第5話
「シャルル、大丈夫なの……?」
「ふふっ、あはは……!どうして気づかなかったのかしら。わたくし、とってもいいこと思いついたわ」
「急にどうしたの?」
「サシャバル伯爵家の娘が行けば、お母様とお父様は国王陛下から怒られないんでしょう?」
「そうよ。だけどサシャバル伯爵家の娘はあなたしかいないのよ?だから困っているんじゃない」
「そう……でもそうじゃないのよ!」
「シャルル……?」
その言葉に周囲は首を傾げている。
しかしシャルルは気にすることなく腕をスッと上げて、ある場所に指をさす。
指のさす場所……カトリーナに視線が集まった。
「──この女を身代わりにすればいいのよっ!」
「身代わり……!?」
「何を言っているんだ!この子は……っ!」
「だってコイツはお父様の血を引いてるサシャバル伯爵家の〝娘〟なんでしょう?」
「……!」
ニタリと笑ったシャルルの言葉を聞いてカトリーナは不安から胸元で手を握った。
身代わりにするとは、シャルルの代わりに〝サシャバル伯爵家の娘〟として辺境の地に向かわせるということだろうか。
カトリーナの心臓はうるさいほどにドキドキと音を立てていた。
カトリーナは使用人として、使用人以下の生活を強いられてきた。
今更、サシャバル伯爵家の令嬢として、行儀見習いに行くなどありえないと思っていた。
しかしそんなカトリーナの予想に反して、サシャバル伯爵夫人の真っ赤な唇が歪んでいた。
「ああ、シャルル!それはとってもいいアイディアだわ。これなら王命に逆らったことにもならないし、シャルルは今まで通りにここに、わたくし達の側にいられる……最高だわ」
「ふふっ、そうでしょう?この子なら呪い殺されたって惜しくない」
「その通りだわ」
「そしたらあのクソ女、アリーリエもベル公爵も出し抜けて最高だわ……!そうしましょう、お母様」
「えぇ、そうね!それがいいわ」
サシャバル伯爵夫人とシャルルを見て呆然としていると、サシャバル伯爵が声を上げる。
「辺境の地に行ったものは皆、耐えられずに逃げ出すか、追い返されるという噂だぞ!?呪われた醜い王子……側にいれば魔法で殺されるに違いないっ」
「……!」
「だから何?知らないわ。それに追いかえされたっていいじゃない」
「そうよ、お父様。お前が追い返されたって野垂れ死ぬだけでしょう?のこのこと帰ってきたって、ここには居場所はないと思った方がいいわ!」
サシャバル伯爵夫人とシャルルの言葉にカトリーナは俯くことしかできなかった。
しかしサシャバル伯爵は納得いかないのか声を上げる。
「令嬢としてのマナーも振る舞いも何も知らないんだぞ!不敬と難癖をつけられたら……?サシャバル伯爵家の名前に傷がつくことだけは避けなければならないっ!」
どうやらカトリーナを身を案じての言葉などではなく、伯爵家の心配をしているだけなのようだ。
期待しても無駄だとわかっていたはずなのにカトリーナの胸はまだ痛む。
カトリーナは眉を顰めてグッと乾いた唇を噛んだ。
「どうせ死ぬんだからどうでもいいじゃない」
「お母様の言う通りよ!誰にも愛されずに極寒の地で野垂れ死ぬなんて……アンタにお似合いのいい最期ね。ウフフ」
「サシャバル伯爵家の家名に傷をつけたくないんだ!わかるだろう!?」
「あなたは何を言っているのか、わかっているのかしら?シャルルが大事じゃないのっ!?」
「大事に決まっている……!」
「だったら期限の一カ月までにマナーでもなんでも叩き込めばいいでしょう!?サシャバル伯爵家の評判なんてシャルルがオリバー殿下と婚約すればあっという間に元通りだわ!」
「いい加減に現実を見てくれ……!これ以上、ベル公爵を怒らせたくはない!」
「あなたがもっと協力してくれたら絶対に上手くいくわ!」
言い争う二人の声をどこか他人事のように聞いていた。
シャルルをどうしてもオリバーとの婚約者に押し上げたい。
王族と繋がりを持ちたいと思っているサシャバル伯爵夫人は、自分が王太子と結婚したいという夢を破れて伯爵家に嫁いだことを不満に思っている。
だからこそシャルルに自分が叶えられなかった夢を叶えさせようと必死なのだと侍女達が「シャルルお嬢様には無理よ」「全て無駄なのにね」と、馬鹿にするように話していた。
サシャバル伯爵夫人とは真逆で伯爵は安定を望んでいる。
本来ならば婿をもらい、シャルルと結婚させて跡を継いでもらいたい。
一度伯爵家が傾き危機感を持っているからこそ、そういう考えなのだろう。
二人の意見は対立していて、どちらも譲るつもりはない。
しかし社交界には今、シャルルの悪い噂ばかりが流れていく。
夫人はシャルルを可愛がりすぎて現実が見えていない。
サシャバル伯爵は立場的に夫人に強くは出られない。
サシャバル伯爵家の評判を落としたくないが、どうすることもできずに現実から逃げるように酒ばかり飲んでいる。
それに加えて自分の不貞行為のせいでカトリーナが生まれたことでサシャバル伯爵は随分と肩身の狭い思いをしている。
そんな影響から伯爵と夫人の間には二人目の子供を授かることはなかった。
カトリーナのこともあり、誓約書を書かされてもし二度目にこのようなことが起これば夫人の生家に全ての権利を渡さなければならないのだと侍女達が楽しそうに噂しているのを聞いたことがあった。
今はサシャバル伯爵家はなんとか立て直したが、当時は借金まみれ。
侯爵家から多額の援助を受けておりサシャバル伯爵は従うしかなかった。
他で子供を作ることもできずに板挟み状態。
遠縁から男児の養子を取ろうとしても、夫人とシャルルが反対したため、何一つ思い通りにならないことにサシャバル伯爵は大きな不満を感じていた。
サシャバル伯爵夫人とシャルルはやりたい放題というわけだ。
「コイツにシャルルのお下がりのマナー本を渡してちょうだい。期限の一カ月で全てを覚えるのよ?でなければ、キツイ罰を与えるから」
「…………っ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます