第41話
満足そうに笑うサシャバル伯爵夫人とシャルルを見ながら、カトリーナは強い怒りを感じていた。
息ができなくなるような苦しみが襲う。
もう一度、サシャバル伯爵夫人がカトリーナの頬を叩こうとした際に、馬車が出発したのか大きく揺れた。
体が傾いたことで夫人が怒りを露わにする。
「まったく信じられないっ!こんな下賎な奴らが運転する馬車に乗って移動しなければならないなんて」
「それも途中まででしょう?お母様の言う通り、人生で一番嫌な体験だわ」
「シャルル、我慢なさい」
どうやらナルティスナ領では男達の馬車を使い、その後はサシャバル伯爵家の馬車で移動するようだ。
「服が汚れる」「最悪の乗り心地ね」とずっと文句を言っている。
自分達のことが気になるのか、カトリーナはどうでもよくなってしまったようだ。
(どうしてこんなことを……?クラレンス殿下はサシャバル伯爵は条件を受け入れると言っていたのに)
二人を刺激しないようにカトリーナは黙っていた。
長年、虐げられてきた経験からこのまま何かを言ったとしても暴れたとしても「生意気」「うるさい」などと言って打たれる可能性があるからだ。
数時間後、ナルティスナ領を抜けたのか、カトリーナは再び担がれるようにしてサシャバル伯爵家の馬車に投げ込まれる。
再び後ろから聞こえる金の音と「数週間、準備した甲斐があったぜ」という男達の声。
どうやらサシャバル伯爵夫人は大量の金を払ってカトリーナを誘拐する隙を狙っていたようだ。
カトリーナが考え込んでくると、後ろからシャルルとサシャバル伯爵夫人が馬車に乗り込んでくる。
「あー臭いし汚いし最悪。早くお風呂に入りたいわ」
シャルルがドレスについた土埃を払っている。
サシャバル伯爵夫人もため息を吐いて髪型を整えた後に、カトリーナの口枷を乱暴に取った。
椅子ではなく、足元にカトリーナを引き摺り下ろすと見下すようにこちらを見ている。
「本当……不愉快だわ。ナルティスナ領は何もないのね。貧乏臭い邸も使用人達もありえない。全てが最悪ね」
「……っ」
カトリーナはその言葉に腹が立ち、サシャバル伯爵夫人を思いきり睨みつけた。
フッと鼻で笑った後にサシャバル伯爵夫人に扇子で打たれる。
髪が揺れて顔面にかかってもそれを振り払うことすらできない。
「もっと最悪なのはお前だ……カトリーナ」
「…………!」
「あの女にそっくりね。奴隷の分際でいつもそうやってわたくしを睨みつけていた…………気に入らないわ」
パチンと音を立ててカトリーナの反対側の頬を叩く。
額には青筋が浮いて、ギリギリと歯を食いしばる音が聞こえた。
「あの人譲りの美しい顔もっ」
「……痛っ!」
「その目も……ッ!」
「いっ……」
「──全部ぜんぶっ、目障りなのよっ!」
サシャバル伯爵夫人はカトリーナの頬を叩き続けた。
それはあのシャルルが「お、お母様……落ち着いて」というほどだった。
口内が切れたのか、じんわりと血の味が広がった。
「どうしてかしら……こんな風に何も持っていない子が選ばれるの?」
「……?」
「わたくしより劣っているくせにッ!どうしてわたくしから全て奪うのかしら?わたくしが王妃になれるはずだったのにっ!芋臭い伯爵家の令嬢なんか選ぶなんて……っ!」
肩を大きく揺らして、鼻息荒く話している内容は明らかにシャルルやカトリーナの話ではない。
どうやらサシャバル伯爵夫人は過去のことを思い返しているようだ。
シャルルはカトリーナの顔を見て「あら、ブサイク。舞踏会にはもう出られないわね?残念~」と言って嘲笑っている。
「……こんなことをしてどうなるかわかっているのですか?」
舞踏会の前にカトリーナをナルティスナ邸から連れ去ったとしても、クラレンスが動けばすぐに見つかってしまうのではないだろうか。
真っ先に疑われるのはサシャバル伯爵夫人やシャルルだろう。
「わたくしはどうなってもいいわ。お前がいなくなればいい。お前がわたくし達よりも幸せになることだけは許されないのよ!」
「……!?」
「お母様の言う通りよ。アンタだけ幸せになるのだけは絶対に許さない。わたくし達はお前が苦しんで死んでいくのを見届けたらそれでいいの。どうせお先真っ暗だもの…………だから、最後に苦しんでから死んでちょうだい?」
シャルルとサシャバル伯爵夫人の唇は大きく歪んでいた。
サシャバル伯爵夫人とシャルルの執着が恐ろしく感じた。
(正気じゃないわ……)
カトリーナは俯いて静かになったのを見て二人は満足そうに笑っている。
二人の暴言を聞きながら、カトリーナはどうにかここから抜け出せないか考えを巡らせていた。
しかし無常にも馬車はサシャバル伯爵家へと到着する。
カトリーナが馬車の中から動かないように抵抗していると、二人はかなり苛立っているようだ。
シャルルは新しく雇ったのか侍従を呼んできた。
従者は戸惑いながらも「この方は?」と問いかける。
サシャバル伯爵夫人はカトリーナに口枷をするように指示を出してから、厳しい口調で従者に命令している。
そして暴れて抵抗するカトリーナに口枷をはめてから抱え上げる。
「この女を屋根裏部屋に運びなさい」
「……っ!?」
「あとで舞踏会に行けないようにしてやるから、覚悟しなさいよ?」
「アハハッ、いい気味だわ。ねぇ、お母様々。クラレンス殿下に見つかる前にコイツを傷物にしておきましょう」
「ああ、それがいいわね。とりあえず長い移動で疲れたわ。お風呂に入って少し休みましょう」
「お母様に賛成だわ。さっさと使えない侍女達に入浴の準備をするように言って」
「はっ、はい!」
そう言ってカトリーナは従者の男性に抱えられて屋根裏部屋へと運ばれることになった。
屋根裏部屋に向かう途中にサシャバル伯爵が酒瓶に囲まれるようにしてテーブルに突っ伏しているのが一瞬だけ見えた。
従者は二人に言われるがまま、カトリーナを屋根裏部屋に下ろす。
掃除されていないからか埃っぽい部屋の中でカトリーナは咳き込んでしまう。
侍従は困惑しながらもカトリーナの拘束は解いてくれた。
しかし外から鍵を掛けられて鎖の音が聞こえる。
足音が遠ざかり、扉を開けようとするものの固く閉ざされていて開くことはない。
何度か挑戦して叩き破ろうとしてもビクともしなかった。
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