サービスマン、待ち合わせる

 喫茶『マンハッタン』は大輔が通う高校から徒歩圏内とほけんないにある喫茶店であり、その店構えは異様だ。

 というのも外壁につたがこれでもかと生い茂っており、一見するとそこが店舗であるのか判断がつかない。よくよく見るとようやくつる隙間すきまから店内のあかりが見えるといった具合だ。なんだか、いわくつきの物件のようにも感じられる外観であるが、それでも学生たちには放課後のいこいの場として利用されるというから不思議なものだ。


「ごめん、お待たせ」


 大輔は店に入ると、そう声をかける。

 店内は昔ながらの純喫茶のようなレトロ感が強く、高校生が気軽にたむろできるような雰囲気はあまりない。そんな店内のすみの方に、待ち合わせ相手がいた。


「いえ、大丈夫です」


 九重さんが柔らかく笑んで言う。


「むしろお忙しいところにお時間いただいて──えと、うん……ありがとう、ね?」

「どういたしまして」


 またもや慇懃いんぎん姿勢しせいを取ろうとする九重さんに苦笑していたら、視線に気づいたのか取ってつけたような気安い言葉がある。まあ、これから慣れてくれるだろう。それよりもイチイチ見せつけられる可愛らしい仕草しぐさに、こちらの方が慣れないことが問題だ。美少女というのも、これまた厄介やっかいである。

 大輔は照れてしまったのを誤魔化すように、彼女の手元へと注目する。


「何飲んでるの?」

「えっと、ミルク紅茶です。美味しいですよ」


 喫茶店を待ち合わせ場所として提案したさい、「ケーキでも食べながら待っててくれ」と申しつけていたわけだが、物の見事に遠慮えんりょされてしまったようである。もっと高価なモノを注文してくれて良かったのに。

 彼女の対面に座ると、品書きを見てから自らも注文する。「クリームソーダをください」


素敵すてきなお店ですよね。佐和くんの行きつけなんですか?」

「ん、ああいや。ウチの高校の生徒もよく使ってる店だよ。みんなもっぱら秘密の相談なんかあるときに使ってる。恋の悩みとかさ」

「喫茶店を、ですか?」

「そんなにびっくりするようなことかね?」

「え、いや……前に住んでた街では同級生はみんな……そうですね、言われてみれば。ハンバーガーやドーナツ屋さんに行ってる人もいましたね。私はあまり、放課後の寄り道には参加しない人間だったので」


 九重さんは「なんだか新鮮です」と言って手に持ったカップに口をつける。「あ、やっぱり美味しい」と息をつく様子は、どことなく嬉しそうな気配を感じた。


「それはやっぱり妹さんのこともあって?」

「そう……ですね。改めて考えると、そんな理由もあったと思います。あっでも! 嫌だったとか後悔してるとか、そんなことはないですよっ。ただ、ひまりも一緒にこの店に来れたら素敵だろうなって──」

「なるほど」


 失言したとでも思ったのか、慌てた様子を見せる九重さんに、心配しなくともそんなことを邪推じゃすいしたりしないと伝える。彼女が妹おもいの姉であることは出会った当初から理解している。

 そこまで会話が続いたところで、大輔の注文したクリームソーダが提供されてきた。大きめに一口ひとくちふくんでみると冷たい甘味が口の中にひろがる。しばらくソーダ水のシュワシュワとした刺激を楽しんでいると、ふと、九重さんとの世間話が一区切りついたことを悟った。

 これからは本題に入ることになる。


「それじゃあ、妹さんの『呪い』について説明しようと思うのだけれど──その前に一つだけ」

「はい」


 神妙しんみょうな顔をして言葉を待つ九重さんへと、非常に大事なことだと念押ししてげる。


「これから霊感商法れいかんしょうほうみたいなこと言い出すんだけど……通報しないでね?」


 信じるか信じないかは相手の自由ではあろうが、おのれの保身ほしんは大事である。

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