第4話


そしてシャルルが十六歳になった時のこと。

どうやらシャルルはパーティーでオリバーの婚約者候補で公爵令嬢であるアリーリエ・ベルに危害を加えたことで、ベル公爵の怒りを買ってしまう。

その行いをオリバーにも見られて、シャルルはパーティーで大失態を犯した。

 

ベル公爵から圧力がかかり、サシャバル伯爵家は追い詰められていく。

サシャバル伯爵夫人とシャルルは邸内で荒れており、ひどい有様だった。


サシャバル伯爵は益々、酒に溺れるようになる。

一度、泥酔したサシャバル伯爵は母の名前を呼びながらカトリーナに迫ってきたことがあった。

押し倒されそうになったカトリーナは全身にゾワリと鳥肌が立ち、サシャバル伯爵を蹴り飛ばしてから屋根裏部屋に逃げ込んだ。

その日は恐ろしくて眠れなかった。あの大きな手を思い出すたびに恐怖で震えてしまう。


次の日、サシャバル伯爵は何も覚えていないのかいつものようにカトリーナの隣を何事もなかったかのように通り過ぎていく。

カトリーナはその日からサシャバル伯爵から距離を取るようになった。


侍女達は機嫌の悪い夫人達の世話をしたくないのかカトリーナに仕事を代わって欲しいと擦り寄ってくる。

カトリーナも今はあの二人に近づきたくないと思っていたが生きていくため、仕方なく虐げられながらも二人の世話をしていた。


そんな時、シャルルの元に王家から封筒が届いた。

シャルルは「オリバー殿下からの婚約の申し出かしら」と喜んでいたがカトリーナでさえ、いい知らせではなく悪い知らせなのではと思った。

手紙に書かれていたのは、もちろんオリバーからの婚約の申し出ではなくシャルルにとっては地獄のような宣告だった。


ベル公爵がアリウーダ国王に働きかけたのか『娘をクレランスの元に送り、行儀見習いとして働かせるように』と手紙には書かれていたそうだ。

どうやらベル公爵はアリーリエのために邪魔なシャルルを辺境の地に飛ばす選択をしたらしい。

本来ならば第一王子の元に行儀見習いとなれば良縁も望めるようにも聞こえるが、極寒の辺境で呪われた王子となれば話は別。

最早シャルルを社交界から追放と言っているようなものだろう。


もうシャルルはオリバーに近づけないどころか、暫くは婚約者を探すことも満足にできはしない。

それを見たサシャバル伯爵夫人とシャルルは顔を真っ青にして焦っていた。

サシャバル伯爵夫人が手塩にかけて大切に育ててきたシャルルを手放すことなど考えられないだろう。

シャルルは手紙を握りながら、力いっぱいテーブルを叩く。



「あの女っ、あのクソ女……!絶対に許さないわ。わたくしを追放しようとするなんて!呪われた王子の元に行くなんて絶対に嫌だわ。お父様、どうにかしてよっ!」


「ちょっとあなた、聞いているの!?酒ばかり飲んでないで、たまには役に立ちなさいよっ……!」


「この紋章が見えないのか!?国王からの直々の手紙だぞ!?どうにかできるわけないだろう……!君の実家に言ったらどうなんだっ」


「もう言ったわ!けれど相手がベル公爵ならば話は別だと言って取り合ってくれなかったのよ!」



二人の罵り合いはどんどんと激しくなっていく。

そんな中、シャルルは一人でブツブツと呟きながら首を横に振っている。



「わたくしは悪くない……!あの性悪女がわたくしの邪魔をしたのっ!わたくしは悪くないんだからっ」



シャルルはいつものように癇癪を起こして泣き叫んでいる。

ひたすら自分の無実を訴えるシャルルを見たサシャバル伯爵夫人は両手を広げてシャルルを抱きしめた。

そしてカトリーナの前とは別人のようにシャルルに優しく声をかけている。



「シャルル、わたくしはちゃんとわかっているわ。悪いのはベル公爵の娘、アリーリエの方に決まっているの。まったく公爵家ともあろうものが品性を疑うわね。わたくし達がどうにかしてみせるから、あなたはなにも心配しなくていいのよ……!」


「お母様、ありがとう!やっぱりわたくしのお母様は最高よ」



カトリーナはそんな会話を聞き流しながら、サシャバル伯爵夫人に『今日の仕事を終えて屋根裏部屋に戻っていい』と言われるのを部屋の隅で待っていた。


(今日はとても疲れた。早く屋根裏部屋に帰って、本の続きを読みたい)


カトリーナは薄汚れた服の裾をギュッと掴んで待っていた。

先程、全ての雑用を終えたカトリーナは食事の許可をもらい夜の食事をもらうのだ。

サシャバル伯爵夫人の許可がなければ何も与えてもらえない。


一日中、働いていたカトリーナはお腹が空いて仕方なかった。

あまりものではあったが、子供の時とは違ってカビも生えてないし固くもない。

お腹いっぱいとまではいかないが、カトリーナにとっては十分な食事だ。


早朝から休む間もなく働きっぱなしで、疲れからかカトリーナを眠気が襲う。

しかし三人の話し合いはなかなか終わることはない。

これにはサシャバル伯爵もお手上げ状態で「酒を持ってこい」と侍女に命令している。

それにはサシャバル伯爵夫人も声を荒げている。

他の侍女達も巻き込まれたくないのか大人しくしている。



「本当に腹立つわっ!あの女、アリーリエこそ寂れた辺境の地に行って呪われた醜い王子と結婚すればいいのよ!あの女を身代わりにしっ……」


「シャルル、落ち着いて。大丈夫だから!」


「……みが、わり」


「シャルル……?」


「サシャバル伯爵家の娘……娘ならいいのかしら?ウフフ…………それって」


「シャルル、大丈夫なの?しっかりして」



先程まであんなに騒いでシャルルがピタリと動きを止めて笑っている。

小さな声で何かをブツブツと呟いているがシャルルの血走った赤い瞳の視線の先に、カトリーナがいることに気づいて眠気が冷めるのと同時に嫌な予感を感じていた。

母が死んだ時、サシャバル伯爵夫人の真っ赤な唇が弧を描いたのと同じようにシャルルの口角がキュッと上がる。

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