サービスマン、生徒会に顔を出す

 始業式が終わり、その日のカリキュラムも全て終了した放課後。

 校庭からは野球部のかけ声と甲高い打球音が聞こえ、音楽室からは吹奏楽部の楽器の震えが響いてくる。それだけではなく、とあるクラスからはかしましい女生徒たちの笑い声。誰かが悪さでもしたのか、叱るような教師の怒号。学校らしい生活音がそこかしこから鳴っている。

 まさに青春の一ページだ。

 夕暮れの校舎内に響くそれらはまるで、映画の一幕ひとまくのような青春の交響曲シンフォニーである。


「うっせえな」


 とはいえシミジミとした情緒を理解しない者からすれば率直に騒音であり、露骨な本心を表すと身もふたもなかった。始業日早々しぎょうびそうそうから青春にいそしむ彼らの熱意には敬意を表すが、毎日聞いていると辟易へきえきもする。

 ──たまにはサンバカーニバルとかやってくれないだろうか。

 そんな手前勝手な妄想をして、うすら笑いを浮かべていると目的地へと到着する。「生徒会」と書かれた扉の前に立つと、今度は部屋の中から鼻歌のような調子が聞こえてきた。


「空を自由に飛びたいな──」

「はい、違法薬物〜♪」

「それ空をトンじゃってるからアウト」


 入室がてらに合いの手を入れたら、当の歌い手からそんな非難の言葉を受けてしまう。せっかく気を利かせたというのに。


「お疲れ様です会長。目安箱の中身、さらってきましたよ」

「ああ、ありがとう」


 大輔が声をかけると部屋の主たる男が応えた。

 男の名は田口弥之助という。大輔が通う高校の生徒会長である。

 なにか不服なことでもあるのかと問いたくなるような不景気な面をしているが、どうやらこれが生来の顔つきであるらしい。そうなると誤解されることは多く、下級生からは何かと恐れられる。きっと今年の式典挨拶の際にも、新入生たちからおののかれることになるのだろう。彼にしてみれば大勢を前に緊張しているだけだというのに不憫ふびんなことだ。

 彼は部屋の中で一人、黙々と作業をしていたようだった。


「何をしてるんです?」

「説明したら手伝ってくれるか?」

「もちろん手伝いますよ、俺を誰だと思ってるんですか」

「ああそうだった。君は我が校きっての有名人だった。泣く子も黙るサービスマンとはお前のことだ。今日はいったい何をしでかしたんだ? 転校生の女子につばをつけてたってうわさになってたぞ」

「マジすか。会長の耳にも入ってるって──昨日の今日どころか今朝のことすよ」

「なんだ、本当の話だったのか。通報しておけば良かった」

「そんな人を変態みたいに……サービスッ‼︎」

「うわっバカやめろっ!」


 たわむれに田口会長にちょっかいをかけつつ、彼の手元を覗き込んでみると、パソコンに何かしらのデータ入力をしているらしい。画面に映る数字の羅列られつを前に、これは手伝わない方がよいと理解する。


「──みょうに歯切れの悪い対応をするなと思ったら、そりゃ会計の仕事ですね。彼女がきたら言っときますよ『会長が仕事を手伝ってくれてた』って」

「いや別に俺は──」


 しどろもどろに狼狽ろうばいする田口会長を前に、わかりやすいと納得する。彼が同じく生徒会に属する女子に懸想けそうしていることは周知の事実である。大輔としては応援こそすれ、邪魔をするいわれはないので余計なことはしない。馬にられてしまうから。


「さてそれじゃあ、俺は俺の仕事をします」


 そう言って適当に着席すると、伸びをして体の緊張ほぐす。

 そして、それまで手に持っていた幾つかの紙片を開いた。


「『学食の自販機にブラックコーヒーを入れて欲しい』だそうです」

「ふむ、事務員さんに希望として伝えておこう、詳しい銘柄めいがらとか書いてあるか?」

「えっとですねえ──」


 大輔が読み上げている紙片は『投書』であった。校内に設置される目安箱に投函とうかんされた、生徒たちからの要望である。

 生徒会というと、その仕事内容は教職員たちからの下請け業務になりがちではあるが、本来は生徒自身の手による自治組織なのである。つまり生徒の問題というのは生徒会が率先して解決しなければならない。

 そうなると、生徒たちが直面している問題とはいったい何か? 

 より良い学校生活をおくるには何が必要となるのか?

 そう言った声を広く集めることが重要となる。

 そのために設置されるのが目安箱であり、その存在は広く一般的な代物しろものであろう。だが、我が校の目安箱においてはその内容が少々変わっている。


「それじゃ続いて『愛犬が迷子になりました。もう一週間も戻ってきません。一緒に探してください』」

「それは気の毒だが……生徒会が対応する案件とは言い難いな」

「それじゃあこいつは『サービスマン案件』ってことで」


 大輔はそう言って読み上げた紙片を一つのカゴの中へと放り込む。そのカゴには「サービスマン案件」と大きい文字で貼り出しがあった。


「次は『近所の公園にヤンキーたちがたむろしていてとても怖いです、どうか追い払ってください』」

「警察に言ってくれ」

「んじゃこれもサービスマンと……」


 そうして再び紙片をカゴへと放り投げる。

 すると、なんとも渋い顔をした田口会長が口を開く。


「どうしてこう……ウチの高校は目安箱の中身が『お悩み解決』の依頼なんだ?」

「イタズラ目的の怪文書がくるよりはマシでしょう──『急募っ! 合コンメンバーが一人足りません』ですって。会長、いってみてはどうです?」

「いかん。サービスマン案件だ」

「はいはい」


 考える素振りすら見せずに否定する田口会長に「真面目まじめだなぁ」なんて感想を抱きながら、いで紙片を読み上げていく。そうして、それなりに量のあった『投書』たちは、生徒会が取り組むべき案件とサービスマン案件の二つに分けられた。

 これが我が校における日常であった。

 大輔は生徒会役員の末席に名を連ねているが、その地位を利用して、こうして生徒たちの『投書』を取り集めていた。その中には、必ずしも生徒会が対応すべきではない問題だってある。それを大輔は、かたっぱしから解決せしめていったのだ。個人的な『サービスマン』の活動として。そして今では、生徒会の目安箱はサービスマンへの依頼箱と兼用されている。


「しかし──佐和。無理はしていないか?」

「なんでです?」


 田口会長が無骨な顔をさらに厳つくしながら尋ねてくる。


「お前が生徒たちの『投書』を解決してまわってることは……今更どうこう言うつもりはない。だがさっきも言ったが、なかには警察に頼るべき件だってあった」

「ああ、ありましたね『公園にヤンキーが──』でしたっけ。ちょっと考えて動かないといけませんね」


 確かに暴力沙汰になる可能性は十分にある話だ。よって「何かしら対策をとるつもりだから大丈夫です」と言うと「そういうことを言っているんじゃない」と返される。


「どう考えたところで、いち高校生には手に余る話だろうが──そもそもだ、お前がお節介する義理なんてない。俺が言いたいのは、お前はどういうつもりで、わざわざ危険なことに首を突っ込むのかってことだ」

「それが性分なもんで」

「嘘つけ。お前がそんな殊勝しゅしょうな奴じゃないのは知ってるよ。だから不思議なんだ、お前はどういった理由で『人助け』なんてやってる?」

「人を助けるのに理由がいります?」

「茶化すなよ、これでも心配しているんだ」


 神妙な顔をしてジッと見つめてくる会長に、これはふざけてばかりではいられないと観念した。だから極めて真摯しんしな気持ちをもって白状する。


「俺ってば、人を助け続けてないと死んじゃうもんで」

「マグロか、お前は。もういいわ、馬鹿もん」


 マグロという魚は窒息死しないために生涯しょうがい泳ぎ続ける生き物だという。

 まあ確かに、似たようなもんだと妙に納得した。

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