第9話 ホリックという街

「さて、街にも入ったしここからは徒歩だな。ん」


 ぱからぱからと門を過ぎた馬車はそのすぐ後に壁の横にある広い場所で停止した。ジークは先に降りてグレイに手を差し伸べる。

 意外と気遣いが出来る男である。


 とは言え、まだ昨日の今日で男の手に恐怖が残るグレイはその手を取れなかった。

 それを察したレイラが代わりに手を貸す。


「嫌われてる、のか……?俺」

「しょうがないわよ、あんな事があったんだから」


 悪気があったわけではないのだが罪悪感の出てきたグレイはジークにとことこ歩き、少し震える手でジークのズボンを掴んだ。

 それを見たジークの顔はそれはもう満面の笑みで笑う。


「はは、ありがとな。大丈夫、気にしてないから」


 これまで溌剌とした様子からは思えないくらい優しい声でグレイに感謝を伝えるジーク。手がダメだと学んだのかグレイの顔の位置まで腰を下ろしてあまり近過ぎない位置で笑って見せた。


「はぁ、こういうのをいつも出来ればかっこいいのにねぇ」

「なにおう!?いつもかっこいいだろうが!」

「一人で我先に突撃しに行く馬鹿はどこの誰?」

「…………………俺です」

「援護するライラの身にもなってあげて欲しいわ」

「全くよ」


 調子に乗るジークとそれを諌めるレイラ。それに追撃するライラ。まるで夫婦漫才のような様子を見たグレイは自然と笑いが出る。


 それを見た三人はほっとした表情を一瞬見せた。


「よし!じゃあホリックの街を案内しよう。レイラが!」

「そこまで言って私なの……?まぁ良いけど」

「だって女の子の喜ぶ場所とかわからん!」


 はぁ、とレイラがため息をついて四人は歩き出す。


 見るもの全て初めて見るグレイはキョロキョロと街を観察する。

 木造の一軒家が立ち並び街には自分かそれより下くらいの子供たちが走り回り遊ぶ。

 家からは朝ごはんの準備なのか良い匂いが漂ってくる。


「まずはホリックの区分からね。この街は四つの区域に分かれていて南側のここは居住区ね。

 それから東側は市場とか生活用品が売っている場所ね。西側は私たちみたいな冒険者向けの建物が多いわ。ギルドもここね。それから………あそこの大きな建物わかる?」


 レイラは道の先、北側を指差す。

 グレイは指された先を見ると遠くからでも大きく見える建物があった。他の建物とは違い石造りの建物で豪華な作りだ。


「あそこが領主様の家ね。北側は領主様関係の区域。何かあったらあそこに行くと良いわ、北側なら危ないのは寄りつかないから」


 説明を聞いている間に各区域の中央まで歩いてきた。開けていて円形状の広場になっていて中央に大きな噴水が置かれている。


 グレイはどこから水が来ているのかが一番気になった。勿論、綺麗だとは思ったが。

 噴水の周りには老人やおそらく恋人だろう男女などがいて街の憩いの場であることがわかる。


「珍しい?噴水なんて私もここに来て初めて見たのよね。この街の下に地下水が流れててそれを汲み上げているらしいわ」

 

 グレイは魔法じゃないのかと思った反面、魔法を使わないでこんなことができるのかと驚いた。


 説明を終えたレイラはに歩いていく。それについていくグレイだが先ほど門兵にギルドに行って欲しいと言われていたのを思い出しこっちで良いのかとレイラの服を掴む。


「ん?あーギルドに行かなくて良いのかって?大丈夫、今日のうちには行くしあの門兵さんが他の門兵にも伝えてるだろうから。それよりも服とか買わないと」


 確かに着替えはないし色々あって汚れているのでレイラの意見に賛成した。


 はぐれないようレイラの後をついて歩くグレイだったが商業区にはいるとすぐに前に出てきた。


 喧騒にも等しい商売の声、外からでも見える見たことのない商品などに目を輝かせながら興味深そうに歩くグレイ。

 

 それを後ろから見ていた三人は


「強い子ね」

「えぇ、私たちを心配するくらい優しい子よ」


 レイラたちがすぐにギルドに行かなかったのには訳がある。

 普段、冒険者には依頼を達成したら出来るだけ早く報告する義務が生じる。情報の遅延はかなりの被害を生み出す可能性があるからだ。

 

 それでもグレイを連れ商業区に来たのは彼女の身を案じてのことだ。

 盗賊に酷いことをされそうな寸前で突入したジークはグレイが街に入るのも苦痛ではないかと考えた。自分への態度を見れば当然と言える。楽しいことなどで元気になってくれればと。


 尤も、その考えは杞憂に終わったが。しかし、グレイがここまで無事なのはレイラたちのおかげであることは間違いない。


 もう少し突入が遅かったら?レイラたちのその後のフォローがなかったら?ジークの気が利かなかったら?


 きっとグレイの心には新しく檻が出来てしまっていたことだろう。


「そこのお店とかどうかしら」


 ライラが大人や子供の服も売っている店を提案し入ることにした。

 

 店に入ると男の店員が四人をチラッと見る。

 冒険者には良くある軽鎧を身につけた美女二人と男一人に女の子一人。

 「チッ……ハーレム野郎が」と誰にも聞こえない声で喋ると商売スマイルで応対した。


「どのようなものをお求めでしょうか?」

「この子にあった服を何着か見たいの、どこにあるかしら」

「それでしたらあちらに。試着も可能ですので用がある時は是非お声がけを」


 そう言って店員は羨ま、恨みがましくジークを見ながら立ち去って行った。当のジークはというと「アレなら動きやすそうだな……ナイフあたりならしまえるぞ」とか考えていて視線には気がついていない。


 そうして、グレイは何着か服を買ってもらった。服を選ぶのも初めてで「もうそろそろ決めないか?」と言うジークも無視してレイラたちと買い物を続けた。


「…………やっと終わった………」


 ものすごく疲労した様子のジーク。女子との買い物は大変だと改めて実感したところで「キュ〜〜〜」とグレイの腹の虫が鳴った。


「買い物して腹減っただろ?何か食おうぜ〜」


 朝から何も食べてない一行はその提案にのった。

 とは言えまだ昼前なのでちゃんとした食事を提供する店はない。そこで中央広場まで戻ることにした。




「うんめぇ〜」

「ちょっと食べながら喋らないでよ。どう?美味しい?」


 広場に戻った四人は出店でごろっとした肉と野菜にピリ辛のソースをかけた具材を薄い生地に挟んだお手軽な食べ物を買った。

 辛いソースに少し驚いたグレイだったが逆にそれが気に入った。そのことを伝えるために首を縦に振る。


「良かった〜辛いのがダメな人もいるからどうかなぁ〜って思ってたの」


 レイラはチラッとライラを見る。よく見るとライラの持つ食べ物の中からは肉と野菜ではなく果物が見える。


「よし、じゃあそろそろギルド行くか!」

「そうね、もし気分悪くなったら言ってね」


 

 

◇◇◇


 武器や防具など戦闘に関わるものが並ぶ通常"冒険区"にやってきたグレイは一際大きい石造りの建物の前までやってきた。レイラに教えてもらった領主の建物より少し小さいくらいの大きさだが、それでも周りの建物よりは数段大きい。


 中に入ると大勢の人が忙しなく動いていた。

 壁にかかった掲示板を見る者、酒場で酒を飲む者、何やら話し合っている者、受付と見られる場所で並ぶ者。

 多種多様な人たちに共通するのは武器を携帯していてレイラたちのように防具を装備していること。


 受付に並びレイラたちの番になった。


「リロンコ盗賊団の殲滅依頼を達成した。これが証拠な」


 ジークはカバンから袋を取り出す。それを受け取った受付嬢は「確認してきます」と言って裏に消えて行った。

 しばらく経った後に戻ってきた受付嬢は「確認できました。依頼達成です。それからマスターが話を聞きたいとのことです」とジークに伝える。


 それを聞いていたグレイは自分の事だろうと察した。それと同時に周りからの視線も感じ取った。幸いなことに盗賊のような視線でなかったのでトラウマは刺激されなかった。


 レイラの後に続いて案内された部屋に入る。


「おお!よくぞ無事だったな!」


 そこそこ広い部屋によく響く大きな声で喋るがそこにはいた。

 すぐさまグレイはレイラの後ろに隠れる。


「こらこら、怯えてるでしょう?また後で話しましょう、マッソー隊長」


 隊長と呼ばれた筋肉ダルマの後ろから優しい声が聞こえた。「す、すまない……」と部屋を去った筋肉ダルマの背後には中性的な顔の男がいた。


「ホリック支部ギルドマスターのシオです。よろしく」


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