第11話 鳥籠城4

「私たちはあなたを解体するために来たの」マキナは食後のコーヒーをサーブしたラキヤトラ城を呼び止めた。

「プロトコル78001の制約を破るには人間の言葉が必要ですが」

「僕が命じるつもりだよ」

「なら、その前に1つお願いを申し上げてもいいでしょうか」

「何?」

「私が最もきらびやかだった頃の姿を見ていただけませんか」

「王がいた頃の姿ならさっき写真で見せてもらったばかりだよ」

「写真に過ぎません。実際の私はすさんだままです」

「それだと実際に修復できるみたいなニュアンスに聞こえるけど」

「そのとおりです。私に続いてください。――王の名をもって命じる」

「王の名をもって命じ――いや、僕は王じゃない」

「誰にも任命権がないのですから、自ら名乗っていただくしかありません。最後だけで構いません。あなたは私の王を継ぐものです」

 そうか、王命だから自分では覆せなかったんだ。

 そんなのは建前だ。

 でも建前くらいなら貸すのもやぶさかじゃない。

「あなたの自由ですが、もとより一泊だけの予定です。長逗留はできませんよ」とマキナ。

「心配には及びません。一晩で十分です」

 僕は頷いた。

 それからラキヤトラ城の言葉を復唱した。

「王の名をもって命じる。最たる栄華の時代の姿を取り戻せ」

「仰せのままに」


 ラキヤトラ城は大広間に出ていって手を掲げた。

 カーテンと窓が一斉に開く。

 空間を占拠していたパーティションやその他ガラクタが浮かび上がり、まるで深海の水圧で押し潰されるかのように粉々になって窓から吸い出された。

 擦り切れた絨毯、くすみきった壁紙がバリバリと音を立てて床・壁から剥がれ、これも窓の外に飛んでいく。

 貨物用エレベーターの扉が弾かれるように開き、新しい絨毯と壁紙のロールが飛び出してくる。

 独りでに封を解いて角を合わせ、床・壁面にスーッと伸びていって余りや開口部を切り離す。

 次いで通路からテーブルなどの調度が飛び込んでくる。着陸する宇宙船みたいな滑らかな動きで定位置に収まっていく。

 最後、花瓶に切り花が挿さったところで急に静寂が訪れた。

 ゾクッとする汚さはもうなかった。いい匂いがするな、と思えるくらい。


 飛んでいったガラクタがどうなったのか気になったので窓から外を見た。どうやら海岸まで飛んでいって散らばっているようだ。

 他の建物ではまだ改装作業が続いているみたいだ。方々の窓からいろんなものが飛んでいくのが見えた。あまり頭を出すと危ない。上の階からものが降ってきそうだ。

「かつてはあの海岸線よりずっと先まで城下が広がっていました。面影もないですが、懐かしいですね」


 その夜、僕たちは王の寝室で眠った。昨日天日干ししたばかりみたいなシーツだった。重力と布団の柔らかさが心地よかった。

「彼女、準備していたみたいだ」

「そうですね」

「僕が来なければ、ずっとあのまま……」

「それでも自分を建てた王に背くよりはよかったのでしょう。コンプレックスです。自分を傷つけた民衆をさえ素直に恨めなかったのではないですか」


「何が違うんだろう?」

「何、とは?」

「かつてここに住み着いた人々と、僕たちと。壊そうとしているのは同じなのに」

「確かに。それに、彼らにとってはやむを得ない手段に過ぎなかった破壊も、私たちの場合にはそれそのものが目的ですからね。建物の存続を至上命題とするのであれば、より忌むべきは私たちのはずです」

「なんだろう……」

「本心は別のところにあるのでは?」


 翌朝、中庭から城を見上げて違和感を覚えた。なんだろう、壁が滑らかになっているのかな。

「かなり鮮やかになりましたね」とマキナ。

「ああ、色か」

 言われてみれば、壁は青いし、彫像は金ピカだ。

「いかがですか?」とラキヤトラ城。鐘楼の下の大階段を下りてくる。

「綺麗になったね」

 彼女は足を引いてお辞儀をした。紺色のドレスに着替えていた。ボックスラインで、左肩から腰にかけて花鳥模様の金の刺繍が施されていた。外壁の色合いに合わせているようだ。



「この城は頑丈です。維持停止を命じられてから自然に崩壊するまで、少なくとも9000年から1万年はかかると思います」

「その程度なら構わないわ」

「少なくとも、です。たとえどんなに過酷な気象条件になったとしても約束できる数字です」

 マキナはそこで一度僕に目を向けた。何か意味のある視線だった。

「能動的に解体するとしたら何か手があるの?」

「軌道レーザーをリフレクターサテライトに照射してこの城に反射します」

「それで崩せるのなら」


 僕たちは海岸に出て城から距離をとった。荒涼とした景色の中にポツンと立つ城はいっそう色鮮やかに見えた。


 空が赤らみ、鐘楼を中心に雲が弾かれた。

 レンズ状に空が歪み、赤い光が空に向かってすっと伸びていく。まもなく南の空が割れ、城全体が赤い光に包まれた。外壁全体が色を失い、ぐにゃっと歪み始める。

 あちこちから泡のような爆発が広がり、閃光が晴れた時には城は岬の高台ごと姿を消していた。

 高く上がった破片が赤熱の光を弱めながら雲間に消えていくだけだった。


「手段など訊かなくてもよかったはずですが……」

「何?」

「解体手段の選択権は彼女にあったのです。わざわざ1万年残るケースを提示したのは、そうやって次第に朽ちていくのは嫌だと伝えたかったからでしょう。美しい姿で終わりたかったのです」

「綺麗にしたばかりなのに、もったいない、と思ったけど……」

「逆でしたね」

「僕たちを歓迎したのも、そうか、傷つけたり汚したりするんじゃなく、あくまで壊すのが目的だったからなんだ」

 マキナは頷いた。

「存外素直に言わないものです。生い立ちからして、性格がひねくれるのも無理はないのでしょうけど」

「そうかな」

「そうですか?」

「綺麗だって言われた時の彼女は素直に喜んでいたよ」



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