第一話 サービスマン、美人姉妹を助ける

サービスマン、美少女について語る

 春の新学期。

 佐和大輔は高校二年生になる男子生徒であり、始業式である今日は少しばかり早めに登校する。理由はクラスわけを把握はあくすることにあった。大概たいがいの学徒であれば親しい友人の配属されたクラスを確認するぐらいはやるだろうが、この青年においてはその意味合いが少しばかり変わっていた。


「ふうむ、こんなもんか」


 学校の掲示板に貼り出されたクラス分けを見ながら思案する。

 想定されるそれぞれのクラスの中心人物は誰か。もしなんらかの根回しをしたいと考えた場合、頼るべきはどの名前なのか。そんなシミュレーションを頭の中で思考していた。貼り出された紙面に並ぶ生徒達の名前が脳内でグルグルまわる。そのようにして隅々まで網羅していると後方から声をかけられる。


「はっよーさん」

「おう、おはようさん」


 気さくに挨拶してくるのは、今年も一緒のクラスに配属された同級生だった。


「お、またおんなじクラスじゃん、よろしく。ところで何やってんの?」

「誰がどのクラスにいるのか把握しとこうと思ってさ」

「もしかして全員分みてる?」

「まあ、目立つやつぐらいは」


 大輔が返答すると友人は呆れたように口を開いた。


「なんでそんなことを──っちゅーのは今更な疑問か、だって佐和だし。お前の交友関係が学校中に及んでるっていうのは有名だわな。なんだい『友達百人できるかな』を目指してんの?」

「別にそういうわけじゃない。人助けしていると自然とな」

「ああそれそれ、例の『サービスマン』ね」


 そんな他愛ない会話しながら友人と移動する。

 そして配属されたクラスへと入室して黒板を見ると張り紙があった。今度は席順の指定である。とはいっても出席番号順に詰めてあるレイアウトだから、つまりはあいうえお順だった。苗字がサ行である大輔は右から三列めの中程の席となる。どうやら今年のクラスではア行とカ行の生徒が多いようである。


「あっサーさん。今年は同じクラスだね、よろしく頼むよ」

「サーくん、おはよ」

「おっサービスマンじゃん、ってことは何かと楽ができるわー」


 席についてから友人と会話を続けていると、続々とクラスメイトが教室へと入室してくる。

 そして大概のクラスメイトが大輔に気づくと友好的な態度を見せてくれた。中には大輔の顔を見るなりに露骨に顔をしかめる者もいたが、そういう相手にはこちらから挨拶をしに行った。そしてけんもほろろとばかりの態度を受けてシッシッと追い払われてから席に戻ると、友人が苦笑しながら言う。


「人気者だな。すげえな男女関係なしだもん」

「ありがたいことにな。といっても人気だからってわけじゃないぞ。こうして邪険にもされる」

「ありゃお前が嫌いってんじゃなくて、そういう性格なんだよ。好きにさせとけや……っつても関わりにいくから佐和なんだがな。お前、陰キャとか陽キャとかって人の区別を知ってるか?」

「そりゃわかる。わかるんだが、俺の目的としてはアンテナは広くたてておきたい。となれば他人の人見知りなんて気にしてられんわな」

「サービスマンは人の気持ちを理解しねえな」

 

 友人が呆れたように笑ったが、異論はないので肩をすくめるような態度をとるだけだ。

 

 この「サービスマン」というのは大輔のあだ名である。

 その由縁は彼の日々の行動にあった。

 大輔は自身の在り方として、ある一つの主義を掲げている。ライフワークだと言ってもいい。自身の軸として頭のテッペンから足のつま先までを繋ぎとめるその主義は、なにかと不安定な若年のアイデンティティとしては確固である。つまり、この青年はちょっとした変人の部類に入る。


 そしてその信念ともいえる主義というのは「人助け」であった。


 世のため人のため、困っている人間がいれば首を突っ込んでまわる。

 その活動範囲には見境がない。東に恋に悩む女子がいるのであればその背中をおしてやり、西に学業に苦しむ男子がいればその成績向上に努める。南に泣き叫ぶ子供がいればあやしに行き、北に苦しみにあえぐ老人がいれば引導を渡す。いや最後のだけはそんなことしないが、せいぜい痛み止めを渡すぐらいだろう。そんな雨にも風にも負けないような精神を発揮して八面六臂はちめんろっぴに動き回る姿は、一般的な高校生の日常とはかけ離れており、常軌じょうきいっしていた。

 普通であれば失敗する。

 目にうつる全てを救い上げるなんて真似まね、そんなのは神話で語られる救世主やフィクションでえがかれる主人公たちにしかできない所業だ。一介の高校生にとっては力不足は否めないはずであった。

 しかし大輔はおおむねを上手くやってのけた。

 手を差し伸べた全ての件において、ベストとは言えずとも、悪い結果にはおちいらせなかった。関わる者においては笑顔をかげらすようなことはしなかった。

 そうなると、誰かしらにも一目いちもく置かれてしまうのは自然の成り行きというものだ。

 さらには彼の生活の中心は悩み多き高校生たちが集う学校である。困りごとや相談事には事欠かず、大輔は「お節介でサービス精神旺盛な男」として有名になる。


 そうして誰が言ったのか「サービスマン」というわけだった。


「ところでさ」

「はいはい」

「学校で一番の美少女──って言われたら誰のことだと思う?」

「ぁん?」


 友人から突拍子のない質問を受けて怪訝な顔を向けてしまう。

 すると友人は弁明するかのように言葉を続けた。


「いやな、昨日さ漫画を読んでたんだよ。面白おかしいやつ──」


 すると、その作中において「誰もが振り向く学園一の美少女」という、いかにもなキャラクターが出てきたのだと、友人は言う。


「──んで、実際にそんな美少女ってのは現実にお目にしたことがない。だったら誰か近いのはいるかって思ってな。いるなら新学期を機に、お近づきになれたら嬉しいじゃないか」

「お前さ、その手の話題はめる原因って小学校で習わなかったのか?」


 友人の話を聞いて嘆息をつくと、つい幼年ようねんの頃の出来事を思い起こしてしまう。それはどんなクラスにでも一人はいるお調子者が、学級新聞にとある特集記事を載せたことで始まった一連のイザコザだった。

 当時の記憶がよみがえる。


『クラスの可愛い子ランキング』


 あれは揉めに揉めた。

 まずえある一位に選ばれた女子が急に泣き出したし、周辺の女子たちは言葉だけは彼女をなぐさめている風を見せながら、しかしにらみつけるような目をしていた。当のランキングを作成したお調子者は何がいけなかったのか見当もつかないようで阿呆面アホづらを晒していたが……それからが、なんというか散々さんざんだった。

 問題は放課後の学級会において長丁場ながちょうばの議題となる。

 誰もが騒動の核心はいったい何なのか理解できていないながらに、それでも誰かが悪いのだと議論を白熱させていた。誰よりも可愛いと言われ、傷ついた様子を見せる女子に向けられるしらけた視線。泣いた者がいる限りには泣かせた奴が悪いのだという正義の声。幼い子供達が紛糾ふんきゅうするからこそ生まれる無惨むざんな光景がそこにはあった。

 そして結局、デリカシーのない記事を掲載したお調子者が悪いという結論に落ち着いたが──当時、遊びたい年頃だった大輔は「どうでもいいからさっさと帰りたいです」と発言しては顰蹙ひんしゅくを買ったものだ。

 そして余談だが。いざ大人になると、他人の美醜びしゅうに順位をつけるなんてことは当然のように行われている。「今年の『なりたい顔ランキング』第一位は──」なんてセリフをニュースキャスターが嬉々として報じているから、世の中というのはヘンテコなものだ。


 そのようなしょうもない記憶を思い出しつつ、友人に尋ねてみる。


「そもそも男子っちゅうのは、高嶺たかねの花よりも、人好きのする素朴そぼくな子を求めるもんだと聞いたことがあるぞ。だったら一番の美少女なんて決めたところで意味ないんじゃないか。『友人の評価はイマイチでもシーソーキュー』」

「そりゃ理解できないことでもないがな。男なら、お姫様こそをかっさらいたいと思うもんじゃねえか?」


 それこそが浪漫ロマンだという友人の言い草に、どういうわけかに落ちる。

 男なら誰だって、天上てんじょうの女神様を、深窓しんそうの王女様を、あこがれのトップアイドルを、己のモノにする妄想をしなかったかと言ったら嘘になろう。

 男なんて、いつだって心が蛮族ばんぞくなのである。


「んで、誰かいないの? 佐和なら顔が広いから知ってるんじゃない?」

「そう言われてもなぁ」


 こういうのは迂闊うかつに口にすれば角が立つ。

 特定の誰かを指名する気概きがいは大輔にはなかった。

 そういうわけで、身近にいない、どこの誰であるかも特定できない人間こそを槍玉にあげることにした。


「ああそういえば昨日、すごい美人を見たぞ」

「おっマジか」

「ああいう女の子こそが『学園のマドンナ』って呼ばれるんだろうさ」

「表現がふりぃよ、最近の漫画だったら『S級美少女』とかって言ってるぞ」

「なんだそりゃ」


 ということは、言外にB級美少女やC級美少女なんて区分があると言っているようなモンだが、そこに触れると余計な争いを生み出しそうだからやめておいた。

 そして詳細を知りたがる友人に、昨日あった出来事をかいつまんで説明する。

 少し大袈裟おおげさ誇張こちょうしてしまうが、可憐かれんな女子に出会ったことは確かだった。


「──とは言っても、状況がそれどころじゃなかったんだがなぁ」

「なるほどね。行き倒れを救護したら、そのお姉さんが可愛かったと……前から思ってたんだけど、佐和のその主人公体質って何なん? 世界はお前を中心に回っているの?」

「何だ、やぶからぼうに」

「俺だって美少女に恩を売って感謝されてみたいんだが?」

「バカたれ、人命救助だよ。ねたまれる筋合いはないぞ」


 友人がウザ絡みをしてくるが、じゃれあい程度のモノなので流しておく。

 すると友人は冗談の延長なのか、大仰おおぎょうに頭を抱え込んで嘆くようにして言う。


「こうなったら美少女が転校してきて何とかお近づきになれないものか!」

「ああ確かに、転校生。来るみたいだな、このクラス」

「え、マジ?」

「なんだ、分かってて言ったのじゃなかったのか?」

「そんなん分かりっこねぇよ。なんでどうして、転校生が来るってわかるんだ?」


 なんでも何も、クラス分けを確認した際、名簿に見知らぬ名前が一つあったので転校生ではないかと推察したと説明する。すると友人は「なんで全校生徒の名前を把握してんだよ」と呆れて言ったあと、むやみに期待する態度を見せる。


「男なの? 美少女なの?」

「お前な、そろそろ怒られるぞ」


 先ほどから、人によっては品性を疑われてしまうような会話を続けている。幸いにもとがめてくる者なんていないが、誰が聞き耳を立てていないとも限らない。そう思って、早々に話を進めてしまうことにした。


「女性の名前だったな」

「へーどんな?」


 問われて一瞬、思い起こす。とはいえ、あまり見かけないような珍しい名前だったために、それほど苦労せず絞り出せた。


「確か……『九重結菜』さんっていったな」

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