことである。


「そこに当日の状況と九重さんの所見しょけんを書いて……要領ようりょうがつかめないなら、こっちに記入例があるから参考に──あ、ハンコは持ってきた? 認印みとめいんでいいけど」


 生徒会室には一組の男女がいた。大輔と九重さんである。机を間に挟み、対面する形で座席についているが、その視線が交わることはない。二人ともに、卓上に広げられた書類束をジッと見つめている。


「はー、相変わらずどうしてこう、お役所の書類というのは量が多いのか──あっ九重さん、それを書き終えたなら、次はこれをお願い」

「あっはい……あの、ところで私たちはいったい、何をしているんでしょうか?」

「あ、わかるわかる。ずっと文字ばっかり見てたら何の書類を書いてるのか分からなくなってくるよねぇ。HAHAHA!」

「いえ、そういうことではなくてですね──」


 ヤケッパチに笑っていると、本気で困っているのだといううったえを受け、顔を上げる。

 とがめるような顔がそこにあった。

 美人からのなじるような視線は、ともすればゾクゾクとした快感を生み出しそうではあるが、それはいったん棚に上げる。そして、状況を理解できていないらしい九重さんに、キチンとした説明をすることになった。というよりも、大輔がろくな説明もせずに書類を書かせ始めたから起きた混乱であるようなので、反省して、より丁寧ていねいな回答をしようと心がける。


「まず、この書類はいったいどこに提出するものなんですか?」

「うーん……国?」

「クニっ⁉︎」


 大輔の言葉に、頓狂とんきょうな声が返ってきた。


「えーと、ね……まあ。『マガダマ』みたいなトンデモ道具というのは、もちろんお国の管理するところであって、結構重大な国家機密だったりするらしい」

「き、機密って……」


 ひるんだような声音だった。べつに怖気おじけ付いたわけではないだろうが、いきなり国家規模の話なんてされても面食らうのは仕方ないだろう。

 昨日の喫茶店においては、あれもこれもと情報を伝えたら九重さんも混乱するだろうからと、重要な事柄のみを話させてもらった。だが、実はまだまだ、彼女には話しきれていない事情というのがある。せっかくなのでこの場においても幾つか説明しておく。


「マガダマにも正式な名称ってのがあって『国指定最重要有形くにしていさいじゅうようゆうけい神秘しんぴざい 第十二号』……だっけかや? 間違ってるかも。もちろんテストには出ないから覚えなくていいよ」


 そう伝えると「は、はあ」と手応えのない返事がある。少々突飛しょうしょうとっぴにすぎる話であったかと心配になるが、まぎれもない事実であるので、そのまま説明を続ける。


「昨日も話したけど、世界には『持ち主の願いを叶える器物』ってのがあって、日本では『神秘財しんぴざい』って通称があるらしい。んで、俺も色々あって個人で神秘財を所持することを許されてるんだけど……制限があってね。使おうと思ってもイチイチ申請して、イチイチ許可を受けないといけない。いま書いている書類はまさにその申請書だね。前回と前々回の使用における事後申請」


 前回というのは喫茶店でのデモンストレーションのことで、前々回というのは九重さんの妹を救護した件を指す。前者については程度が小さな使用であるからという理由で事後申請が通り、後者については特例措置という事由じゆうがつく。


「妹さんのときは緊急事態だったから、電話口での使用許可を得たのだけど、本来はあれだけ大きな力の行使は、そう簡単に許可はおろしてくれないね」


 制限はそれ以外にも多くあるが、とても口頭で説明しきる自信はない。

 とにかく、神秘財というのは大輔の自由勝手に使えるモノではなく「『金持ちになりたい』だの『ハーレムをつくりたい』なんてぞくな願いを叶えたら、次の日には俺は消されてると思う」とだけ伝えると、九重さんは「ひぇ」と穴の空いた風船みたいな吐息を漏らした。


「それはまあ、おかみおどされたもんだよ。国家間のバランスがどうとか、下手をすりゃ戦争だとかなんとか──」


 何でもマガダマのような神秘財は、一種の決戦兵器みたいな扱いも受けるらしく、諸国家はその所持数を競いあってはしのぎを削っているらしい。よって取扱いには配慮が必要であり「ちょっとしたことで国際問題だからな」と、それはもう耳がタコになるほどに言い含められていた。そんなことを九重さんへと愚痴ぐちっぽく語ってみたところで、彼女の様子に気づく。心ここに在らずといった様子だった。というよりも話の規模が大きすぎてついてこれないようだ。

 そんな彼女を見て、ふと思いつく。


「九重さん、手を出して」

「え、あはい」


 素直に両手を差し出してくる彼女のてのひらに、あるモノを置く。

 それはお守り袋から取り出した、むきだしのままのマガダマだった。


「そういうわけで、間違いなく国宝級だから丁重ていちょうに」


 にっこりと笑って言ってあげると、彼女は石になってしまった。両の掌をおわんにしたまま、ピシリと凍りついてしまいビクともしない。例えば人は、いきなり手に国宝を持たされたら、このような反応をするのかもしれない。

 うん、面白い。


「……佐和くん」

「なんでしょか?」

「コレ、取ってください。早く──!」

「まるで背中についた虫みたいな言いぐさを」


 苦笑しつつ、望み通りにマガダマを取りあげてやる。

 途端とたんに彼女は、身体ごと崩れ落ちた。

 そしてハアハアと息を整えると、こちらをキッとにらみつけて言う。


「なんてことをしてくれるんですかっ⁉︎」

「あっはは──いや面白かった」

「面白かったじゃないっ! あなたは庶民しょみんもてあそんで楽しいんですかっ⁉︎」

「その言い方は心外だな。俺だって庶民だが」

「だとしたら佐和くんは奇天烈きてれつですっ! ド天然ですっ‼︎」


 そのまま「なんで国宝を端切はぎれなんかに入れてるんだよぉ、おかしいよぉ」などとブツブツ言っている。これまでその容貌ようぼう行儀ぎょうぎの良さのせいか、彼女には上品なお嬢様像がイメージとしてあったが、実際はどうやら庶民派らしい。

 やがて落ち着いた九重さんから、こんなことを言われる。


「昨日今日で、佐和くんという人となりが分かってきました」

「それは嬉しいことを言ってくれる」

「おふざけが過ぎます」

「つい、楽しくて」


 わざとらしく照れたような仕草を見せたら、九重さんの眼光が鋭くなった。

 なので、ほどほどにしておく。


「九重さんは真面目まじめだよね」

「真剣に生きることは悪いことじゃないです」

「そりゃそうだ」


 心なしか気安くなった気がする会話を続けながら、書類作業をこなしていく。

 マガダマ使用のための許諾きょだく申請書。これからの活動方針についての報告書。最後に、国家に叛意はんいを持たず、公序良俗に反さないことを記した誓約書を書き上げる。

 そうして全ての書類を仕上げたころには、窓の外は夕暮れを過ぎて、宵闇よいやみへと差し掛かっていた。


「もうこんな時間か、遅くなったから適当なところまで送るよ」

「いえそんな、悪いです」

「これからの話もしておきたいからさ」

「それでしたら……すいません、よろしくお願いします」


 明日からは休日であり、学校で直に意思疎通いしそつうとはいかない。なので、続く予定はしっかりと確認しておきたい。

 互いに帰り支度したくをこなした後に廊下へと出る。

 生徒会室を施錠しながら話を続けた。


「妹さんと面会させて欲しいと思うんだけど、休日の間に都合つごうはつくかな?」

「大丈夫だと思います。そしたら明日にでも、妹のその……呪いを解いてもらえるのでしょうか?」

「それはまだ先になると思う」


 首を振って否定する。


「まずは呪いの詳細を把握はあくしておきたい。マガダマに願ったところで対処しきれるモノなのか。強引に解呪して、どこかしらに悪影響が出やしないか。そもそも、どこのどいつがあんな厄介なもんを振り撒いているのか、調べたい」

「そうですか。ごめんなさい、気がはやってしまって」

「ん、いや。仕方ないよ。こちらこそ、らしてるようで申し訳ない」


 必要なことだと理解してほしいと言うと、九重さんが「もちろん、わかっています」と頷く。その物分かりの良さに、内心での裏腹うらはらというものを邪推じゃすいしてしまった。


「──実は言うと、呪いだのなんだのは俺も詳しいわけじゃないんだ。だから、専門家に協力を頼んであるから合流を……ん、ちょっと待って」

  

 廊下の先から誰かがやってくる気配を感じて会話を止めた。

 べつに第三者に聞き耳を立てられたところで問題はないのだが、話している内容がオカルティックに過ぎるので正気は疑われるだろう。

 すると暗がりの先から、一人の人物が姿を見せる。


「何やってるんだ?」

「なんだ、会長じゃないですか」


 無愛想ぶあいそうな顔をしたその男は、田口生徒会長であった。


「校外活動が終わって、さあ帰ろうとしたら、生徒会室の明かりが見えてな……というかお前、なんで今日の生徒会サボったの? まさか町内清掃が嫌だから、とか言わんだろうな」

「俺がそういう奉仕活動には率先そっせんして参加するのは知ってるでしょう?」

「逆にそういう事にしか参加しないがな。本当に変な奴だよお前は──それじゃあ、今日はあれか『サービスマン』か」

「その通りです」


 堂々と答えると、呆れたようなため息を吐かれる。だが、それ以上になにか言われることはなかった。やがて田口会長は九重さんへと気を向けたようで「佐和のクラスメイトかな?」と話しかけている。

 しかしすぐに田口会長は、ポカンと口を広げた。

 まるでツチノコでも見つけたみたいな顔だ。


「──というかすごいな」

「何がでしょう?」 

「ここまで可愛かわいい女の子は初めて見た」


 思わず「おお」と感嘆してしまう。

 ここまで直球な口説くどき文句があったものだろうか。いやない。

 しかし田口会長に限っては、そんなナンパな真似まねをする人物ではないために、きっと純粋に口をついて出てしまった感想なのだろう。顔を見ると、今更いまさらに自分の発言に気付いたのか、真っ赤にしている。今にでも「いまの発言は無しだ」なんて言いかねない。彼の想い人にチクったろ、と思う。

 それなので、大輔としては、気になるのは九重さんの反応だった。

 これまではクラスメイトたちも「見りゃわかる」ために、殊更ことさらに本人へと伝えなかった事実が、いま面と向かって告げられたのだ。

 いったい、どういう反応を返すのだろうか?

 好奇心をもって彼女の方を見る。


「あ、よく言われます」


 あっけらかん。

 あまりにも暢気のんきな様子に拍子ひょうし抜けしてしまった。

 やがて田口会長は恥を忍ぶようにして「気をつけて帰れよ」と言い残して退散してしまう。

 残された大輔は、隣にたたずむ九重さんへと声をかけた。


「俺も──君のことは世界一可愛い女の子だと思ってるぜ」

「はあ……ありがとうございます」

 

 ためしに芝居しばいがかった台詞せりふを吐いてみたら、気味の悪そうな視線を向けられるのみだった。そこに照れやおごりなどの、感情の起伏は感じられない。どうやら本気で、どうとも思っていないようだった。突き抜けた美人というのは、図太くないとやっていけないものなのかもしれない。


「そうは言っても、妹の方が、私よりもずっと可愛いのですけれど……ということは、そっか。ひまりが世界で一番可愛いことになります──」


 九重さんは深く頷いて、こう言った。


「当然ですね」


 どうやらシスコンのようだ。

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