第7話 旅立ちの火

 初めてグレイがルーン魔法を披露したその夜、領主邸の塀の外には闇夜に紛れるような黒いローブを被った二人組が潜んでいた。


「おい、本当にやるのか……!?相手は貴族だぞ」

「なぁに貴族を殺してこいってわけじゃねえんだ。ちょいとお使い気分で金貨を貰えるってんだから楽勝、楽勝」


 会話からわかるように二人は平民だ。金に困っており路傍で困り果てていたところにからの依頼を受けたのだった。


「だけどよぉ〜魔法使われたらそれでお陀仏だぜ?」

「なんだよ、臆病風にでも吹かれたか?貴族の奴らは凄えけど魔法を撃つまでチンタラしてる頭でっかち共だ、目的をさっさと済ませりゃ良いんだ、行くぞ!」

「……わかったよ」


 そうして二人組は領主邸の裏口、訓練場の近くにある門から堂々と侵入した。


「本当に言ったとおりだな。門番はいねぇみたいだ」

「それにしても変な依頼だよなぁ、

「おおかた貴族様のお家事情だろうさ、俺たちが気にする事じゃねえ。行くぞ」


 そうして侵入者二人はあえてバレるよう音を立てながら言われたようにグレイが住むボロ小屋のある方向に走った。


「ん?おいそこの!止まれ!!」

「やべっ、逃げろ〜」


 当然見つかった二人は懐から赤い宝石を取り出す。それを乱雑に小屋の方に投げ捨てた。

 地面に落ち「パリィン」と音を立てて割れた宝石は中から炎を吹き出した。


「魔封石……!?しまった、逃げられる!」


 吹き出した炎に気を取られていた衛兵は侵入者が門から逃げようとしているのを発見し追いかけるも間に合わない距離まで移動されていた。


「あはは、これで金貨なんだから安いもんだぜ!」

「へぇその金貨は何に使うんだ?」

「何ってそりゃあ………誰だお前!」


 後もう少しで門と言うところで侵入者二人の前に自分たちより小さい人影が現れた。


「眠れなくて魔法の練習をしていたらこの騒ぎ。お前たちが原因だな?」

「ま、魔法ってまさか」

「貴族を甘く見過ぎだ。しなる轍よ、敵を縛れ【バインド】」


 月によって照らされ姿が見える。

 そこに居たのは領主の息子、ライル。


 魔法を発動し即座に光輪で足と手を縛り侵入者を拘束する。急に体の自由が奪われた男は前のめりになって倒れ込んだ。

 

 そこに後から駆けつけた衛兵は侵入者が捕まっていることに驚愕するとともに損害を伝える。


「小屋が燃えているだと!?それを早く言え!」


(あそこにはまだ姉上が……!間に合ってくれっ)


◇◇◇


〜侵入騒ぎが起こる少し前〜


 グレイはライルから聞いた話を元に蛇の作成に勤しんでいた。

 魔法に関しては全く参考にはならなかったが、蛇についてはかなり知ることができた。


 毒の牙も石化する目も必要ではなかったらしいと気がついたグレイはルーンで水の紐を作っていた。

 『水、伸ばす、曲がる』この辺りは本にも載っているルーンで再現できたのだが結局のところ『蛇』の単語は無かったのである。


 規模としては小さいが動きは【ウォーターサーペント】とそう変わらない。ただ、もう一声、生物のようにしたかった。


 問題となっていたのはルーンの文字の少なさだ。本の厚みくらいにはあるにしても生物ごとのルーンがあるわけではない。


 そこで普通の言葉で『蛇』と魔力で書いてみた。ルーンは書いたらその効果を発揮する。しかし、普通の言葉だとただ浮かんでいるだけ。


(ルーンでないとダメ?)


 良い案だと思っただけに落ち込んむグレイ。そこで徹夜をしていたグレイの集中力は周りの異変を感じ取れるくらいに落ちた。


(焦げ臭い?)


 よく見たら少し黒い煙が小屋の隙間から入ってきていた。


「ゴホッゴホッ」


 煙を吸い込み咽せる。そうしているうちに小屋にも火の手が回る。


 グレイの世界が燃える。

 やっと色づき始めた灰色の世界が燃える赤に侵食されていく。


 小屋の扉の方から燃え始めているためグレイには逃げ場はない。小屋についている窓も扉の方だけだ。


 壁、床、天井、そして本棚までもが燃え始めた。


(逃げなきゃ)


 グレイは『水』『強化』のルーンを起動。それを全て自分に使った。

 頭から水を被ったグレイは自ら小屋を蹴破った。


 息苦しさから解放され、大きく息を吸い込むため空を見上げる。

 息を整え領主邸に戻ろうとしたが、ちょうど良いと思ってしまった。


 旅に行きたい。

 その願いを果たすなら今ではないのか?世界には自分の知らないことで満ちている。自分の足で手で耳で目で感じたい。そう思った。


 だから。


 水を使ったルーンで『旅に出ます、探さないで』と残しその場を去った。



◇◇◇


「【ウォーター】【ウォーター】【ウォーター】!」


 辺りを昼のように照らしながら激しく燃える小屋を前に、ライルが放つ水は焼け石に水だった。

 じゅう、じゅう、と蒸発するだけで意味はない。


「くそぉ!消えろよぉ!」


 それでもなお続けるライルの元にアルベルトが駆けつけた。


「【レイン】!」


 ライルとは比べ物にならない量の水が小屋に降り注いだ。蒸発する音が聞こえてもその圧倒的な物量で消火は成された。

 すぐに駆け寄る二人だが元々ボロボロだっただけに全て燃え滓となって原型など留めてはいない。

 グレイがもし、その場にいたら死体すら残らないだろう。


「侵入者は!!」


 そのやるせない想いをアルベルトは声に変えた。衛兵が連れてきた男二人を射殺さんばかりに睨みつける。


「何故、こんなことをした……」

「さぁね」


 しらをきる男たちにキレたのは意外にもライルだった。男の一人を殴り飛ばし髪を掴み持ち上げる。


「誰の依頼だ?衛兵から聞いた、魔封石を使ったそうだな?そんな物どこで手に入れた」


 ライルは火属性の魔法を男の前に出し、「同じようにして欲しいか」と暗に伝えた。


「い、依頼されたんだ……身なりのいい服の男だ…ただのボロ小屋だろぉ!?そんなに起こるなよ……なぁ?」


 グレイが中に居たと知らない男は静かにライルのいや、アルベルトの虎の尾を踏んだ。


「【ウォータージェイル】」

「ごぼっ!?ごぼぼっごぼ!!」


 男を水の玉の中に閉じ込め苦しませながら動かなくなるまで待った。


「ひいっ」


 ほんの数時間前まで問題ないと話していた仲間が殺されたところを見たもう一人は依頼人について話そうと口を開いた。


「本当の依頼人は……!」


 そこにまるで小屋を燃やし尽くしたほどの火力の炎が飛んできた。炎は男の身体を炭化する勢いで燃やし始める。


「まだ殺してなかったの?平民ってこれだから嫌なのよ。どんなに身分や力で押さえつけても馬鹿な真似をする」

「な……、たす、け」


 汚物でも見るように言い放ちながら遅れてきたローズはもう一人の男を焼いた。最早炭化した男の手はローズの方にボロボロと崩れ落ちる。

 彼が今際の際に感じたのは絶望かそれとも貴族に騙された恨みか。


 アルベルトも普段なら苦言を呈する行為を咎めようとはしなかった。

 のろのろと炭となり崩れ落ちた小屋の残骸に歩み寄り膝をつく。


「何でもっと早く……!」


 悔やみきれない思いを抱え領主邸襲撃事件は幕を閉じた。


 誰も小屋の奥にあった水溜りには気が付かずに。

 

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