第3話 お帰り

 放課後になり、彩華は教師に言われていた資料を運ぶために一人廊下を歩いていた。

 音楽室を通りかかると、優しい調べが聞こえてくる。

 ふと彩華が音楽室を覗いてみると、一人の少女が切れのある動きをしながらダンスの練習をしていた。

 少女は、小夜子だ。

 彩華は思わず見入ってしまう。

 彼女は真剣な表情をして踊っている。

 その姿はとても美しかった。

 小夜子がしているのは、社交ダンスの単独練習だ。

(小夜ちゃん。まだ社交ダンスを続けてたんだ……)

 彩華は懐かしい気分になる。

 昔はよく一緒に遊んでいたが、彩華は小学6年を境に、小夜子の前から姿を消した。

(もう会えないと思ってたけど……)

 こうしてまた会うことができて嬉しいと思う彩華だったが、もう4年もの歳月が経っており、彩華も大人になっている。

 だから、今更会ったところで何を話していいか分からなかった。

 彩華は複雑な心境になっていた。

 彩華は気付かれないように、そっと離れようとすると、小夜子がバランスを崩して床に倒れ込む。

 彩華は思わず飛び出していた。

「小夜ちゃん! 大丈夫!?」

 彩華は慌てて、助け起こす。

 小夜子と目が合った瞬間、彩華はドキッとした。

 あの頃の幼い印象とは違い、とても美しくなっていたからだ。

 まるで、お姫様のようなオーラを放っているように感じられた。

「彩華……」

 小夜子に名前を呼ばれ、彩華は思わず赤面してしまう。

 すぐにハッとして、彩華は冷静さを装う。

 彩華は、なるべく平静を保ちながら言葉を口にする。

 それは照れ隠しでもあった。昔のことを思い出すと恥ずかしくなるからだ。

「ごめんなさい。大丈夫ですか柊先輩?」

 彩華は、そう言いながら手を差し出す。

 すると、小夜子は一瞬戸惑ったが、ゆっくりと手を握り返してくる。

 その手がとても温かくて柔らかくて、思わず彩華はドギマギしてしまった。

 そんな彩華の様子を見て、小夜子はクスッと笑う。

 その笑顔はとても綺麗で可愛くて魅力的で、彩華は見惚れてしまった。

「そんな他人行儀な呼び名じゃなくて、昔みたいに呼んでほしいな。だって私たちでしょ」

 そう言って小夜子は、再び微笑む。

 彩華は恥ずかしくなり俯きながら答える。

「じゃあ、小夜ちゃんで……」

 すると小夜子は満足げに笑みを浮かべる。

 そんな小夜子を見て彩華は思う。

(やっぱり、この人は私の憧れの人なんだ)

 彩華は改めて実感する。自分にとって小夜子の存在は特別なのだ。

「小夜ちゃんごめん。今朝、私、小夜ちゃんだって気が付かなくって、突き飛ばしちゃって……」

 彩華は申し訳なさそうに言う。

 すると小夜子は首を横に振る。

 気にしていないといった様子だった。

 彩華はホッとする。

「4年ぶりだものね。でも、私は彩華を見てすぐに分かったわよ」

 小夜子はそう言って優しく微笑みかけてくれる。

 彩華は嬉しくなった。

「それって、どういう意味。私、全然成長してないのかな?」

 彩華は少し不安になって訊ねる。

 すると小夜子はすぐに否定してくれた。

「違うの。彩華は変わった。すごく素敵になった。だから驚いたの。まさかこんなに美人さんになるとは思わなかったから……」

 小夜子に褒められて彩華は嬉しくて舞い上がりそうになる。

 小夜子は立ち上がろうとする。

「大丈夫。脚、捻ってたりしない?」

 彩華は心配そうな顔をして小夜子を支える。

「ん。ちょっと捻ったかな。でも、大したことないと思う。それよりも……」

 小夜子の言葉に彩華は耳を傾ける。

 小夜子の声は少し震えているようだった。

 何か言おうとしている。

 しかし、なかなか口にすることができないでいた。

 彩華は急かすことなく、じっと待ってあげることにした。

 やがて小夜子は大きく深呼吸すると、彩華を真っ直ぐに見つめて言った。

 小夜子は彩華の手を取り引き寄せると、そのままギュッと抱きしめてきた。

 彩華は突然の出来事に驚き、身動きが取れなくなってしまう。

 小夜子は、そのまま彩華を強く抱きしめたまま、しばらく何も言わずにいたが、やがて口を開くと告げた。

「お帰り、彩華」

 小夜子のその一言を聞いて、彩華の目には涙が溢れ出した。

(ずっと待っていたんだ)

 彩華は心の中で呟く。

 そして自分も同じ気持ちだったことを伝えたかった。

 だから、こう答えたのだ。

 彩華は泣き笑いしながら言葉を返した。

「忘れていて、ごめん。ただいま、小夜ちゃん」

 二人は、4年ぶりの再会を喜び合うかのように、しばらくの間、強く抱きしめ合っていた。

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