最終章

第37話 シャルルside


シャルルはサシャバル伯爵邸に帰ってきても呆然としたまま動けなかった。

気分転換に王都に買い物に行ったシャルルがたまたま入った店にいた分不相応な女。

シャルルはどこかの使用人がプレゼントを買っているとしか思わなかったが、母がカトリーナだと気がついたのだ。


まず、ナルティスナ領にいるはずのカトリーナが王都にいることを疑問に思った。

しかし母の『見捨てられた』という言葉を聞いてすぐに状況を理解する。

カトリーナは呪われた王子に捨てられて、使用人としてどこかに身を寄せているのではないかと。


(あーあ、かわいそうに……どこにいっても捨てられちゃうの)


しかしそう思うのと同時に、あることが頭によぎる。

それは再びカトリーナをサシャバル伯爵家に戻して、扱き使うというものだった。

入っても入っても、すぐやめていく侍女達。


八つ当たりも満足にできない生活はシャルルにとって大きなストレスだった。

カトリーナが帰ってくれば仕事も押しつけられるしストレス発散もできる。

また毎日顔を合わせることになるが、使えない侍女よりもカトリーナを呼び戻して楽をすることでシャルルの頭がいっぱいになった。


(なんていい考えなんでしょう……!)


どうやら母も同じ考えだったらしい。

カトリーナの仕事の邪魔して、クビになるように仕向ける。

行く場所がなくなったカトリーナをサシャバル伯爵邸に連れ戻せばいい。

しかしカトリーナはあろうことかシャルル達に歯向かってきたのだ。


生意気なカトリーナに仕置きをしようとすると、店内は凍えてしまいそうなほどに冷たくなっていく。

カトリーナを掴んでいた手が氷漬けになって、シャルルはパニックになっていた。

何が起きたかわからないままシャルルは母に助けを求めるが無視されてしまう。


なんとかテーブルに氷を叩きつけて割ったが、肌は引き裂かれるようにビリビリと痛んだ。


(なに!? 何が起こったの……?)


この不思議な力をシャルルは何度か目にしたことがある。

第二王子であるオリバーが炎の魔法を使っている姿と重なった。


そして真っ白な肌に空色の髪は今まで見たことがないほどに美しく神々しい。

ディープブルーの瞳は鋭くこちらを睨みつけている。

その瞬間、シャルルの胸が大きく高鳴った。

運命の相手がシャルルの前に現れたのだと思った。


(なんて……っ、なんて美しい人なの!)


しかし『クラレンス殿下』という名前を聞いて愕然とする。

カトリーナを守るように肩を寄せている。


(どうして……?あの女に!?)


呪われた王子、クラレンスには悪い噂がいつもあった。

幼い頃から黒いローブを被っており、呪いを振り撒いている。

それはそれは醜い顔を隠していると言われていたのに……。


(あれがクラレンス、殿下……?)


だが、実際は醜いとは言い難く、眩いほどに美しい彼に釘付けになっていた。

そしてカトリーナがまだナルティスナ領にいるのだと気づくのと同時に、もしもという考えが頭をよぎる。


(もし、わたくしがナルティスナ邸に行儀見習いに言っていたら……クラレンス殿下と結ばれていたということ?)


そう思うとシャルルの心の中に後悔が押し寄せる。

こんなにかっこいいと知っていたら、シャルルは自分から進んでクラレンスの元に行っただろう。


しかし母とシャルルを取り囲んだ尖った氷。

それはオリバーよりもずっとずっと大きい力なのだと本能的に理解することができた。


(オリバー殿下よりも上の存在がこの国にいたなんて!欲しい……!クラレンス殿下が欲しいわ)


シャルルはクラレンスに夢中になった。

何よりクラレンスを手に入れることができればアリーリエと、あの憎きベル公爵を見返すことができる。


(わたくしがクラレンス殿下に愛されるべき……!そうだわ!きっと、そうなる運命なのよっ)


カトリーナが愛されるわけがない。シャルルこそ愛されるべき存在なのだ。

それが覆されることは許されない。

シャルルはカトリーナと共にクラレンスが出て行った扉をずっと見つめていた。


店内にやって来たのは貧乏くさい地味な侍女とひ弱そうな護衛だった。

二人は血走った目でこちらを睨みつけている。

先程、シャルルに噛みついてきた店員も気に入らない。



「なんなのよ、その目はっ!身の程を知りなさい」



シャルルの言葉にも動じることはなく、軽蔑するような眼差しを向けてくる。不愉快だった。

文句を言ってやろうとした時に母の制止が入り、そのまま店から出て馬車に乗り込もうとした時だった。


王家の馬車並みに豪華な馬車が向かいの道に停まっている。

その中には寄り添うクラレンスとカトリーナの姿があった。

シャルルが怒りからワナワナと震えていると母が低い声で「乗りなさい」と呟いた。


シャルルは馬車に乗りながらも「絶対に自分の方がクラレンスに相応しい!」と訴えかけている。



「お母様っ、わたくしの方がクラレンス殿下に相応しいと思うの!」


「…………そうね」


「呪われているなんて嘘だったのよ!あんなに美しい方だって知っていたら、わたくしがナルティスナ領に行ったのに……!あんな役立たずにも優しくするくらいだもの。きっといい方なのよっ」


「…………」


「それにあの力を見たでしょう!?クラレンス殿下の力はオリバー殿下よりもずっと強いわ!わたくしが嫁いだらきっと喜んで下さる……!だってわたくしの方がこんなにも美しいんだもの!クラレンス殿下に相応しいわ!あんな屋根裏のネズミみたいな女……あの方に触れてはいけないのよ!」


「シャルルの言う通りだわ」


「ふふっ、お母様なら絶対にそう言ってくれると思ったわ!すぐにでもお父様に相談して……」



そう言おうとしてシャルルは思わず口を閉じた。

母が千切れそうなほどに唇を噛んでいる。

手のひらにはつめが食い込んで白くなっていた。



「あの女の子供が……わたくしの子供より愛されるわけがないっ!愛されるべきではないのよ?」


「お、お母様……?」



シャルルの問いかけも聞こえないのか「絶対に許さない」と、何度も呟いていた。

しかしシャルルは母の怒りの理由が全てカトリーナにあることはわかっていた。



「あの女とわたくしを交換すればいいの……!そうすればクラレンス殿下はわたくしのものでしょう?」

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