第36話




「カトリーナ様からもらったストールを一生、大切にしますからぁ!」


「そ、そんなに大したものでは……!」


「いいえ!わたしはカトリーナ様の気持ちが嬉しいのです」



そのままニナと話しながらゆっくりと部屋で過ごさせてもらい、休息を取ったカトリーナは皆のおかげで次の日には体調が戻っていた。


そしてニナと共に謁見の準備を行う。

はじめてドレスを着たカトリーナは暫く放心状態だった。

ニナが「美しすぎます……!」と興奮気味に言っている。

クラレンスも「綺麗だ」と言ってくれたことにカトリーナは嬉しくて頬を染めた。

二人で顔を真っ赤にして口ごもりながら国王達の元へ挨拶に向かった。


震える手でドレスの裾を持って挨拶をしたカトリーナに対して国王、王妃、オリバーは笑顔で迎えてくれた。



「カトリーナ、よくきてくれた」


「ありがとうございます。国王陛下」



国王の声にカトリーナはピンと背筋を伸ばした。



「正式の場ではない。普段通りでよい」


「そうだよ。リラックスして」



カトリーナは国王とオリバーの声にこわばっていた体の力を抜いた。



「まぁ……!今日も可愛いわね、カトリーナ」


「王妃陛下……お久しぶりです!」


「カトリーナとまた会えてとっても嬉しいわ。カトリーナのために買ったドレスがたくさんあるの!あとでニナと選んでね」


「はい……ありがとうございます」



以前、会った時と同じでおっとりとした雰囲気にカトリーナの緊張は解けていく。

そんな時、国王がカトリーナに問いかける。



「クラレンスからカトリーナとの結婚を考えていると聞いたが、カトリーナの気持ちを聞きたい」


「はい、陛下。クラレンス殿下は……私にはもったいないくらい素敵な方です」


「ほう……」


「とても優しくて、私を心配して気遣ってくださいます。何も持ってなかった私にたくさんのものを与えてくれました。深く感謝しています」


「…………」


「クラレンス殿下がいなければ、私はこんな風に笑えませんでした。いつも手を握ってくれたり、髪を撫でてくれたり、綺麗な魔法を見せてくれたり……。一緒にいると心がポカポカと温かくなるんです」



カトリーナはクラレンスを見て微笑んだ。

クラレンスと共にいると自然と笑顔になる。

彼の真っ白な肌がほんのりと色づいているような気がした。


王妃は「まぁ…!」と、嬉しそうに手を合わせいる。

国王は何度も何度も頷いてカトリーナの話を聞いていたが、ふと、カトリーナに問いかける。



「それは本当に〝クラレンス〟の話か?」


「え……?」


「誰の話をしているのか、わからないくらいの変化に疑ってしまった」



スッと無表情に戻るクラレンスの体から冷気が出ている。

カトリーナが袖を引くと、クラレンスはいつものように戻る。

三人はそれを見て目を丸くしていた。

けれどカトリーナには、クラレンスの変化を喜んでいるように見えた。


暫く談笑した後に、話は伯爵家のことへと移る。



「シャルル・サシャバルはアリーリエ・ベルに危害を加えた。その他にも悪質な嫌がらせを令嬢達に繰り返していたそうだ」



シャルルの名前にカトリーナは肩を揺らした。

どうやらシャルルはサシャバル伯爵邸内だけでなく、外でもカトリーナのような被害者はいたらしい。



「本来はシャルル・サシャバルがナルティスナ領に行儀見習いとして向かう予定だった。反省の様子が見られなければクラレンスが容赦なく罰を下しただろう」



本来はシャルルがナルティスナ領へ向かう予定だったことはカトリーナも知っている。

カトリーナは身代わりだということも。



「しかしサシャバル伯爵はシャルル・サシャバルの代わりにカトリーナ・サシャバルとしてカトリーナをサシャバル伯爵家の娘としてナルティスナ領に送った」


「……はい」


「しかしサシャバル伯爵家の娘と曖昧な返事をしたことにより、彼らに逃げる隙を与えてしまった。カトリーナの存在を我々は知らなかったからだ。つめが甘かったと反省している。だがこうしてカトリーナとクラレンスが出会い、愛を育むきっかけになったことには感謝せねばな」



確かにこの件がなければ、カトリーナは今もサシャバル伯爵邸で毎日毎日、つらい労働を強いられていただろう。



「今は邸で大人しくしているかと思いきや、まさか王都で呑気に買い物をしているとは……。ワシももう呆れて言葉が出てこない」



カトリーナは自分の手のひらをギュッと握ると、クラレンスが「大丈夫」だと言うように、カトリーナの肩に手を添えた。



「今回、オリバーとアリーリエの婚約も発表したいと思っていたのたが、アリーリエはシャルルが再び社交界に出てくる事実を知った。再びオリバーの婚約者の座を長年に渡り狙っていたシャルルの暴挙に怯えておる」


「……!」



どうやらシャルルはオリバーに好かれるどころか、嫌われているようだ。

オリバーは国王の言葉に眉を寄せている。

ずっと想いを寄せていたアリーリエを傷つけられて許せない思いでいっぱいだとオリバーは語った。



「そしてカトリーナ、今まで辛い目にあったのだと報告を受けている。今、クラレンスの婚約を発表すれば彼らはまた頭を使いカトリーナを利用しようとするだろう」


「……っ」


「クラレンスはそれを避けたいそうだ。サシャバル伯爵家に恩恵を与えぬように。また罰を与える前に、カトリーナをサシャバル伯爵家の籍から抜く手続きを行わねばならぬ」


「…………!」



続いてクラレンスが口を開く。



「カトリーナが今まで受けてきた痛みを考えるだけで怒りで頭がおかしくなりそうだ。今後、関わらせたくない。このままだと後々、しがみついてきそうで厄介だからな」


「……はい」



そしてクラレンスは今からサシャバル伯爵邸に向かい、伯爵と話してカトリーナの籍を抜くように進言するそうだ。


カトリーナはクラレンスが伯爵邸に向かうと聞いて心臓がドキリと跳ねた。

クラレンスはカトリーナを安心させるように手を取ると、反対側の手で優しくカトリーナの頬を撫でる。



「大丈夫だ。カトリーナは安全な場所で待っていてくれ」


「……クラレンス殿下」


「二度とカトリーナに辛い思いはさせない」



カトリーナはクラレンスの力強い言葉に頷くことしかできなかった。

しかしシャルルやサシャバル伯爵夫人の顔を思い出して、大きな不安が過ぎる。


(このまま、何もありませんように……)


カトリーナは祈るような思いでクラレンスとトーマスを見送った。

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