サービスマン、密談する

 ホームルームが終わり、これから始業式が行われるというだんにおいて、くだんの転校生が大輔の元へとやってきた。


「あの──もしかして佐和……大輔さんでしょうか?」

「あっそうそう。いやびっくりしたよ。こんな偶然あるんだね」

「私もびっくりしました」


 ちょうど教室を出るところで話しかけられたものだから、自然と廊下を歩きながら会話する形になる。二人横並びで体育館を目指すが、しばらくはどちらとも、何と話を切り出したものか分からずに沈黙が続いた。

 すると踏ん切りをつけるようにして転校生が立ち止まる。


「改めて昨日のこと、本当にありがとうございました」


 所作丁寧しょさていねいにお礼の言葉を述べられて、折目正しく頭を下げられる。昨日のことというのは、もしかしなくても大輔が彼女の妹を救護したことを指すのだろう。


「おかげで妹も大事にならず済みました。両親もなんてお礼をすればいいのかって──」

「俺のことは気にしないでいいよ、ご両親にもお気遣いなくとお伝えください」

 

 大したことはしていないと、そう答えた。実際には、それなりのことをしたと言えなくもないだろうが、言葉のあやというものだ。

 それに大輔としては気が気でないことが一つある。

 彼女の態度はおよそ同級生に対するものとは言いがたいのだ。必死に平身低頭へいしんていとうする姿は、明らかに立場が上の者に対する姿勢だった。彼女の立場から言えばそれも仕方ないというのは理解できるが、いかんせん違和感はある。相手はこれから一年間をともに過ごすクラスメイトだ。恩に着せすぎるというのも、それはそれで問題があった。

 なので無遠慮ぶえんりょかもしれなかったが「気軽に接してくれないか」とお願いしてみた。


「けど──」

丁寧ていねいなのはありがたいんだけれど、それはそれで──ちょっと周りの目が気になる」


 そう言うと、周囲のクラスメイトたちがギクリと肩を揺らしたように見えた。彼らは寡黙かもくに道をゆく者ばかりだったが、間違いなく聞き耳をたてている。大輔たちの会話をゴシップとして流布るふさせる気なのだろう。『サービスマンは美少女転校生をかしずかせて喜んでいる』なんて噂が流れたら最悪だ。


「それによそよそしいのは悲しいな。せっかく同じクラスなんだし、仲良くしたいんだ」

「仲良く、ですか?」

「無理にとは言わないけど」


 そこで意識してほがらかに笑む。

 円滑えんかつな人間関係の構築には笑顔というのは重要な要素ファクターであるし、少しばかり格好をつけたつもりだった。ええ格好カッコしいとは自覚しているが、大輔とて男である。

 しかし、上手くはいかなかったようだ。

 転校生は大輔の顔を見るなりに、吹き出すのを抑えるかのように口に手を当てた。

 そのまま地面を眺めてふるふると小刻みに震えている。

 そんなに変な顔だったのだろうかと、ちょっとショックだ。

 やがて彼女はバツが悪そうに「笑っていませんよ」とでも言いたげに視線で訴えてくるが、その顔もまた可愛らしい。大輔はそんな彼女の様子にすっかりなごんでしまい「なんだかなぁ」とボヤいた。彼女も一緒に気が緩んだのか、クスクスと笑んでから言う。


「はい、ぜひ仲良くしましょう。それでしたら『佐和くん』と呼んでもいいですか?」

「オッケ、そしたら俺は『九重さん』と呼ぶことにするよ」

「お願いします」


 ここで少しばかり悪ふざけの気持ちがムクムクと湧いて出てしまい「なんなら『結菜ちゃん』って呼んでみようか?」と尋ねてみると「構いませんが……」とあからさまに困った顔をされてしまう。あまり図々ずうずうしいのは好みではないようだ。

 そのようにアレコレと会話を続けていく。内容は大したことない。出身はどこかなんて質問をしたぐらいで、あっという間に目的地へと到着してしまった。

 体育館へと上履きで踏み入りながら、九重さんへと声かける。


「それじゃあ、これからもよろしく」

「はい、こちらこそ、よろしくお願いします」

「何か困ったことがあったら、いつでも声かけてくれていいから──」


 そのまま軽く手を振ってから話を切り上げるつもりでいた。

 しかし九重さんから引き止められる。


「あっあの、一つだけ聞きたいことが──」

「うん? なんでしょか」


 彼女は戸惑う様子を見せつつも、最後には思い切るようにして聞いてきた。


「妹の『呪い』とはいったい何のことですか?」

「それを話すと長くなる」


 大輔はそう答えた。

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