聖堂

第12話 聖堂1

 僕たちは海を右手に見ながら海岸を進んだ。

 振り返ると滑らかな砂の面の上に足跡のわずかな起伏が果てしなく整列していた。

 それは何かの証のようだった。

 マキナは人類を打倒した。僕は敗者だ。生き残った敗者は勝者の法で裁かれる。ある意味、このアフターライフはそういった刑罰だと考えるべきなのかもしれない。

「自分の足で孤立マキナを巡ることに意味があるのかな」

「いいえ、何も。単に乗り物を下ろせないだけです。それ自体が遺物になりかねない」

「母艦ってあの戦艦?」

「ええ」

「火力はありそうだけど」

たかが・・・戦艦の火力です。大気による減衰もある。一部の建物は私より進んだ技術で建てられている。それに実力で孤立マキナを停止させるにはネットワーク全体を破壊しなければならない。一部でも残せば復元して私を敵視するでしょう。あまりに危険な選択肢です」


 よく締まった砂の地面は歩きやすかったけれど、2日目の夕方に断崖に行きあたった。行き止まりだ。砂浜はそこで終わっていた。海食崖ではなく断層の露頭のようだ。切れ落ちた岩場を波が洗っていた。無理に進んでいったら流されそうだ。

「私たちの旅はこれからです」

「それ海の方に行こうってこと?」

「何を言ってるんです。安全策を取ろうという意味です」

 僕たちはおとなしく台地に上がることにした。上はふわふわの苔に覆われた丘陵だった。大きな遮蔽物がないおかげで目的地はすぐに見えた。

 大きな聖堂だ。白くて石膏のような質感。丘の上に一番高い尖塔があり、そこから四方に身廊と側廊が伸びているようだ。


 手前の丘を越えた時、眼下の窪地にファサードが現れた。空気の感じからして尖塔まではまだ2kmくらいある。別の建物かと思ったけど、そうではなかった。身廊の屋根は丘陵のアップダウンに合わせて微妙な波形を描きながら尖塔の下まで続いていた。

「この建物、もしかしてすごく長いのでは?」

「そのようですね。途切れているようには見えません。あいにく残っている資料があの塔の部分だけだったので、こういうものだとは私も……」

「もともとは平地だったのかな」

「ええ。隆起や断層で曲がってしまったのでしょう」

「罅がない。自己修復コンクリート?」

 外壁は白一色だった。もともとカラフルだったものを塩が塗り潰してしまったのだろうか。

「そのようにも見えます。ナトリウム塩は……やはり第三文明でしょうか」

「その塩で文明を判定しているのは何?」

「各々の文明で主流だった工法があるのです。第二文明のカルシウム系は修復力は大きいですが鉄筋もコンクリートも痩せやすく寿命が短い傾向にあります」

 マキナは改めて指先ではなく手のひらで壁をこすった。

「水垢ですね」

「え?」

「ただ今回は資料のデータ形式から見当がついていました。第三文明はそもそもコンクリートより天然石を好んで多用します。これも壁は片岩でしょう。屋根だけがコンクリートなのか、上から染みてきた塩が岩の隙間を埋めている。ある意味合理的な設計です」

「天然の石材でこんなに曲がる?」

「石材自体は曲がっていません。この柱のような構造の1つ1つが節理面でずれて見かけの曲線を生み出しているだけでしょう」

 確かに、言われてみれば壁面のギザギザは柱状節理そのものだ。マキナがこすったところには透明感のある乳白色の地肌が浮かんでいた。明らかにコンクリートとは違う。人工物なのか自然なのか線引きが難しい感じだった。

「その言い方だと切り出してきた石材を組んだというより、地層そのものをここに持ってきたってこと?」

「持ってきたのか、もともとここにあったものを使ったのか。ただ第三文明は前者の線を簡単に消せるほど低レベルなものではありません」

「一見ロハスだけどわりとマッドでパワーってことか」


 それにしても装飾が少ない。屋根と外壁の継ぎ目は単純なエッジになっているし、張り出しや像が並んでいるわけでもない。

 それらしいものといえばファサードの一番下のアーチに据えられた彫像くらいのものだった。

 神をかたどったものだろうか。右手で天を指し、左手を来る者に差し伸べていた。エレベーターの案内員に似合いそうな格好だ。迎え入れるというより、もう少し積極的で力強い。




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