サービスマン、霊感商法じみたことを言い出す
「九重さんは『アラジンの魔法ランプ』って知ってる?」
まずはそのように切り出して、対面に座る九重さんを見る。彼女は
「あれ、実在するらしいんだよ」
「魔法のランプが……ですか?」
「うん。あと、それだけじゃない──」
持ち主に
「『持ち主の願いを叶える器物』ってのが世の中にはあるんだ──そしてコレも、その中の一つ」
「これは、あのときの……」
袋の中身を取り出して九重さんに見せる。
「綺麗……」
取り出されたのは一つの玉石。
「『マガダマ』ですか?」
「形がそれだからね、俺もそう呼んでるけど……こいつの由来なんかは知らない」
「本当にこれが──」
しかし、九重さんの目は語っている。
──信じられない。
「まあ、信じられないのも無理はない」
「いえっそんな、疑うようなつもりは──私はこの目でしっかりと見ましたっ」
「いやいや。こんなペテンじみたことを一も二もなく信じられても、そっちの方が心配になるよ。俺も結構トンチキなこと言ってるのは自覚してる」
そこまで言ったところで、ちょいと
「ごめんごめん。でも、もっと気楽に聞いてくれればいいよ」
「そういうわけには行きませんよ、もう」
弁明するも、九重さんの
苦笑しながら、大輔は言う。
「疑念を
九重さんはマガダマが願いを叶えるところを目撃したとは言うが、ほんの一度だけだ。まだ自らの見間違いを疑うことの方が
叶えたい願いを言ってくれと聞くと、九重さんは考え込む
「それは、どんな願いでも叶えられるんですよね?」
「ああ。でも、願いを叶えるには『
「それじゃあ……このミルク紅茶をカフェオレに変えてしまう……なんてことはできますか?」
九重さんが示したのは彼女が手に持つティーカップだった。その中にある灰乳色をした飲み物は、すでに飲み終わりにさしかかっている。だが、テーブルの上にはまだティーポットがあった。残りがまだあるのだろう。これを別の飲み物に変えてしまおうというのだ。それはちょっとした
「なるほど、それはいい。では
なんなら学生には手が出せないような高級飲料でも大丈夫だと提案するも、首を振って断られた。無欲な美少女もいたものである。
そして大輔は
──紅茶をカフェオレにかえてくれ
マガダマがほんのりと発光する。昨日のように
「これで変わった……んでしょうか……でも、香りは今までどおりな気が──」
九重さんが
テーブルの上はミルク紅茶で
すると「お客様、大丈夫ですかっ」と店員が駆けつけてくる。ティーセットを破損させたとして
そうして素早い片付けが行われた後、
「──なるほど。こうなったわけだ」
テーブルの上には新たな茶器が用意されている。銀色をしたサーバーの中身はカフェオレであった。ダメになったミルク紅茶の代わりとして提供された、店からのご厚意である。
このようにして、大輔の願った『紅茶をカフェオレに──』という願いは叶えられた。
「ちょっと、びっくりしています」
「なんか
「私はもっとこう『ちちんぷい』と魔法のような出来事が起こるのを想像していました」
「……ちちんぷい、て──まあ、こういうこともある。注ぎ込む力が大きければ大きいほどに魔法じみた奇跡が起きるわけで……今回は『対価』をケチったからさ」
二人して
しばらくは実感をつかめていない様子の九重さんであったが、やがて「よくよく考えたら、これは
「どうしてこんな凄いものを佐和くんが持っているんですか?」
「子供のころに拾った」
「どこにあったんですか?」
「河原で水切りして遊んでたら、綺麗な石があるなー……って」
「水切りってなんです?」
「あれ、知らない? 水面に石を投げてぴょんぴょん跳ねさせるやつ」
「やっとことありません」
興奮気味の九重さんは、ただ頭に湧いた疑問をぶつけてきているようだった。しばらくはそのように一問一答を続けていたが、ふと、九重さんは重大なことに気づいたように、声の調子を元に戻した。
「どうして、このことが妹の『呪い』と関係があるのでしょう?」
「うん、気になるよね」
九重さんにとって最も重大なことというのは、妹さんの
だから大輔は、
彼女にとっては、とてもじゃないが気分の良い話ではないだろうから。
「君の妹さんは呪われている」
「はい」
「けどそれは、分かりやすく言ってるだけで、正確には、他の誰かによって『【死】を願われている』。やり方は今まで説明したとおり、願いを現実にする方法が世の中にはある」
「──っ」
「生まれつき病弱だって聞いたけど、根本的な原因はそこにあるんだと思う」
九重さんが手で口を抑えた。
そのまま震える体を
しばらくはジッと体を抑えていたが、やがて口を開いた。
「ひまりは……妹は、まだ六歳なんです」
「うん」
「とてもいい子なんです。
「そうなんだ」
「
「
「──っ! いったい誰がそんなっ‼︎」
彼女のその綺麗な顔は、くしゃくしゃに
「……ごめんなさい」
声を荒げたことに謝罪を述べて、九重さんは黙り込んでしまう。大輔も黙って、彼女の気が落ちつくのを待っていたが、やがて一つの提案を申しでた。
「俺に君たち姉妹を助けさせてくれないか?」
「……」
「俺も便利な道具を持っているからさ、君たちのお役にたてると思う」
「佐和くん……」
マガダマを示して言ってみせると、九重さんはまるで
「妹さんの『呪い』はまだ消えてない。昨日の『願い』は、あの場の危機を救うだけで終わったみたいだ。俺も中途半端な真似はしたくない。だから最後まで俺に手助けをさせてほしい」
「ありがとうございます。どうか、こちらこそ──よろしくお願いします」
九重さんは深く
長く長く下げられたその頭は、簡単に上がることはなかった。
それを
「佐和くんは『正義のヒーロー』ですね」
「うぇ……やめてくれ。俺も
その上でまた
「じゃあどうして、私たちを助けようとしてくれるのですか?」
「うん? 色々とあるけれど……のっぴきならない個人的事情があるかなぁ。あとは単純に、人助けをすれば気持ちがいいじゃないか」
「人助け……そういえば今日、クラスメイトから佐和くんの話を聞いた気がします。困っている方に声をかけては
「ああ、何をどう聞いたのかは知らないけれど、別に
実は佐和大輔という男は、世のため人のために動く気はあまりなかったりする。そりゃときには
では何故、人助けなんて
それはただ、気に食わないだけなのだ。
泣いている者がいるのならどうにか笑わせたいと思う。人の
そんな行動原理をしているだけなのだ。
だからこそ大輔は、湿っぽい空気を混ぜっ返すように、笑って言ってのける。まるでこれから始める演目は、底抜けに明るい喜劇なのだと知らしめる
「そんな俺のことは、人呼んで『サービスマン』と発します」
言いながら店外へと出ると、カランコロンと喫茶店のベルが鳴った。
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