第10話 鳥籠城3
ラキヤトラ城は下りのエレベーターの中で竣工時の写真を見せてくれた。
ホロディスプレイには藍色と金モールに輝く城の姿が上空からの俯瞰で写っていた。城下の崖はまだない。城壁と同じレベルに人工プラットフォームが広がり、周囲には低層建築がひしめいていた。今よりさらにひと回り大きい半径まで広がった城のフライングバットレスがそれこそ鳥籠のように街全体を覆っていた。
街がなくなっただけじゃない。すでに城自体も小さくなっているんだ。
「200年後に同じポイントから撮った写真です」
驚くべき一葉だった。
そこに写っているのは街並みというよりもビルの屋上庭園だった。
もはや城の姿は見えなかった。雲の上に突き出していたはずの鐘楼さえビルが落とす真っ黒い影の中に沈んでいた。
城の存在は円形に欠落した屋上庭園の穴から窺えるに過ぎなかった。
「波動兵器の恐怖から解放された人々は競うように高層建築を林立させていきました。城に日が当たらなくなるまで40年とかかりませんでした」
エレベーターはエントランスの1つ上の階で止まった。
大広間のようだった。
折り上げ天井いっぱいにふわっとした雰囲気の天井画が描かれ、壁面の半分くらいは大判の鏡で占められていた。
が、絨毯は擦り切れて下地のゴツゴツした布が剥き出しになっていた。部屋全体が人の目線の高さまであるパーティションで仕切られていた。
なんだか薄汚れていた。鳥肌が立つ感じの汚れ方だ。
他の部屋も同じような具合だった。中子のようにプレハブを建てて立体的に仕切られている大空間もあった。
パーティションも、プレハブも、もともとは真っ白だったんだろうけど。
「王位が廃されたあと、この城に住んでいたのは……」
「民衆です。財力のある人々はより高度な住環境を求めて高層マンションに移り住みました。この城を含め、街の低層に残されたのは最も貧しい人々でした。彼らにとってみればこの城は堅牢でインフラが整っているというだけで十分でした。その上家賃もかからない、身上書も必要ない。高層の人々は彼ら貧しい人々を蔑み、やがて彼らの温床となったこの城をも蔑むようになりました」
「誰も管理していなかったんだ」
「いいえ、私が管理していました」
「見たところ、これだけ荒らされているのは彼らがやったように思えるけど」
「そうです。整理はしていましたが、それでも彼らは金目のものは引き剥がしていきました」
「僕らが来た時ちょっと身構えていたのはそのせいか」
「はい」
「民衆を追い払わなかったのは、なぜ?」
「城は民衆のためにあるのだというのが亡き王の言いつけでしたから」
「そして人が去ってからも復元を行わなかった」とマキナ。
「はい。彼らが自ら変えたということは、彼らにとってこの方が住みよい環境なのですから、このままにしておくべきなのでしょう」
「皮肉ね。豪奢を尽くした場所に最も貧しい人々が住み着いてしまうというのは」
何なら使用人のための部屋が城の中で最も整頓された空間だった。バックヤードだけは運営側の裁量に委ねて構わない、という金言の解釈だったのだろう。
「食事をするならさすがにこっちの方がいいな」僕は使用人用の食堂からなかなか離れられなかった。
「そう、思われますか」とラキヤトラ城。長い間理不尽な価値観を飲み込まされていつの間にかその理不尽さにも気づけなくなっていた。まさに今その帳が破られた。そういう反応だった。
給仕にあたる彼女はなんとなく活き活きしていた。料理も美味しかった。合成食材を使っているのだろうけど、レトルトや固形レーションとはワケが違った。料理って本来こういうものなんだろうな、という感じがした。
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