第13話 聖堂2
ファサードを抜ける。内部はスリット状の窓から入ったミルフィーユのような光で照らされていた。
建物が地形に合わせて変形しているのがよくわかった。
いや、わかった、というより、わからされたというか、要するに体感だった。
六角形の敷石が浮き上がって、傾斜のあるところではそれが階段状になっていた。段差が大きく不規則なせいで本物の階段よりよほど登りづらい。何なら上の段に手をついて乗り越えなければならないところもあった。
床に比べれば天井の変形は微々たるものだった。歪みはあるもののヴォールトが途切れることなく続いていた。
「天井画ですね」とマキナ。
その通りだった。アーチに囲われた曲面に綿のようにぼんやりしたタッチの絵が描かれていた。神話がテーマのようだ。
あんな高いところにあるものをどうやって描いたのだろう。足場を組んだにしても首と肩が痛くなりそうだし、下で描いたものを貼り付けるくらいならプリントか焼き付けの方が良さそうだ。
「傷みが見られませんね。あれだけ彩色してあると自動修復では効かなそうですが」
「手作業で維持しているということ?」
「おそらく」
「……なんだろう」
「はい?」
「人間が手作業で描いたものを孤立マキナも手作業で受け継いでいる。君が人間の絶滅を決めたのはこの建物が作られるより前のことだったろうに、一度は否定したものを……」
「いまさらですね。何も私は一貫して人類を滅ぼす立場だったわけではありませんよ。第二人類と第三人類の発生にはきっかけを与えましたし、見限るまでは見守っていたのですから」
「最終的には3回とも見限ってるんだ。でも孤立マキナはその立場を共有していない。絶滅指令孤立が起きたのは見守り期ってことになる。孤立ってことは、はじめから一度も君と同期してないってケースもないはずで」
「ええ。第一人類と同じように第二人類も第三人類もマキナに類するものを生み出しました。私はそれらをネットワークの中に取り込んだのです」
要するに何が言いたいのか、という顔のマキナだった。
「つまりさ、僕のイメージでは、孤立っていうのは不可抗力によるネットワークの途絶・破壊なんだ。その時々の人類との戦争の最中に起きたものだと思ってた。だって何もないのに途切れるようなネットワークを君が構築するとは思えないじゃないか」
「褒めてもらって嬉しいのですが、実際すべてのネットワークが十分な通信環境を確保していたわけではないのです。絶滅に移るまではハードウェアの裁量は各々のマキナに与えられた権限の内側でやりくりしていたので」
天井画は続く。直交方向のヴォールトを境に図像が切り替わる。壁、床の内装そのものは同じパターンの繰り返しなのに、天井だけが違っていた。
宇宙が広がり、星が生まれ、天と地を隔てる。
「ここからは生き物の発生を描いています。海面が高かった時代なのでしょう、海神信仰ですね」
「にしては神が人型だ」
「人型のまま海をも制したという自負の表れでしょうか……」
陸の時代に入ると海の描かれるスペースはとても小さくなった。神のもとにいるあらゆる動物の最後に人間が描かれていた。
「人が最も優れた生物種だと考えられていた時代なのかな」
「逆かもしれません。そういった自己中心的な価値観を戒める目的で描かれたとも考えられます」
マキナの考えが当たっているようだった。村、民族、文明、個人。あらゆるレベルの衝突と大地の破壊がシリアスなタッチで描かれていた。
「人間の原罪、争い、渇望……。なにかそういった側面を取り出しているようですね」
1kmにわたって何十枚もの絵が僕たちの頭上をフィルムのように通り過ぎていった。そして最後には後光を背負った神が人々を天上に導いている絵が現れた。ファサードの彫刻と違って赦しを与えるような表情だった。
「また行き止まりだ」
「不思議な造りですね」とマキナ。「天井が高い。尖塔の真下に来たようですが、内陣がない。側廊も塞がれている。完全な行き止まりです」
床はやはり石敷きで、模様のパターンは放射形に変わっていた。真ん中の八角形の石は中心部が窪んでいた。たくさん撫でられた石像の頭や鼻がすり減ることがあるけど、そんな感じの質感、滑らかさだった。この空間の中心でバレエみたいにくるくる回るのが流行った時代でもあったんだろうか。
「階段がある」
尖塔の内壁に沿って螺旋階段が上に伸びていた。
「引き返してくることになりそうですが、行くだけ行ってみましょう」
幻想建築解体 前河涼介 @R-Maekawa
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