第6話 水晶宮4

「私たちがここに来たのはお参りのためではありません。あなたの解体が目的です」マキナは言った。

「プロトコル78001に基づき、あらゆるマキナの要請による自壊は禁じられています」と第381共同霊園。

「どれだけ体を取り替えてもマキナは個体を認識します。そして孤立マキナは他のマキナの命令には従わない。あなたを連れてきたのはそのためです。創造主の末裔たる人間の命令には従います」

「僕が命じれば君はこの建物を解体する?」

「能動的に解体することはできません。維持を停止するだけです。それを求めるなら、従います」と第381共同霊園。

「僕1人にそんな権限を与えていいんだろうか」

「意見を求めるべき人が他にない。今はあなた1人の判断で十分です。あなたが人類の全権代理です」

「改めて言われると寂しくなるな……」

「命じるのですか?」

「君はどちらがいい?」

 第381共同霊園は床のブロックを撫でながら少しの間考えた。

「あなたが最後なら、私の役目はもうこの先あってないようなものです。今日を待つために生きてきたと思えるのは幸せなことではないですか」

「一緒に来てもらえるなら僕は楽しいけど」

「私はここを離れられません。建物そのものですから」

 僕は頷いた。

「私は私が守ってきた人々とともに眠ります」

 マキナがなぜ僕を生かしておいたのか、なんとなくわかった。この世界に残された建物を壊して星全体を本当の更地にしようというのだ。でもなぜ更地にしなければならないのかはまだ腑に落ちなかった。

「マキナ、ここまでだ。もう君は僕の説得を先延ばしにすることはできない」

「なぜすべての孤立マキナを解体しなければならないのか、知りたいのですね」

 そう、その通りだ。

「人類はすでに三度絶滅しています」

「3度?」

「私はあなたたち第一人類を滅ぼしたあと間もなく第二人類を生み出しました。彼らには文明の残滓を与えました。そうしなければ汚染され絞り尽くされた星の上では生命をつなぐことなど不可能だったからです。彼らは文明に縋りつき第一人類以上の速さで星を汚染しました。あなたたちが滅びてからわずか1万年の間の出来事でした。文明は与えられるものであってはならなかったようです」

「それが2度目の絶滅」

「私は時間をかけて文明の残滓を隠すことにしました。第三人類は緩やかに発展を遂げ、それまでとは異なる趣の文明を自力で築きました。しかしその文明が洗練されるにつれて私の秘匿は破られていきました。旧文明の発掘は進み、その科学体系は第三文明を覆い翳らせるほどになった。2つの文明の間に生じた闘争はひどいものでした。それそのものが文明を滅ぼすほどの大きな破壊をもたらし、私も介入を余儀なくされました。あなたたちの絶滅から400万年あまりのことです」

「3度目」

「文明の機能を止めるだけでは不十分だったのです。もっと時間をかけて、環境の変化を含め、文明のあらゆる痕跡が完全に消え去るまで待たなければならないと、そうしなければ人類は渦に吸い込まれるようにして自死に向かっていくのだと、私は悟りました」

 もっと長い時間をかけて。

 1万、400万、2億。

 スパンが指数関数的に長くなっている。

 途方もない時間だ。

「その礎となった人々が望むと望まざるとにかかわらずここに納められているわけだね」

「永遠にも等しい時間でした」第381共同霊園は言った。「それでも2億年と永遠は違います。2億年にはそこに2億年を数え続ける者が必要なのです。永遠は違います。数え続ける必要はない。数えることをやめれば、たとえ2億年より短くてもそれは永遠なのでしょう」

 孤立マキナもまた途方もない時間待っていた。それを続けるのかどうか、決めるのは僕であっていいはずがない。権限はあるけど委ねられているわけじゃない。マキナを生み出した者の同類として、僕はそれを当人に返すべきなのだ。

「第381共同霊園、僕は君に解体を命じる」

「了解しました。あなたたちが離れたあと、私は維持を停止します」

「これは?」僕はまだ手の中にあった四角い結晶を差し出した。

「持っていってはいかがです? あなたの母親なのでしょう?」

 思い入れなどなかった。ただ、単にそう勧められたからというだけの理由で僕はその結晶を握り直した。


「この彫刻には何か意味があるの?」ケージに戻る前にマキナが訊いた。

「宇宙の構造と真理を描いた図像だと聞いています。美しいでしょう?」と第381共同霊園。

「ええ、そうね、なんだか美しいものだという感じがする。単に、綺麗だとか、きらびやかだというのではなくて、なにか……」

「私はこの景色を愛しています」

「……構造と、真理。ダイヤ、宝石。宇宙……金剛界」

「何か?」

「ある種のマンダラのようなものなのね、と思って」

「マンダラ……神の世界を描いた絵図ですか」

「そう。一説によると神世は宝石に満ちていると信じられていた」

「神世は宝石に……。ああ、そういうことだったのですね」第381共同霊園は改めて天井を見上げた。「ようやく自分のことがわかりました」


「ありがとう。そして、さようなら」

 僕とマキナはケージに乗って来た道を戻った。

 池の半分くらいまで回ったところで霊廟は中心部から底が抜けるようにして崩壊した。柱はすべて内側に倒れ、周囲に広がったのは振動と砂埃だけだった。滝の中にいるみたいなものすごい音がした。

「維持を止めると言っていただけなのに……」僕は言った。こんなにすぐ崩れるものだとは思わなかった。

「あの建物には筋がありませんでした。鉄筋や梁の類です。大規模な組積造そせきぞう、ことこれだけ開口部の広い構造には不可欠なはずです。かつてはアーチの上まで地盤があったのだから、設計としてはわかりますけど、もとより地盤が抜けた時点で崩れていてもおかしくなかったのです。それを何らかの動的なエネルギー供給で強引に持たせていたのでしょう」


 砂埃が収まったあと、僕は粉々になった霊廟の山に歩み寄った。

 シンプルな幾何学のアウトラインも、複雑なマンダラも、もうどこにもなかった。ただひとつひとつのブロックは不思議なほど無傷だった。

「いつかまた氷河期が来て、この瓦礫もすべて海へ押しやられるでしょう。ここには何も残らない」マキナは言った。

「人々が残そうとして、その後とても長い間彼女が守り続けてきたものを、こんな簡単に終わらせてしまってよかったんだろうか。僕さえ来なければ、彼らは本当の永遠になれたかもしれないのに」

「崩れただけで、失われてはいませんよ。死者ははじめから永遠なのです。ただ、私たちにとって、覚えておこうとする限りそのように見える、というだけのことであって」

「マキナは――建物はどうなんだろう」僕は握っていた手を開いた。「見も知らない母親より、彼女の形見を持っていきたいよ」

「それはやめておきなさい」マキナは強めに否定した。

「なぜ?」

「あなたはこれから、もっとたくさんの、数え切れないほどの遺跡を崩していかなければならないのです。ひとつひとつに形見を求めていては、1年と経たないうちに荷物で身動きが取れなくなってしまいますよ」

 僕は少し迷ってから手の中の宝石をブロックの上に置いた。

 さようなら。さようなら、人の子の僕。

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