第9話 鳥籠城2
「ご用聞きです。滞在ですか?」
門扉の影で孤立マキナが待っていた。クラシックなメイド服だった。
「滞在? 泊まれるのね。それなら1日だけ。旅の途中なの」マキナが答えた。それから僕に目を合わせた。テント泊にうんざりしてたんでしょ、といった感じ。
「いらっしゃいませ」孤立マキナは丁寧にお辞儀した。スカートを広げ、片足を引く。そういう作法なのだろう。
でも、何だろう、初っ端ではなく、二言目のあとにその動作が挟まったのは少し不可解だった。
「君は?」
「ラキヤトラ塞城と申します。どうぞ、ご案内します」
「建物の外と中をじっくり見て回りたいのだけど、いい?」
ラキヤトラ城はきょとんとした。
「ええ、是非」
何がそんなに意外なのだろう? すごく久しぶりに見たはずの人間にはさほど驚きもしなかったのに。
ここが迎賓館、ここが庭園、ここが食堂、ここが礼拝堂、ここが使用人の宿舎、ここが政務棟、ここが王族の住居、ここが鐘楼と天守。
「柱頭やアーチの像・レリーフはすべてセメントによる塑像です。荷重フィールドを使った非実体の型に押し込んで高精度に仕上げています」
「一体成型?」
「ええ。竣工時は金箔とコバルトで鮮やかに彩色されていたのですが……」
ラキヤトラ城は敷地の中をゆっくり歩きながら建物を紹介して回った。
「2代50年に渡ってこの地を治めたラキヤトラ王家は、領地領民の象徴、守りとしてこの城を築いたのです。」
地面はほぼ大判のタイルで覆われていた。短い階段の連続。案外アップダウンが多い。
建物の間に入ると頭上に大小の飛び梁が交差して足元に格子状の影が落ちていた。確かに鳥籠の中にいるみたいだ。
「フライングバットレスの上の方、鋼材のトラスが露出しているようだけど、あの構造は柱の内部まで伸びているの?」マキナが訊いた。
「はい」
「鉄コン」
「はい」
「だとしたらバットレスなど設けなくても構造的には十分でしょう?」
「建っているだけなら、そうですね」
「あくまで装飾?」
「装飾でもありますが、あくまでデザインです。この城はとても頑丈に造られているのです。壁も型によって石組みに見せかけているだけで、実際には鉄筋コンクリートで一体成型した、いわば人工的な一枚岩です。構造を分割しているのは、建屋の基礎周りや尖塔の下部など、振動周期の違いによって負荷の集中する部分だけです。この大きなランセット窓も平均厚が50センチ以上あり、加えて鎧戸を引くこともできます。鎧戸が嵌まればアーチの荷重を下から受けますから、開口部の脆弱性をかなり補ってくれます」
「過剰な耐荷重は強度的な弱点にもなると思うのだけど」
ラキヤトラ城は頷いた。
「説明しましょう」
雲に突き刺さるような、と思ったけど、登ってみるとそこは雲の上だった。雲海とグロテスクなくらい青い空が広がっていた。
鐘楼のてっぺんに掲げられていたのは、鐘ではなく薄い鍋型の巨大な鏡だった。
「軌道レーザーの発振器のように見えるけど」
「そう。ラキヤトラ城は波動攻撃を想定しています。これは反撃のためのものです」
「波動攻撃?」
「大気圏外から大気に重力波を照射して地上を広範に圧壊させる兵器です。風を波にたとえるなら、波に対する津波のようなものです」
「その喩えはよくわからないけど……」
「私が国家の象徴であるとともに守りの要であったということをわかってもらえればそれで構いません」
「波動攻撃に耐えた実績が?」
「いいえ。王家が予期した戦争は確かに勃発しました。しかし実際には各陣営が大量破壊兵器の使用を避け、その結果、より小規模で緻密な破壊がもたらされました。ラキヤトラにはもはやそうした慢性的な戦争状態や復興に費やす財力は残されていませんでした。王家が2代で途絶えたのはそのためです。戦後の復興は地場・外国の民間に任されることになったのです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます