サービスマン、書類を仕上げる
ということで、物事はまず書類手続きから始まる。
翌日の放課後のことである。
「そこに当日の状況と九重さんの
生徒会室には一組の男女がいた。大輔と九重さんである。机を間に挟み、対面する形で座席についているが、その視線が交わることはない。二人ともに、卓上に広げられた書類束をジッと見つめている。
「はー、相変わらずどうしてこう、お役所の書類というのは量が多いのか──あっ九重さん、それを書き終えたなら、次はこれをお願い」
「あっはい……あの、ところで私たちはいったい、何をしているんでしょうか?」
「あ、わかるわかる。ずっと文字ばっかり見てたら何の書類を書いてるのか分からなくなってくるよねぇ。HAHAHA!」
「いえ、そういうことではなくてですね──」
ヤケッパチに笑っていると、本気で困っているのだという
美人からの
「まず、この書類はいったいどこに提出するものなんですか?」
「うーん……国?」
「クニっ⁉︎」
大輔の言葉に、
「えーと、ね……まあ。『マガダマ』みたいなトンデモ道具というのは、もちろんお国の管理するところであって、結構重大な国家機密だったりするらしい」
「き、機密って……」
昨日の喫茶店においては、あれもこれもと情報を伝えたら九重さんも混乱するだろうからと、重要な事柄のみを話させてもらった。だが、実はまだまだ、彼女には話しきれていない事情というのがある。せっかくなのでこの場においても幾つか説明しておく。
「マガダマにも正式な名称ってのがあって『
そう伝えると「は、はあ」と手応えのない返事がある。
「昨日も話したけど、世界には『持ち主の願いを叶える器物』ってのがあって、日本では『
前回というのは喫茶店でのデモンストレーションのことで、前々回というのは九重さんの妹を救護した件を指す。前者については程度が小さな使用であるからという理由で事後申請が通り、後者については特例措置という
「妹さんのときは緊急事態だったから、電話口での使用許可を得たのだけど、本来はあれだけ大きな力の行使は、そう簡単に許可はおろしてくれないね」
制限はそれ以外にも多くあるが、とても口頭で説明しきる自信はない。
とにかく、神秘財というのは大輔の自由勝手に使えるモノではなく「『金持ちになりたい』だの『ハーレムをつくりたい』なんて
「それはまあ、お
何でもマガダマのような神秘財は、一種の決戦兵器みたいな扱いも受けるらしく、諸国家はその所持数を競いあっては
そんな彼女を見て、ふと思いつく。
「九重さん、手を出して」
「え、あはい」
素直に両手を差し出してくる彼女の
それはお守り袋から取り出した、むきだしのままのマガダマだった。
「そういうわけで、間違いなく国宝級だから
にっこりと笑って言ってあげると、彼女は石になってしまった。両の掌をお
うん、面白い。
「……佐和くん」
「なんでしょか?」
「コレ、取ってください。早く──!」
「まるで背中についた虫みたいな言いぐさを」
苦笑しつつ、望み通りにマガダマを取りあげてやる。
そしてハアハアと息を整えると、こちらをキッと
「なんてことをしてくれるんですかっ⁉︎」
「あっはは──いや面白かった」
「面白かったじゃないっ! あなたは
「その言い方は心外だな。俺だって庶民だが」
「だとしたら佐和くんは
そのまま「なんで国宝を
やがて落ち着いた九重さんから、こんなことを言われる。
「昨日今日で、佐和くんという人となりが分かってきました」
「それは嬉しいことを言ってくれる」
「おふざけが過ぎます」
「つい、楽しくて」
わざとらしく照れたような仕草を見せたら、九重さんの眼光が鋭くなった。
なので、ほどほどにしておく。
「九重さんは
「真剣に生きることは悪いことじゃないです」
「そりゃそうだ」
心なしか気安くなった気がする会話を続けながら、書類作業をこなしていく。
マガダマ使用のための
そうして全ての書類を仕上げたころには、窓の外は夕暮れを過ぎて、
「もうこんな時間か、遅くなったから適当なところまで送るよ」
「いえそんな、悪いです」
「これからの話もしておきたいからさ」
「それでしたら……すいません、よろしくお願いします」
明日からは休日であり、学校で直に
互いに帰り
生徒会室を施錠しながら話を続けた。
「妹さんと面会させて欲しいと思うんだけど、休日の間に
「大丈夫だと思います。そしたら明日にでも、妹のその……呪いを解いてもらえるのでしょうか?」
「それはまだ先になると思う」
首を振って否定する。
「まずは呪いの詳細を
「そうですか。ごめんなさい、気がはやってしまって」
「ん、いや。仕方ないよ。こちらこそ、
必要なことだと理解してほしいと言うと、九重さんが「もちろん、わかっています」と頷く。その物分かりの良さに、内心での
「──実は言うと、呪いだのなんだのは俺も詳しいわけじゃないんだ。だから、専門家に協力を頼んであるから合流を……ん、ちょっと待って」
廊下の先から誰かがやってくる気配を感じて会話を止めた。
べつに第三者に聞き耳を立てられたところで問題はないのだが、話している内容がオカルティックに過ぎるので正気は疑われるだろう。
すると暗がりの先から、一人の人物が姿を見せる。
「何やってるんだ?」
「なんだ、会長じゃないですか」
「校外活動が終わって、さあ帰ろうとしたら、生徒会室の明かりが見えてな……というかお前、なんで今日の生徒会サボったの? まさか町内清掃が嫌だから、とか言わんだろうな」
「俺がそういう奉仕活動には
「逆にそういう事にしか参加しないがな。本当に変な奴だよお前は──それじゃあ、今日はあれか『サービスマン』か」
「その通りです」
堂々と答えると、呆れたようなため息を吐かれる。だが、それ以上になにか言われることはなかった。やがて田口会長は九重さんへと気を向けたようで「佐和のクラスメイトかな?」と話しかけている。
しかしすぐに田口会長は、ポカンと口を広げた。
まるでツチノコでも見つけたみたいな顔だ。
「──というか
「何がでしょう?」
「ここまで
思わず「おお」と感嘆してしまう。
ここまで直球な
しかし田口会長に限っては、そんなナンパな
それなので、大輔としては、気になるのは九重さんの反応だった。
これまではクラスメイトたちも「見りゃわかる」ために、
いったい、どういう反応を返すのだろうか?
好奇心をもって彼女の方を見る。
「あ、よく言われます」
あっけらかん。
あまりにも
やがて田口会長は恥を忍ぶようにして「気をつけて帰れよ」と言い残して退散してしまう。
残された大輔は、隣にたたずむ九重さんへと声をかけた。
「俺も──君のことは世界一可愛い女の子だと思ってるぜ」
「はあ……ありがとうございます」
「そうは言っても、妹の方が、私よりもずっと可愛いのですけれど……ということは、そっか。ひまりが世界で一番可愛いことになります──」
九重さんは深く頷いて、こう言った。
「当然ですね」
どうやらシスコンのようだ。
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