サービスマン、霊感商法じみたことを言い出す

「九重さんは『アラジンの魔法ランプ』って知ってる?」


 まずはそのように切り出して、対面に座る九重さんを見る。彼女は真面目まじめな顔をして「はい」と頷いていた。それなりに突飛とっぴな話の入り方だとは思うのだが、疑問を挟むことなくついてきてくれるようだ。


「あれ、実在するらしいんだよ」

「魔法のランプが……ですか?」

「うん。あと、それだけじゃない──」


 持ち主に莫大ばくだいな幸運を授けるというダイヤモンドも、三つの願いを叶える猿の手も、使用するものに永遠の命をさずける賢者の石も、フィクションではなく実際に存在すると説明する。それらはすべて人の欲望を現実にするための道具だった。


「『持ち主の願いを叶える器物』ってのが世の中にはあるんだ──そしてコレも、その中の一つ」

「これは、あのときの……」


 ふところから一つの物を取り出すと、九重さんは息をんだ。端切はぎれで作ったようなお守り袋。彼女の妹さんの命を繋いだ『奇跡』が起きたのは、まだ昨日のことだった。

 袋の中身を取り出して九重さんに見せる。


「綺麗……」


 取り出されたのは一つの玉石。翡翠色ひすいいろをした湾曲わんきょくする形状のソレを見て、九重さんがたずねる。


「『マガダマ』ですか?」

「形がそれだからね、俺もそう呼んでるけど……こいつの由来なんかは知らない」


 勾玉まがだまといえば、古代日本の装身具として有名であり、現代においてはあまり馴染みはない。とはいえこいつが、古代の頃より使用された本物であるかなんて分かりようもない。一つ分かることといえば、このマガダマに願掛がんかけをすれば願いが叶うこと。ただそれだけだった。


「本当にこれが──」


 しかし、九重さんの目は語っている。

 ──信じられない。

 懐疑的かいぎてきな視線がマガダマへと注がれていた。


「まあ、信じられないのも無理はない」

「いえっそんな、疑うようなつもりは──私はこの目でしっかりと見ましたっ」

「いやいや。こんなペテンじみたことを一も二もなく信じられても、そっちの方が心配になるよ。俺も結構トンチキなこと言ってるのは自覚してる」

 

 そこまで言ったところで、ちょいと悪戯心いたずらこころが湧いて出てしまい「このマガダマが今なら五十万円って言ったら買う?」なんて尋ねてみる。すると九重さんは一瞬だけ顔を強張こわばらせた後に「ふざけないでください」ととがめてくる。どうやら冗談を真面目に受け取りそうになったのだろう。


「ごめんごめん。でも、もっと気楽に聞いてくれればいいよ」

「そういうわけには行きませんよ、もう」


 弁明するも、九重さんの機嫌きげんは直らなかった。

 苦笑しながら、大輔は言う。


「疑念を払拭ふっしょくしてもらうためにも一回、実演してみようと思う」


 九重さんはマガダマが願いを叶えるところを目撃したとは言うが、ほんの一度だけだ。まだ自らの見間違いを疑うことの方が容易よういであろう。だから結局、繰り返し見てもらうことが一番なのだ。常識では起こるとは考えられないような出来事が、目の前で何度も引き起こされたとなれば、それはもう信用せざるを得ない。

 叶えたい願いを言ってくれと聞くと、九重さんは考え込む素振そぶりを見せる。


「それは、どんな願いでも叶えられるんですよね?」

「ああ。でも、願いを叶えるには『対価たいか』がいるんだ。当然『奇跡』なんてものほど対価が大きくなるから、ささやかなお願いにしてくれるとありがたい」

「それじゃあ……このミルク紅茶をカフェオレに変えてしまう……なんてことはできますか?」


 九重さんが示したのは彼女が手に持つティーカップだった。その中にある灰乳色をした飲み物は、すでに飲み終わりにさしかかっている。だが、テーブルの上にはまだティーポットがあった。残りがまだあるのだろう。これを別の飲み物に変えてしまおうというのだ。それはちょっとした錬金術れんきんじゅつである。デモンストレーションとしては申し分ない提案であった。


「なるほど、それはいい。では早速さっそく──えっとカフェオレだっけ?」


 なんなら学生には手が出せないような高級飲料でも大丈夫だと提案するも、首を振って断られた。無欲な美少女もいたものである。

 そして大輔は一度間いちどまをとってから、マガダマを手にとり念じる。


 ──紅茶をカフェオレにかえてくれ


 マガダマがほんのりと発光する。昨日のようにまばゆい光とまではいかないものの、卓上にある物の影が濃ゆくなった。やがて発光が止むと、そこにはなんの変化も感じられない店内がある。


「これで変わった……んでしょうか……でも、香りは今までどおりな気が──」


 九重さんがいぶかしみながらティーカップを手に取ろうとすると『パキンっ』と甲高い音が聞こえた。かと思えばカップがボロボロと崩れた。驚いて目を丸くしていると、もう一度、今度は『バキリ』とにぶい音を出して卓上のティーポットが真っ二つになってしまう。

 テーブルの上はミルク紅茶で水浸みずびたしになり、ボロボロになったティーセットが残される。

 すると「お客様、大丈夫ですかっ」と店員が駆けつけてくる。ティーセットを破損させたとして弁償べんしょうを求められるかと身構えてしまうが、なんと平謝りされた。どうやらティーセットに不備があったととらえられたらしい。

 そうして素早い片付けが行われた後、平穏へいおんが戻った店内において、大輔は一言つぶやく。


「──なるほど。こうなったわけだ」


 テーブルの上には新たな茶器が用意されている。銀色をしたサーバーの中身はカフェオレであった。ダメになったミルク紅茶の代わりとして提供された、店からのご厚意である。

 このようにして、大輔の願った『紅茶をカフェオレに──』という願いは叶えられた。


「ちょっと、びっくりしています」

「なんか紆余曲折うよきょくせつあったけど、願いどおりだな」

「私はもっとこう『ちちんぷい』と魔法のような出来事が起こるのを想像していました」

「……ちちんぷい、て──まあ、こういうこともある。注ぎ込む力が大きければ大きいほどに魔法じみた奇跡が起きるわけで……今回は『対価』をケチったからさ」


 二人して呆然ぼうぜんと会話を続ける。

 しばらくは実感をつかめていない様子の九重さんであったが、やがて「よくよく考えたら、これはすごいことですよね」と、ふつふつと興奮しだした。どうやら後になって状況を把握はあくできてきたらしい。


「どうしてこんな凄いものを佐和くんが持っているんですか?」

「子供のころに拾った」

「どこにあったんですか?」

「河原で水切りして遊んでたら、綺麗な石があるなー……って」

「水切りってなんです?」

「あれ、知らない? 水面に石を投げてぴょんぴょん跳ねさせるやつ」

「やっとことありません」


 興奮気味の九重さんは、ただ頭に湧いた疑問をぶつけてきているようだった。しばらくはそのように一問一答を続けていたが、ふと、九重さんは重大なことに気づいたように、声の調子を元に戻した。


「どうして、このことが妹の『呪い』と関係があるのでしょう?」

「うん、気になるよね」


 九重さんにとって最も重大なことというのは、妹さんの容体ようだいについてなのだろう。たとえ非現実的なファンタジーに直面した興奮があろうとも、常に頭から離れない事柄に違いない。

 だから大輔は、真摯しんしな気持ちをもって彼女に告げた。

 彼女にとっては、とてもじゃないが気分の良い話ではないだろうから。


「君の妹さんは呪われている」

「はい」

「けどそれは、分かりやすく言ってるだけで、正確には、他の誰かによって『【死】を願われている』。やり方は今まで説明したとおり、願いを現実にする方法が世の中にはある」

「──っ」

「生まれつき病弱だって聞いたけど、根本的な原因はそこにあるんだと思う」


 九重さんが手で口を抑えた。

 そのまま震える体をしずめるようにして、身をかがめる。

 しばらくはジッと体を抑えていたが、やがて口を開いた。


「ひまりは……妹は、まだ六歳なんです」

「うん」

「とてもいい子なんです。つらいのは……苦しいのは自分のはずなのに……それでも私たちを不安にさせないように、健気けなげに笑ってみせて」

「そうなんだ」

我儘わがままだって言わない、迷惑だってかけてくれない、まだあんなに小さい子供なのに。そんな他人に不幸を望まれるようなことなんて……とてもじゃないけど考えられないっ」

無垢むくだからこそ、危害を加えようとするやからもそれなりにいる」

「──っ! いったい誰がそんなっ‼︎」


 えるような声が響く。

 彼女のその綺麗な顔は、くしゃくしゃにゆがんでいた。

 くやしそうに、泣きそうな顔をしていた。


「……ごめんなさい」


 声を荒げたことに謝罪を述べて、九重さんは黙り込んでしまう。大輔も黙って、彼女の気が落ちつくのを待っていたが、やがて一つの提案を申しでた。


「俺に君たち姉妹を助けさせてくれないか?」

「……」

「俺も便利な道具を持っているからさ、君たちのお役にたてると思う」

「佐和くん……」


 マガダマを示して言ってみせると、九重さんはまるで一縷いちるの希望を見たかのように目を細めた。彼女にとって、この提案はまるで天の助けのように感じられたに違いなかった。


「妹さんの『呪い』はまだ消えてない。昨日の『願い』は、あの場の危機を救うだけで終わったみたいだ。俺も中途半端な真似はしたくない。だから最後まで俺に手助けをさせてほしい」

「ありがとうございます。どうか、こちらこそ──よろしくお願いします」


 九重さんは深くこうべを垂れた。

 長く長く下げられたその頭は、簡単に上がることはなかった。

 それをつとめて誠実な気持ちで受けながら、大輔はなんだか申し訳ない気がしていた。密談を始める際に「霊感商法みたいなことを言い出す」と茶化したものだが、中々どうして、それっぽい結末に落ち着いてしまったから。もちろん大輔には金品を要求する目的なぞないが、相手を精神的に追いつめてありがたがられる手法は、なんというかそれっぽい。


「佐和くんは『正義のヒーロー』ですね」

「うぇ……やめてくれ。俺も勧善懲悪かんぜんちょうあくは好きだが、自分がどうかと言われたら──」


 その上でまた英雄視えいゆうしまでされてしまうとなると罪悪感がつのる。密談を終えて、レジにて会計を済ませる際に告げられた言葉に、思わず反論をしてしまう。「俺なんか、そんなご大層たいそうなもんじゃない」


「じゃあどうして、私たちを助けようとしてくれるのですか?」

「うん? 色々とあるけれど……のっぴきならない個人的事情があるかなぁ。あとは単純に、人助けをすれば気持ちがいいじゃないか」

「人助け……そういえば今日、クラスメイトから佐和くんの話を聞いた気がします。困っている方に声をかけては無償むしょうで手助けしていると。とても素晴らしい行いじゃないですか。名前は確か──」

「ああ、何をどう聞いたのかは知らないけれど、別に博愛精神はくあいせいしん賜物たまものってわけじゃない。誤解されがちなんだが、俺という人間は打算ださんで動いてるよ。だから九重さんも、俺のことは気にせず、ただとても酔狂すいきょうな人間だと思ってくれれば──」


 実は佐和大輔という男は、世のため人のために動く気はあまりなかったりする。そりゃときには滅私奉公めっしほうこうかかげて活動することだってあるが、基本的には私欲私心しよくししんで動いていた。

 では何故、人助けなんて真似まねをするのか。

 それはただ、気に食わないだけなのだ。陰気臭いんきくさい話がとにかく好みじゃない。

 泣いている者がいるのならどうにか笑わせたいと思う。人のせいが演劇であるとするならば、悲劇よりも喜劇がいい。泣きそうな顔で観客の同情を誘う舞台よりも、思いきり阿呆あほうをしでかして大笑いされる滑稽噺こっけいばなし上出来じょうできだと思う。

 そんな行動原理をしているだけなのだ。

 だからこそ大輔は、湿っぽい空気を混ぜっ返すように、笑って言ってのける。まるでこれから始める演目は、底抜けに明るい喜劇なのだと知らしめる前口上まえこうじょうのように。


「そんな俺のことは、人呼んで『サービスマン』と発します」


 言いながら店外へと出ると、カランコロンと喫茶店のベルが鳴った。

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