第8話 可愛い子には旅をさせない
グレイが失踪してから一日が経過したころ、家出した本人は洞窟で転がっていた。
口に布を噛ませられ、腕は後ろ手で拘束され右足には鎖がつけられている。
「まっさか狩場を変えようとしてたところでこんな拾い物をするなんてついてるぜ、俺たち!」
「しかもこの服売れば高く売れんじゃね?」
グレイの周りには毛むくじゃらの見るからに不潔そうな男たち。屋敷にはいなかった部類の男を始めて見たグレイは珍しく興味ではなく言いようもない忌避感を感じていた。
何故、グレイがこうなったか。時は家出して直ぐまで遡る。
◇◇◇
屋敷を出たグレイはどこを目指すわけでもなくまっすぐに歩いていた。そもそも、屋敷の外は土地勘が全くないので街がどの方向にあるというのもわからないのである。
歩いていると人の手で切り開かれたような道が森に続いているのを見つけた。おそらくは町や村に続いている馬車街道だろう。地面を見れば馬車の車輪のような跡もある。
その道をたどって森に入っていく。
森の中は木が太陽の日差しを遮るほど生い茂っており、暗い。
火と球体を表すルーンを用いて火の玉を生み出し辺りを照らしながら先に進んでいく。その途中、きょろきょろと木を見て歩く。屋敷の中しか見たことがない為、「これが森」と新しい発見の連続ではしゃいでいた。
しかし、しばらくしてグレイは立ち止まってしまう。
日ごろから水汲みなどで少しばかり身体が鍛えられている上に『強化』のルーンで丈夫になっているとはいえ小さい女の子が歩き旅するにはそろそろ限界だった。特に火事から逃げたため靴を履かないで来てしまった。足裏がボロボロで激痛でうずくまる。
近くにあった木の幹に身体を預け少し休む。その瞬間、それまでの疲労が一気にグレイを襲い眠ってしまう。
ルーン魔法の披露、徹夜のルーンの行使、火事に巻き込まれ裸足でここまで歩いてきたとすれば当然ではある。ただし、運が悪かった。
足音がいくつもグレイの近くに歩いてくる。
「ん~~~?おいおい、こりゃあ神様の野郎が気を利かせたかァ?みんなァ見ろよ商品が落ちてやがるぜ!!」
身なりの悪い男が十数人グレイの元までやってきた。確実に領主邸の衛兵などではない。領主邸に侵入した二人組のような金に困っただけのチンピラとも違う。
「よし、さっさとふんじばってずらかるぞ~!おっ軽いな」
そういう経緯でグレイは拘束されどこかの洞窟に連れ去られてしまった。
◇◇◇
「どれどれ~?顔はどんなもんだ?」
グレイを見つけた男が前髪を持ち上げどのくらいの値打ちになるか確認する。
「おっかなりのカワイ子ちゃんだ。これはいい値で売れるな」
「カシラぁそいつすこ~しだけ味見させちゃくれませんかね?最近溜まってんすよ」
「あぁ?最初は俺に決まってんだろ!お前は外でも見張ってこい!!」
カシラと呼ばれた男はグレイを舐めまわすように見ていた部下を見張りに行かせた。
グレイはその視線が、もっと言うならこの洞窟に満ちた自分への視線が気持ち悪かった。屋敷なら刺すような視線をよく感じていた。だが、今感じているのは撫でまわされるような生理的嫌悪感だ。
(早くここから出たい)
拘束されている手を懸命に動かして『切断』のルーンを描いていく。
男がグレイの服に手をかける。
「さてとまずは服を脱がせるか。汚れたら困るからな……ん?なぁにしてんだ~?」
「………ッ」
刃物を突き立てられルーンを書くのを止め霧散させる。
男から隠すようにルーンを書いていたが日中ならいざ知らず、夜中、それも洞窟の中となるとルーンの光でバレてしまった。
「ふふ、くはははは!本当に俺はツイてる!まさか貴族の子供かよ!!金貨、いや大金貨も有りうるぞ」
通常、平民が魔法を使うことはない為ルーンと魔法の違いこそ判らないがグレイが貴族の血筋であることを見抜かれてしまった。
「貴族の子供なんて食べる機会はそうねぇ、楽しませてもらおうかぁ~」
(嫌だ……誰か助けて……)
声にもできない叫びはだれにも聞こえない。そもそも声は出せないのだから。
再びグレイの服に手をかけ穢れもない体へと手が……
「カシラぁ!」
先ほど出ていった部下が慌てたように走りこんできた。
「おい!今からいいところなんだ、もう少し待てねぇのか!?」
「ちが、敵……」
部下の男が報告しようとしたところでその後ろに現れた人影に背中を切られ倒れた。
「見つけたぞ!観念するんだな、盗賊団!」
「くそっもう見つかったのか!おい、冒険者だ迎え撃てぇ!」
軽鎧を着こんだ三人の男女が洞窟になだれ込み男たちと戦闘を始める。グレイを襲おうとしていた男も応戦する。
そんな戦いを見たグレイは身体の力がどんどん抜けていき視界が暗くなった。
◇◇◇
コトンコトン、と小さな振動を感じる。
気持ちの良いまどろみの中、グレイは明るい光を浴びて目が覚めた。
「あ、起きた」
「!?!?!?!?!?」
目を開けた先に見えたのは大画面の男の顔。若干のトラウマとなった盗賊団を幻視し、後ろに後ずさる。
(硬く、ない?)
後ろに下がったときに感じた感触が石ではなく、木の感触がした。
「もう!あんな目にあったのにあんたがそんなに近寄ったから怯えちゃったじゃない!」
近くにいた赤髪の男が隣にいた女性に怒られている光景を見たグレイは状況を確認する。
きょろきょろと見渡せば自身が馬車の中にいることが分かった。屋根はなく馬に荷台をつなげただけの簡素なつくりだ。
「ごめんね~この馬鹿が驚かせちゃった。安心して?私たちは冒険者、今はホリックって街に向かってるところ」
(冒、険者……?)
知らない単語に更に困惑を極めるグレイに説明を続ける。
「私はレイラ。で、あのバカがジーク。いい奴だから嫌わないであげて?それから馬を引いてくれているのが」
「ライラよ」
一瞬だけ肩越しに振り返った緑髪の女性はレイラと同じ顔だった。
それから町に着くまでいろいろなことをグレイは聞いた。
グレイを捕まえた盗賊団は女、特に子供をさらって売りさばいていたこと。レイラたちが捕まえるために追いかけていたこと。既に盗賊団は全員土の中ということ。
グレイが体も小さく子供だと思ったレイラは盗賊団が死んでいることを濁したがそういうことだろうと察した。
他にもレイラとライラは双子であることやジークと幼馴染であることなども教えてもらった。
最初こそ気まずそうにしていたジークとグレイだがジークの髪型がライルと似ていたこともあってかある程度までは仲良くなった。近づくとレイラの背中に隠れるが。
そうして馬車で揺られること少し、目の前に壁が現れた。
「止まれ!」
壁の前にいた門兵に呼び止められた。
「子供をさらう盗賊団がいるため中を改めさせてもらう」
「あぁそれなら俺たちが倒してきた。中には捕まっていた子供も一緒だ」
ジークが門兵に説明していたので少し体を傾け顔を見せたグレイ。それを見た門兵は納得したと同時に「あんな小さい子まで……ゆるせん!」と憤っていた。
「通ってよし!すぐにギルドに報告してくれよな」
「おう!」
そうして馬車は中に入っていく。壁を抜けた先には見たこともない数の家と喧騒にぎわう大きな町が広がっていた。
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