第38話 シャルルside


クラレンスさえ手に入れてしまえば名誉も回復できるし、ベル公爵とアリーリエに復讐だって簡単だ。


(ああ、楽しみ……あの女がわたくしより愛されるわけないじゃない。みんなわたくしを選ぶ。当たり前のことよ)


馬車に揺られている間、シャルルはずっとクラレンスと過ごせる夢のような日々について考えていた。


サシャバル伯爵邸について、すぐに父に相談した。

カトリーナの話をすると一瞬だけ、苦い表情を作ってからすぐに「詳しく話してくれ」と言った。

シャルルは興奮しながらもクラレンスの魅力について語っていた。


人間離れした美しい容姿、圧倒的な魔法の力と王家の権力。

黒いローブを取った彼は今まで出会った中の誰よりも魅力的に思えた。

それに何故あんなデタラメな噂が流れたかは知らないが、クラレンスの容姿と力を知れば皆が驚くはずだ。

シャルルがクラレンスの横を歩けば羨望の眼差しを得られるに違いない。



「わたくし、ナルティスナ領に行きたいわ!今からでも遅くないはずよ」


「…………」


「本当はわたくしが行く予定だったんだもの!半年は過ぎちゃったけど今度はわたくしがクラレンス殿下の元へ行くわっ!」



シャルルがそう訴えかけると父は難しい顔をしながらも首を縦に振った。

母より少し厳しいが父はシャルルの願いを叶えてくれなかったことはない。

今回も絶対に要求が通ると確信していた。



「……わかった。そのように打診してみよう。その代わり、カトリーナの籍をサシャバル伯爵家から抜けと言っていたが、カトリーナはこのままサシャバル伯爵家の娘として籍を残す。伯爵家の後継を産んでもらわねばならないからな」


「わたくしがクラレンス殿下と結婚さえできれば、あとはどうでもいいわ。あの女はお父様の好きにしたら?」


「ならわたくしもシャルルと共にナルティスナ領へと向かうわ。そう伝えてちょうだい」


「お母様……!ついてきてくださるのね!わたくし一人では心細かったの。ありがとう」


「もちろんよ、シャルル!」



シャルルは母に抱きついて喜んでいた。

正直、一人では心細かったのだが、母がいたら心強い。

あとは父がクラレンスに打診するだけ……そう思っていたシャルルの予想とは違うことが起こる。


次の日、侍女に起こされたシャルルは不機嫌になりながらも起き上がる。



「なんなのよっ……!わたくしに指図しないでっ」



シャルルが近くにあった水差しを放り投げると、ガチャンと大きな音を立てて割れてしまう。

侍女は怯えたように「ひっ……」と声を上げた。

しかし何故か部屋を出て行こうとしない。



「どういうつもり……?お前はこの水差しのようになりたいの!?」


「あっ、あの……旦那様と奥様がっ」


「お父様とお母様がなに……!?くだらないことを言ったら、その顔面を叩き潰すわよ?」


「クラレンス殿下がいらっしゃっているから早く準備をするように、と……」



頭を押さえながら震える侍女の姿を見ながらシャルルはもう一度問いかけた。



「なんですって……?今、クラレンス殿下と言ったの?」


「は、はい!」



シャルルは聞き間違えでないことに気づいて、すぐにベッドから足を下ろして侍女を怒鳴りつけた。



「さっさと準備をしてちょうだい!」


「……えっ」


「──モタモタしないでッ!」



侍女はフラフラと立ち上がると鏡台の椅子を引いた。

シャルルは座り、侍女が気に入らないことをするたびに引っ叩きながらも準備を済ませた。



「次から覚えておきなさい……!」



以前ならばカトリーナを含めてシャルルの準備はあっという間に終わったのに、今日は使えない侍女が一人しかおらず倍以上の時間がかかってしまった。


シャルルがクラレンスが待っているサロンへと向かった。

笑顔の母が扉の前で待機している。

シャルルの身なりをチェックして「シャルル、美しいわ」と満足気に微笑んだ。

使えない侍女の話をすると、母は侍女を睨みつけながら「……きつい罰を与えないとね」と呟いた。

侍女はガクガクと震えていたが、あの様子だとすぐにやめてしまうため気遣う必要もないだろう。


扉を開くと城下町にいた時とは違い、全身真っ黒なローブに包まれているクラレンスが父と話している姿があった。

クラレンスはテーブルいっぱいに資料を広げて指さしている。


父は何故か震えているように見える。

部屋に入ると肌を刺すようなひんやりとした冷たい空気に身震いした。


以前はクラレンスの隣にはカトリーナがいたが、今日はいない。

そもそも奴隷のように育ってきたカトリーナとクラレンスがともにいること自体がおかしいのだ。

シャルルは今日は着飾って、あの店にいる時よりもずっとずっと美しい。

自信満々なシャルルはドレスの裾を掴んで挨拶をする。



「ごきげんよう、クラレンス殿下」


「…………」



クレランスはシャルルに視線を送ることなく、こちらの存在を無視して父と話している。

無愛想なクレランスにめげることなく、シャルルは笑顔のまま椅子に腰掛ける。



「今日はどのような用件でしょうか?」


「……サシャバル伯爵に話はしてある。そろそろ失礼する」


「待ってくださいませ、クレランス殿下……!わたくしと少し話をしませんか?」



スッと空気が寒くなったような気がしたが、シャルルはそれに気づくことはない。

シャルルが手を伸ばして腕を掴もうとすると、これ以上近づけないようにかクラレンスが手を前に出す。

店で手を凍らされた痛みを思い出してシャルルは無意識に腕を引いた。



「これ以上、近づけばあの時のように氷漬けにする。今度は片腕だけではすまないぞ?」


「……っ、嫌ですわ!ク、クラレンス殿下ってば冗談ばっかり」


「シャルル、もうやめてくれ……!」



父の顔は真っ青だった。

小さく呟いた声はシャルルに聞こえない。

シャルルはこのチャンスを逃したくなかった。



「今日はお話しがあるんです!あの女……カトリーナがナルティスナ領に行ったのは間違いで、本当はわたくしが行く予定だったのですよ!?」


「……!」


「そこで提案なのですが、わたくしとカトリーナを交換するのはいかがでしょうか?以前、会った時からクラレンス殿下のこと、いいなって思ったんです!だから、わたくしを代わりにクラレンス殿下のお側にいさせてください」


「──黙れ、シャルルッ!」


「なに?黙るのはお父様の方よ!わたくしはクラレンス殿下とお話ししているの。あとはお母様と数人の侍女も一緒に連れて行ってもいいでしょうか?」

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