第8話 鳥籠城1

 旅の寝泊まりはテントに寝袋だった。寒い夜はとことん寒いし、風の日は骨が外れて体にまとわりつくこともあった。食べ物の選択肢といい、自分で背負って歩く以上は質にも量にも制約がつきまとった。

「リュックの食料が数日分だから大して長い旅じゃないと思ってたよ」

「週に1度、母艦からスリングで物資を下ろします」

 僕は空を見上げた。低軌道にあの戦艦がいるのか。

「その日くらいはいつもと違うものが食べたいな……」


 何日も谷に沿って歩いた。雪の山脈もいつしか振り返らなければ目に入らなくなり、だんだんと両側の岩壁が低くなってきた。

「このあたりから氷河が扇状に広がって海岸平野全体を侵食していますね」

「大きな岩がゴロゴロしているけど、これもダイヤみたいに硬いのかな」

 まるで行く手を阻むバリケードだ。まっすぐ進めない。

「氷河が運んできた迷子石ですよ。ここで氷河の勢いがなくなって、あるいは溶けて海に出る前に取り残されたのでしょう」


 やがて視界が開け、海が見えた。黒い砂と白い波に縁取られた海岸線がどこまでも伸びていた。

「あれです」

 台地から平地の上に伸びた岬のような地形の上に何かトゲトゲした建物が見えた。鐘楼や物見櫓の屋根が尖っているのだ。

 城だ。


 海岸回りでいくつか浅い川を渡って真下まで来た。

 城というからには大きな建物だと思っていたけど、想像を上回る大きさだった。

 高さ100mは下らないような石垣の上に城壁と建屋があり、建屋の屋根からさらに200mくらいありそうな太くて高い鐘楼がすっと立ち上がっていた。

 見上げると覆いかぶさってきそうなプレッシャーがあった。


「この石垣、ダイヤではないですね。石灰岩のようです。ただ何か……、表面に光沢があるのは風化を防ぐためのコーティングでしょうか」

「この城、脚が生えてる」

 まるでカニみたいにガニ股の支柱が何本も石垣の上の方から突き出して、そこから地面に向かってまっすぐに下りていた。

「往年の評論家に言わせると脚よりも『鳥籠のような』という形容が多いですが……。フライングバットレス。屋根を支えるための構造です。横向きの応力を押さえるためのアーチを変形させたものと考えてください。これは鋼製ですね。石積みのバットレスではここまで垂直区間を短くできない」

 

 石垣の上に上がるための階段は台地側にあった。急だった。荷物の重さが肺と心臓に負荷をかける。先にマキナが立ち止まった。

「君も疲れるのか」

「生体インターフェースというのは、そういうものです」

 僕らは壁を見上げた。半分くらい来ていた。

「このあたりは明らかに鉄コンですね。ヒビの間隔や向きに規則性があります。どれも塞がれている。カルシウム系の自己再生コンクリート……。技術特性的には第二人類が残した遺跡でしょうか」

「この建物には資料がないの?」

「いいえ、図面はあります。ただ完全なデータではないのでいつ造られたものなのか正確にはわからないのです」


 城の正面に到達した。

 情報量が多いな、と思った。

 城門の柱には何か悪魔的なものを追い払う英雄、あるいは騎士たちの物語がレリーフにして表され、門扉そのものにも天界と地上の関係を示したような絵が鋳込まれていた。

 壁という壁にフライングバットレス、あるいはバットレスが張り出し、各々の柱と屋根が交わるところに聖人を模した彫刻、屋根の上にガーゴイルの像あり、隙あらば塔に三角屋根といった具合だった。

 一番高い鐘楼を取り囲むように他の建物が配置されているのだろうけど、そんなものを把握する前に胃がもたれそうだった。

「きっとすごく偉い人が住んでいたんだろうね」

「偉い? 無節操な懐古主義者の間違いではないですか。これだけ装飾が多いということは、城本来の拠点機能など不要な時代に有り余る資金を投じて造られたのでしょう」

 マキナの方が辛辣だった。


「海岸から回ってきてよかったですね」マキナは台地の方を振り返った。

 城と台地の間は細い尾根でつながっていた。ただ、侵食が進んでプロムナードが半分宙に浮いていた。基礎を橋桁にして持っているようなものだ。

「もともとは台地の縁も海岸線もずっと向こうにあったようです。この尾根も、尾根というより、上に舗装があったおかげで侵食を免れただけでしょう」

 痕跡というのはこういうものなのだろう。

 この場所から城がなくなっても侵食の遅れは長い間残り続ける。洞察力や想像力の豊かな人間ならかつて何があったのかを察してしまう。その察しがユニークな発想を殺し、懐古と探究に駆り立てることをマキナは恐れている。ただ壊すだけでは足りないのだ。

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