第39話 シャルルside


「これ以上、醜態を晒すのはやめろ!引くんだ」



父の警告に耳を傾けることはない。

母はシャルルの体をつついて「いけ」と合図をする。

シャルルは母の期待に応えるために動くことを決めた。


(わたくしに会ってすぐに伯爵邸に来たってことは、わたくしに惚れたからでしょう……!?絶対にいけるのに、お父様ったらなんなの!)


シャルルの素晴らしい提案にもクラレンスは反応しない。



「よ、よろしければまた素顔を見せてくださいませ!わたくし、クラレンス殿下の全てを受け入れる覚悟はできておりますから!」


「…………」



クラレンスが何かを言いたげに唇を開いたが再び閉じる。

シャルルの言葉を否定するようにローブを深く被った。



「カトリーナは令嬢としては出来損ないですわ!きっと迷惑をかけて大変でしょう。わたくしから謝罪いたします」


「…………」


「それに、あの女よりもわたくしの方がクラレンス殿下を喜ばせられますわ」



シャルルはクラレンスの腕を掴んでから大胆にも胸を押しつけようと手を伸ばした。


(これでクラレンス殿下も落ちるはず……!今までだってそうだったもの)


しかしそれもひ弱そうな護衛の男によって阻まれてしまう。

護衛の男はシャルルに軽蔑したような眼差しを送る。

シャルルが文句を言ってやろうとした瞬間に、クラレンスの形のいい唇が僅かに動いた。



「……それ以上、口を開くな。虫唾が走る」



そう吐き捨てるように言ってクラレンスはシャルルと目を合わせることなく背を見せた。



「え……?」


「サシャバル伯爵、いい回答を待っているぞ」


「……っ」



そう言ってクラレンスはシャルルに見向きもせずに去っていった。

母もシャルルもその場に呆然として立ち尽くす。


(……なによ、今の態度。信じられない)


シャルルがこんなにも優しくしているのに、クラレンスの拒絶的な態度に怒りが湧いてくる。

それと同時にカトリーナに親切にしていた姿を思い出す。

その対応の違いにシャルルは苛立ちを隠せない。



「わたくし……頑張ったのになんで?」


「シャルル、もうやめてくれ……っ!」


「お父様が邪魔するから、クラレンス殿下が帰っちゃったじゃないのっ!」



シャルルは父に掴みかかる勢いで問いかけようとしてテーブルにある資料が目に入った。

そこにはシャルルと母の悪口がこれでもかと書かれていた。



「なによ、これ……?」


「これはカトリーナやアリーリエに関しての調書だそうだ。辞めていった侍女達がお前達の行いを全て暴露したんだ……!」


「え……?どういう、こと」


「カトリーナに関する権利を全て受け渡せと……っ!でなければっ、今すぐに」



ぐちゃぐちゃと髪をかき乱す父の震える声が耳に届く。

シャルルはすぐに縋るように母を見た。



「お母様っ!」


「どうなるっていうのよ……!そんなのは侯爵家に……っ」


「相手はベル公爵家と王家だぞ!?どう考えたって敵うわけないだろう!?」


「そんなの嘘よ……」


「嘘ではない。カトリーナはクラレンス殿下の婚約者となり、うちとの関係を断ち切る。それだけだ」


「カトリーナが、クラレンス殿下の……婚約者に?」


「ああ……カトリーナはジベル伯爵家の養子となる。同時にベル公爵の娘、アリーリエ嬢とオリバー殿下の婚約も発表されることになった」



シャルルは自分の耳を疑った。母が慌てて父に問いかける。



「そ、そんなの許されるわけないでしょう!?シャルルはどうなるのよ!?」


「どうもこうもないっ!もうシャルルの心配をしている場合などではないんだ!お前達のせいでサシャバル伯爵家は終わったも同然だ!どうしてくれるっ」


「あなたがもっとしっかり動いてくれたらこんなことにはっ」


「もう終わりだ。荷物をまとめる準備をしておけ」


「……なんですって!?嫌よっ」


「もうそんな段階ではないんだ!我々は引くしかないっ」


「どうにかしてよ!」


「無理に決まっているだろう?我々は全てを失ったんだよ!」



目の前で激しい口論が繰り広げられている。

しかし、シャルルはそんな現実を受け入れられずにいた。

ただひとつだけわかったのはカトリーナに負けた、という事実だけだった。


地べたに這いつくばって毎日毎日、奴隷のように働いていたカトリーナがクラレンスに愛されて、何故貴族の令嬢として完璧なシャルルがこんな目に遭わなければならないのか。

轟々と煮えたぎるような怒りがシャルルの感情を支配する。



「──イヤアアァァアァッ!」



けたたましい悲鳴がサシャバル伯爵邸に響き渡る。



「こんなのは嘘っ!嘘ばっかり……!違うっ、これもこれも全部間違ってる!」



シャルルはテーブルの資料をビリビリに破り捨てた。

それでも怒りが収まらない。

この現実がどうしても受け入れることができない。

父の声も母の声もシャルルの耳には届かなかった。


カトリーナがサシャバル伯爵家からいなくなってから最悪なことばかり起きる。

父は今度の舞踏会でカトリーナだけでなく、アリーリエもオリバーと婚約を発表すると言った。


つまりは普通ならばカトリーナが王家に嫁いで受けられる様々な恩恵は取り上げられる形となり、サシャバル伯爵家には醜聞だけが残る。

シャルルの嫁ぎ先はなくなり、社交界から爪弾きされて何もかも失って生きることになる。


今までシャルルがオリバーの婚約者を狙っていたのも得られるものが大きいからだ。

シャルルは全て失ってしまう。

それだけは絶対に防がなければならない。


もうアリーリエなどどうでもいい。

カトリーナは……カトリーナだけはシャルルよりも幸せになることだけは絶対に許されない。


父は大量の酒瓶を持ってフラフラと歩きながら書斎にこもってしまった。

シャルルは放心状態で何かをブツブツと呟いている母に声をかける。



「ねぇ……お母様」


「……」


「あの女を消せばいいんじゃない?そしたらわたくしが身代わりになれるわ!クラレンス殿下の元に嫁げるわよね?」


「あの女を、消す……」



母は一瞬だけ表情を強張らせたが、すぐに真っ赤な唇を歪めた。



「…………そうね。そうしましょう」


「わたくしにいい考えがあるの……!」


「聞かせてちょうだい」



この日、深夜まで蝋燭の明かりは灯り続けた。


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