第35話
「その反応は期待してもいいか?少しでも俺に気持ちがあると思ってもいいのだろうか」
カトリーナはクラレンスの問いかけに素直に頷いた。
「カトリーナを幸せにしたい。いや……幸せにする」
「……!」
「カトリーナを守るためにも、その手続きをしたい。だから俺の手を取ってはくれないか?」
カトリーナはクラレンスの伸ばされた手を取ろうとして、手を止めた。
大きな不安が頭をよぎる。
クラレンスがカトリーナのことを調べたというならば、全てを知っているはずだ。
今まで貴族の令嬢として、シャルルのように育っていないカトリーナがこの国の第一王子であるクラレンスと釣り合うはずがない……そう思ってしまう。
「本当に……私でいいのでしょうか?」
「……」
「クラレンス殿下は知っていると思いますが、私は……クラレンス殿下の側にいられるような人間ではありません」
「何故だ」
「生まれも育ちもよくありません。クラレンス殿下には相応しくないと……そう思うのです」
もしカトリーナがシャルルのように育っていたのなら、こんな風に悩まずに済んだのだろうか。
堂々と隣に立つことができたなら、どんなによかっただろう。
カトリーナは、はじめてシャルルが羨ましいと感じた。
「相応しいかどうかは俺が決める。周りは関係ない」
「…………!」
「俺がカトリーナがいいと思った」
クラレンスのその言葉はカトリーナの全てを肯定しているような気がした。
カトリーナの瞳からポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちる。
悲しい、苦しい、辛い……そんな気持ちでしか今まで泣いたことはなかったのに、今は嬉しくて涙が溢れてくるのだ。
最近は泣くことすらできなくなっていたのに、カトリーナは喜びや嬉しさの感情が押し出されるような気がした。
クラレンスの言葉がカトリーナに光を与えてくれる。
クラレンスはカトリーナの頬を両手で包み込むように触れた。
視界が涙で滲んでいく。
「泣きたい時には泣けばいい。辛い時は辛いと言ってくれ」
「……っ!」
「俺の前では笑っていて欲しい」
カトリーナの心の中で、ずっと押さえ込んでいた気持ちが湧き上がる。
鼻の奥がツンとして目頭が熱くなっていく。
抑えなければいけない……そう思っているのに、もう止められることができなかった。
カトリーナはクラレンスに手を伸ばしながら思いきり声を上げて涙を流す。
クラレンスは静かにカトリーナを抱きしめ続けた。
今まで溜め込み続けた苦しみや思いが涙や声と共に流れていく。
否定されて、蔑ろにされ続けても声を押し殺していた。
けれど、クラレンスはそんなカトリーナの小さな声に耳を傾けてくれた。
ずっとカトリーナに優しい言葉をかけ続けてくれた。
「これからは泣いてもいい。怒ったっていい……もう押さえ込む必要はないんだ」
「っ、うぅ……!」
「カトリーナの側には俺がいる」
クラレンスに甘えるようにしてカトリーナは泣いていた。
彼は怒ることもなく、ただ静かに寄り添い続けてくれる。
どのくらい時間が経ったのだろうか。
カトリーナは羞恥心に蝕まれているのとクラレンスから離れるタイミングがわからなくなっていた。
今までは一瞬だけ肌が触れることはあっても、ここまで長い時間に人と触れたことはない。
心臓は跳ねるように激しく動いている。
するとクラレンスは手袋を取ると、カトリーナを向かい合いように座り直させた。
クラレンスの顔が目の前にあり、恥ずかしさから視線を逸らす。
すると目元を隠すようにクラレンスの両手が覆い被さった。
ひんやりと冷たい手のひらが熱を持った目元を塞いだ。
「……冷たい」
「これで目元の腫れも取れるだろう」
「はい……ありがとうございます」
「あぁ」
「クラレンス殿下と出会えて、本当に幸せです」
カトリーナはクラレンスの手首に手を添えた。
クラレンスの顔が真っ赤になっていたとも知らずに……。
「父上と母上に愛する人ができたと、伝えてもいいか?」
「……はい」
「カトリーナを婚約者とする前に、サシャバル伯爵家とカトリーナとの繋がりを断ち切る。その前に彼らには今までの罰を受けてもらわなければならない」
「…………!」
カトリーナはクラレンスの言葉に大きく目を見開いた。
「本音を言えば、今すぐに消してしまいたいくらいだ。もうカトリーナを傷つけたくはない。だが、然るべき手順で二度とカトリーナの前に顔を出せないようにしなければならない」
「……!」
「今度の舞踏会までには決着を着けようと思う。それまでにカトリーナにまた辛い思いをさせてしまうことがあるかもしれない」
今もシャルルとサシャバル伯爵夫人のことを思い出すだけで恐怖で体が震えそうになる。
しかし、その反面で打ち勝ちたいと思う自分がいる。
(もうあの人達に負けたくない……!)
クラレンスがカトリーナのために動いてくれるのならば、その気持ちに応えたいと思った。
「私は大丈夫です」
「だが、今日のように体調を崩してしまったらと思うと……俺は今度こそ怒りで頭がおかしくなりそうだ」
クラレンスは手のひらを強く握り込んでいる。
拳はブルブルと震えていてカトリーナのために怒ってくれていると思うと嬉しくなった。
カトリーナには心強い味方がいる。それだけで強くなれるような気がした。
「確かにあの日々のことを思い出すと言葉が出ません。ですが過去を捨てて前に進みたいと強く思います」
「……!」
クラレンスは「わかった。無理だけはしないでくれ」と言った後に、これからどうしていくのかを話してくれた。
「本当に……そんなことが?」
「ああ、そうしていきたい」
「……」
「俺と結婚することによって、カトリーナを虐げていたサシャバル伯爵家に恩恵を与えたくないんだ」
クラレンスの言葉からカトリーナを大切に思ってくれることが伝わった。
「今日はゆっくり休んでくれ」
クラレンスの言葉にカトリーナは頷いた。
その後、入れ替わるように入ってきたニナとトーマス。
ニナは泣いていたのか瞳は真っ赤になって、肩は揺れている。
その手にはカトリーナがプレゼントしようと思っていたオレンジ色のストールが手に握られていた。
トーマスはゴーンと色違いの靴下を大切そうに持っている。
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