第3話
いつもお腹が空いていたカトリーナは仕事をして、侍女達から少しの食べ物をもらっていた。
哀れみが込められた視線を感じながら、そこで初めてカトリーナは優しさに触れたような気がした。
そんなカトリーナを見て、いつも馬鹿にするように笑っている少女がいた。
それがサシャバル伯爵と夫人の愛娘、シャルル・サシャバルだった。
今まではサシャバル伯爵夫人にカトリーナ達の前に行くのを禁じられていたらしい。
穢らわしいから近づくな、と。
シャルルはカトリーナを蔑むような目でいつも見ている。
カトリーナを見る目はサシャバル伯爵夫人と同じだと思った。
カトリーナは間近でシャルルを見るようになり、思ったことがあった。
シャルルは両親に愛されて望まれて生まれてきたのだと、それだけは理解できた。
カトリーナはシャルルを別次元の人間として見ていた。
美しいドレスもアクセサリーも美味しそうな食事も全てはシャルルのもの。
シャルルは輝かしい黄金の髪に夫人と同じ宝石のような真っ赤な瞳を持つ少女で、吊り目なところや気の強そうな部分がサシャバル伯爵夫人によく似ているような気がした。
一方、カトリーナは母が死んでから顔を見せることを禁じられていたため、前が見えないほどに伸ばした前髪でピンクブラウンの瞳を見えないようにしていた。
手入れしていないボサボサなホワイトベージュの髪は絡んでひどいことになっているため、いつも適当な紐でまとめていた。
シャルルはサシャバル伯爵夫人と同じようにカトリーナを扱っていた。
掃除、洗濯、雑用、繕い物、馬の世話……朝早くから晩までずっと働いて、仕事が終わらなければ食事を抜かれてしまう。
母と同じように細くなっていく手足。
自分も母のようになるかと思うと少しだけ怖かった。
しかし食事が何日も抜かれた日は、何故か屋根裏部屋に真新しい果物が置いてあった。
(誰がこんなことを……?)
それと侍女達の仕事を肩代わりすることでカトリーナはなんとか食い繋いでいた。
シャルルは甘やかされて育ったせいか、気に入らないと癇癪を起こして他の侍女達をよく困らせている。
我儘がひどくて嫌になると他の侍女がいつも言っていた。
次第に他の侍女達からシャルルの世話をお願いされるようになる。
シャルルは輝きを放ち、カトリーナはいつも薄汚れていた。
シャルルの口癖はいつも同じで『わたくしの元にはいつか王子様が迎えに来るのよ!』と、自信満々に言っているシャルルを見て、カトリーナは本当にそうなるのだと思っていた。
シャルルは自分との扱いの差を見せつけるためにカトリーナを側に置くようになる。
見窄らしいカトリーナを見てはいつも「穢らわしい」と嗤っては満足そうにしている。
カトリーナは仕事が終わり屋根裏部屋へと戻り、ホッと息を吐き出した。
屋根裏には何年経っても本は読みきれないほどに置いてある。
ここに戻り体を休めながら本を読む時間が唯一の癒しだった。
全て古い本だったが狭い世界で生きているカトリーナにとって、新しい知識は価値があるものだ。
邸で働いていると大変なことばかりだが侍女達の話を聞いたり、カトリーナに自慢するように社交界がどうだったかを話しているのを聞きながら、カトリーナが知らない広い外の世界があるのだと思った。
その中でもやはり王族は特別だとシャルルは話していた。
この国はアリウーダ王国というらしい。
海に面しており、大国ではあるが大きな争いがなく平和。
何故ならば王族が強大な力をもって国を守っており、他国の侵略を防いでいるから。
この国を建国したのが偉大な魔導師で、その血を引いている王族は代々、不思議な魔法と呼ばれる力を使うことができる。
この国は今、二人の王子がいる。
第一王子クラレンスと第二王子のオリバー。
今は第二王子であるオリバーが国の顔となり表舞台に立っているのだとシャルルが頬を赤らめながら語っていた。
本来ならば王太子になるはずだったクラレンスは呪われた王子と呼ばれ、国から追い出されて辺境に住んでいるそうだ。
その詳しい理由は明かされていないが、彼は王家から見捨てられた王子として役立たずなのだとシャルルが吐き捨てるように言った。
周りにいる人々を殺してしまうほどに強い力を持っている。
周囲に影響を及ぼしてしてしまうとか、あまりにも醜いため、いつも黒のローブを被っており辺境の地に隔離されていると聞いた。
王都と辺境の地はかなり離れていて、一年通して温かく気候がいい王都とは違い、辺境の地はかなり寒いようだ。
そしてシャルルはオリバーと結婚するの予定なのだと高らかに宣言していた。
オリバー・ディウロ・アリウーダは太陽のようなオレンジ色の髪と光のような金色の瞳は令嬢達からの憧れの的。
現国王と同じ、炎を操る力を持つそうだ。
彼が王位を継げば国は安泰だと言われている。
サシャバル伯爵夫人はシャルルをオリバーの婚約者として押し上げようと全力を尽くしていた。
『シャルル、あなたは誰よりも美しいわ』
それがサシャバル伯爵夫人の口癖だった。
根回しから、シャルルへの投資を惜しみなく行っているのだが、この頃になるとシャルルは気に入らないことがあると、カトリーナの元にきては嫌がらせをするようになった。
ストレスをぶつけるように暴言を吐いて、物を投げて当たり散らしている。
何も反応をしないのをいいことに、シャルルの嫌がらせはヒートアップしていくがカトリーナは抵抗する術を知らないままだ。
「フフッ、あなたはいらない子なの。あの女と一緒ね」
「……」
「なんとか言いなさいよ。本当、つまらないわ」
その言葉はカトリーナの動かなくなった感情を揺さぶった。
そんな反応を返せばシャルルの思う壺だとわかっているのに、悔しくてたまらなかった。
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