第21話

 戦場には娯楽が溢れている。

 奪い、殺し、嗤い、嘲り、貪る。

 財を得るのも、立ち位置を高めるのにも、気に食わない誰かをぶち殺すのにも、戦場ほど効率が良い場所は無い。

 あくまで、勝ち馬に乗れたらの話だが。


 そういう意味では、甘い判断で砦から飛び出してきた者達を追い回すのは中々に良い娯楽だった。


 砦からも既に離れ、寂れた村落の畑を踏み荒らし、逃げる兵士へ矢を射掛ける。


「おいおい当てろって、下手くそ」

「うるっせえ! 草が邪魔なんだよ!」


 元は砦攻略用の投石器を破壊しようと飛び出してきた者達だ。

 計画性の感じられない突出は呆気無く制圧され、しばらく前まで砦に引き篭もる者達へのご機嫌伺いに使われていた。

 つまり、城壁からの矢が届かない場所で延々と追い回され、見殺しにするのか腰抜け共と、盛大に嗤い続けていたのだ。

 何人かは釣れたが、存外に締める者が居たらしく、すぐに効果は無くなった。

 組み上がった投石器が早々に城壁の一部を崩すことに成功すると、本隊は前進を始め、用済みとなった彼らは戦い慣れしていない若者らの玩具とされた。


「西方の騎士ってのは化け物みたいな奴も居るって話だったけど、まだ出てこないのかねえ」

「ああっ、はやくやりあってみたいぜ。ここらの連中は相手にもならないからな、こんなんじゃ名も上がらない」


 逃げる兵士は十名ほど。

 武器を落とした者も居るが、まだ槍を手にしたままの者も居る。

 油断すれば危険な状況ではあったが、短弓を手に騎馬を駆る彼らにとっては脚の遅い分、狩りよりも楽だと感じていた。

 反撃を狙って寄せてきても、馬の脚には及ばない。

 距離を取り、弓を射掛け、一人ひとり削って、さあもっと抵抗して見せろよと嘲笑う。

 限界を超えて追われ続けた彼らの足取りは怪しく、狭まった視野の裏から接近して馬に蹴らせた時などは歓声が上がった。


 また一人、力尽きて倒れた者が出た。

 砦が包囲されてから丸二日、休む間もなく追われているのだから当然だ。


 そうして置き去りにされた者を彼らは簡単には殺さなかった。


「ほーらほらァ! 仲間を助けに来いって!! ここまで一緒に頑張ってきた仲だろお!? どうすんだよコレさあ!」


 弱者をいたぶる、最高の娯楽を前に男達の表情が歪んでいった。


    ※   ※   ※


 取り囲み、槍で突き、馬に踏ませて大笑い。

 助けに行けば弓での斉射が待っている。

 掻い潜ったとして散会し、また絶望の逃亡劇が始まるだけ。


 槍を手にしていた男は明滅する視界の中でどうにか己を支え、悲鳴を上げる仲間を見た。


 助けられない。

 だが、最早生き残ることも叶わない。

 今この一瞬を生きたいと逃げ続けてきたが、掛かる恐怖と怒りに耐え兼ねて叫びをあげる。気付けば彼の脚は無謀な突撃を始めてしまっていた。

 錯乱にも近かったことだろう。

 槍を振り上げ走る姿は、訓練時とは違ってあまりにも不格好で。


 そんな彼の頭上を何かが飛び越えていった。


 真っ赤な髪が尾を引いて、火の玉でも飛び出してきたのかと思った。

 そうして振り向いた先、馬上で悠々と構えていた筈の敵が一人、手槍に腹を貫かれて落馬していくのが見えた。


 火の玉は物凄い速度で円を描き、慌てて射掛けられた矢の全てを置き去りにした。


「っ、今だ!! 行くぞォ……!!」


 敵の目は反対側に向いている。

 いつしか脚を止めていた生き残り達へ激を飛ばし、男もまた槍を手に突撃した。


 あげた声に釣られた者は、反対側から投げ付けられた短剣で頭部を貫かれ落ちていく。

 混乱のまま逃げ出した騎馬も駆ける火の玉を振り切ることが出来ず、放った矢を掻い潜られて飛び上がったソレに突き飛ばされる。

 男達も最後の気力を振り絞って戦った。

 投げた槍の一つが馬を貫き、落馬した者へ一斉に飛び掛かる。

 射掛けられた矢に絶命する者も居たが、奪った弓で反撃し、捕らえた敵を盾に守りを固める。

 そうしている間に片っ端から敵を落として回っていた火の玉が迫るのを見るや、最後の一騎が背を向け、逃げ切れず叩き落された。


 瞬く間の出来事だった。


 まずは敵の始末と落馬して悶絶している者達を殺して回っていた彼らは、突如として現れた味方らしき何者かがすでに居ないことに気付いた。

 礼の一つも言いたかったが、状況が切迫していることは誰もが分かっている。


「……っ、皆疲れているだろうが聞いてくれ! 奪った馬で敵に奇襲を仕掛けたい。あの投石器をそのままにはしておけないと、皆分かっている筈だ!!」


 奪った食料で補給をし、僅かな休息の後、彼らは再び戦場に立った。


    ※   ※   ※


 砦の混乱は包囲から二日が経過した今も続いていた。

 潜入していた敵は非常に優秀で、総指揮官であるガーラルド=ベレフェスを始め、従士長などの主だった者達を悉く死亡か負傷へと追い込んでいた。

 そこへ輪を掛けて混乱を招いたのは、有事に備えて呼び寄せていた騎士達だった。

 現場の主導権を争い、指揮も放り出したまま言い争いを始めたのだ。

 彼らを諫めることの出来る砦主は倒れた。

 約定によりガーラルドには従うとしていた騎士達も、階級の劣る壁外民に指示されては反発もする。

 結果状況を取り纏めることになったのは、成人したばかりで実戦経験の無い従士の青年だった。


 内部で暴れる蟲の駆除こそ終わったものの、今度は壁に穴が開き、居館を始めとした各所に大岩が降り注いでくる。

 明らかに新米指揮官で捌けるような状況では無かった。

 更に現場の熟練兵士らが独自の判断を始め、それは大いに戦線の維持には貢献していたが、組織だった動きを始めるのが遅れる原因ともなった。


 未だ内部に潜入者が居る可能性も考えなければならないのに、人手が不足し過ぎていて伝令すら儘ならない。


 だから、居館が崩れるかもしれないと表に出てきたレイナは、彼女付きであった、いつも部屋の前で見張りをしてくれている男を現場へ送り込んだ。


 当時はまだ投石の数も少なかった。

 なのに半日が経過しても見張りの男は戻って来れず、食事もないまま座り込んでいたレイナは、翌朝からの猛攻撃が始まるや恐怖に包まれることとなったのだ。


 彼女は目が見えない。

 慣れた日常の中ですら、時折自分の居場所が分からなくなることもある。

 それが、降り注ぐ大岩で破壊され、怒声と共に人の行き交う場所へ放り出されれば、周囲の状況を掴むことさえ儘ならない。

 どうにか寄り添えた城壁も、すぐ頭上が崩れかかっていることにすら気付けない。

 祖父は死んだ。

 そんなことを誰かが叫んで通り過ぎていった。

 事実なのか、混乱の中で生み出された噂なのかは分からない。

 正常な情報の行き来が滞っている時に限って、不安を煽る様な事ばかり率先して広めたがる者はどこにでも居るものだ。

 育った恐怖と不安に益々レイナは身を縮め、いつかのように震えていた。

 大岩がどこかにぶつかる度、誰かが近くを通る度、それが更に大きくなる。止めようとしても駄目だった。手が震え、腕に異様なほど力が入り、呼吸すら上手く出来ない。駆ける足音の主、それが自分を連れ去る異民族であるのか、今も戦う味方であるのかすら彼女には見えないのだ。


 見張りの男を行かせるべきではなかった。

 アルのように笑って、アルのように強気な事を言って背を押したが、彼女のような勇気から来ている結果ではないとレイナは把握している。

 不安のあまり自身の見栄を悔い始めた十歳の少女は、こぼれる涙を拭いつつ、暗闇の中で永遠にも思える恐怖に苛まれていた。


「誰かぁ……」


 頭に浮かぶ、顔の分かる人々。

 あるいは普段接している、声の分かる誰か。

 いつも通りの何かに触れれば助かる気がした。

 けれど戦火に晒された砦の中では破壊の音と怒声とか飛び交うばかり。

 誰かの目に留まることはあっても、今まさに攻め寄せる敵に呑み込まれ、自身とその家族らが殺されるかもしれない場面で、役立たずの不具を気に掛ける者は周囲に居なかった。


「助けてぇ……っ」


 なのに言葉は止まらない。

 暗闇の景色に平穏はない。

 争いに包まれて、泣きじゃくる少女は誰かを頼る以外に術を知らなかった。


 けれどその時、背を預ける壁向こうから突き抜ける様な赤ん坊の泣き声があがった。


 思わず涙も止まり、壁越しの声を聞くレイナだったが、母親が居ないのか、混乱の中で死亡したのか、誰一人寄り添おうとはしない。


 泣き続ける赤ん坊の声を聞きながら、彼女はふと浮かんだ考えに顔を引き攣らせた。


 無理だ。


 考えたその場で諦める。

 この混乱した砦の中で、投石によって何がどうなっているかも分からない建物の中を目も見えず歩いて行くなど自殺行為だ。

 自分でも何故そんな思考が働いたのかが分からず首を振る。

 その先で浮かび上がるのは、レイナにとっての『眩しい』少女の顔だ。


 彼女なら迷わない。

 彼女なら無理でもやる。

 失敗することの方がずっと多いとレイナは知っているけれど、その勇気に焼かれた日を想い、けれど掛かる怒声にまた身を縮こまらせた。


 赤ん坊が泣いている。


 そんな、戦局には何一つ貢献しないだろう些細な出来事を前に、レイナの葛藤は続いた。


 無理だ。

 失敗する。

 思い、なのに。


 震えながらも立ち上がった。

 けれど、そこからまた一歩も踏み出せずに居た時に、それは来た。


「ぁ――――――――――――」


 声が聞こえた。

 暗闇の中を行き交う怒声ではなく、それを照らしてくれる誰かの声。

 例え深い穴の底へ落ちたとて、聞き間違える筈のない、彼女の声が確かに聞こえた。


『大丈夫』『もうちょっとだけ頑張って』『必ず』『助けを呼んでくるから』


 レイナはアルがどんな仕事をしているのかを知らない。

 一番最初に現れた、最も温厚で、けれど戦士とは程遠かった騎士の元で冬一杯何かをしていたらしいとだけ。

 だからこの言葉を聞いたとして、信頼に足る根拠など無かった。

 あの真っ赤な髪をした、動かない脚にも腐らず、どんな相手にだって立ち向かっていける友人が声を掛けてくれた。

 ようやく差し込んだ光の中で、明日の景色も見えないまま、けれど彼女は一歩を踏み出した。


 この、戦局には何一つ寄与しないだろう、ただ歩いて赤ん坊の元へ向かうだけという、ささやかな戦いへと。


 騎士の娘レイナ=ベレフェスは身を投じていったのだった。


    ※   ※   ※


 包囲を続ける軍勢の後輩から謎の声が放たれた。

 敵の援軍か、取りこぼした獲物か、内容も聞き取れないながらも一部の騎馬隊が現地を確認しに丘を登ったが、強く焼けた肌を持つ男が全員を呼び留めた。


「あれは無理だ。追い付けん」


 見て取れたのは赤い髪だけだ。

 起伏を巧みに使い、誘う様に姿を見せたかと思えばいずこかへと消え去る。

 迂闊に追えば奇襲を受ける可能性も高く、馬の脚では追いかけるのが精一杯。


「東から来たのを見たという者もおりますが、友軍では?」

 勝ち戦が見え始めているからか、気の抜けたことを言う氏族の若者に彼は落胆した。

「あの動きを見んかったのか。あれは土地の者だ。大地の起伏一つ一つをしっかり把握し、こちらを誘っておる」


 一部には周辺の地図を作っていた氏族も居るらしいが、それを見たとしてあそこまで見事な経路を生み出すことは彼ら遊牧民には不可能だ。

 馬での移動が念頭にある以上、隠れ潜むより速力で追いつくか、逃げ切るかを考える。

 まして些細な起伏を生かして丘上からの視線を巧みに遮ってくるなど、並大抵のことではない。


「七年ほど前か、ああいう動きには覚えがある」

「……あぁ、確か一人の男を取り逃して、奇襲が失敗したとかいう」

「不用意に追いかけた者の悉くが罠に嵌められた。アレはその男よりも遥かに脚が早く、狡猾だ」


 過去へ想いを馳せ、手痛い記憶を呼び覚ましていた男は僅かに唸った後に決断した。


「氏族を纏めよ。これより我らは南へ抜け、出来得る限りの略奪を行った後、退却する」


 この決定に反発したのは若者達だ。

 彼らからすれば、ようやくやってきた名を上げる好機。

 略奪や娯楽以上に、噂に聞く騎士との戦いを楽しみにする者も居た。

 仮に一人二人抜けられて、壁の向こうから騎士が大挙してやってくるとしても、戦い抜くだけの覚悟を決めている。


「分からんか。ロアドの連中がこの戦場へ現れない理由。人の転化などという禁忌に手を染めてまでラディックの用意した手駒も、ともすればアレに討ち取られたのやも知れん。我らも相応の策を以って戦いへ挑んでいるが、敵側も襲撃を読んでか様々な策を巡らせていたということよ。どちらにせよ、既に戦場には良からぬ風が吹いている。主流に乗ったまま挑めば、逃げる脚とて絡めとられよう」


 そうして戦いへ参加する息子らの中で、最も年下である少年へ馬を寄せた男は硬く大きな手を彼の頭へ乗せた。


「お前の持ち帰ってくれた成果を生かせんのは口惜しいがな、レナード」


「……父上、では、せめてこの周辺で自由に行動する許可を」


「ならん。まだなんぞ潜んでいるやも知れん土地だ。お前は兄らと共に駆け、戦場の空気を存分に知るが良い」


 まだも何かを言いたそうなレナードを意識から切り離し、他の息子らを呼び集めて方針を伝える。

 最後に、丘の上から見えた赤い髪の何者かを思い、ベレス氏の氏族長は顎髭へと手をやった。

 今最も状況を把握しているのは誰か。

 これから何が起き、誰が勝利し、誰が死ぬか。

 逃げる脚を絡め取ってくるのは敵だけとは限らない。

 略奪は息子らに任せ、それらを誘導するのも悪くないかと、歴戦の男は薄く笑った。


    ※   ※   ※


 襲撃当初、ラウロは任務で砦の外へ出ていた。

 行軍訓練とあって装備は実戦仕様。

 手持ちの食料は一日程度だったが、量を減せば三日は持つ。

 主塔の鐘が落ちた時点で砦の跳ね橋は上げられ、東に迫る異民族を見た。


 敵に背を向けるのは戦士として最大の恥だ。


 けれど、腕っぷしが自慢の小僧にとって、その決断をするのは難しくなかった。

 彼とてアルの父親のことは知っている。物心付く前とあって人物像は知らないが、砦に籠もって敵を迎え撃つ以上に重要な役割を果たした村の英雄だ。


 まず近隣の狼煙台を確認しに向かった。

 そこはどうやってか敵に占拠されており、彼はここでも懸命に身を引いて更に奥へと進んでいった。

 二つ目の狼煙台も占拠されていたことでラウロはもう近寄ることを諦め、一直線に壁へ援軍を求めに行くことを決めた。


 反発はあったが、彼なりによく仲間を纏めた。

 けれど、新米ばかりの従士見習い達は狡猾になり切れず、足跡を追われて敵に発見されてしまったのだ。


 状態としては村落で追い回されていた男達にも似ているが、万が一を排除したい敵の攻撃は苛烈だった。


 一人欠け、また一人欠け、戦意も気力も充溢しているとは言い難い十歳ばかりの少年らは瞬く間に瓦解していった。


「っっっ、くそったれの異民族が!!」


 そんな中でもラウロは生き残っていた。

 森へ入り、罠を仕掛け、油断し切って単独行動を取る敵騎兵の胸を槍で貫く。

 騎馬を駆るには森へ行け。

 散々教えられてきたことだ。

 木々の少ない森とはいえ、弓を射掛けるには遮蔽物が多く、場所を選べば馬が通れるほどの素直な道はとても少なくなる。

 経路を絞れば少ない時間で仕掛けた罠も機能する。

 警戒して脚を止めたなら、慣れ切った森の中、樹上を巧みに移動してきた子どもらの餌食だ。

 あるいは茂みに隠れて背後から。

 奪った短弓は少年らにとって非常に扱いやすい大きさだった。

 慣れない武器では駆ける騎馬を射貫くことも難しいが、槍ほどの距離ならば不可能でもない。

 そうして森へ誘い込んで刈り取っていったラウロ達へ、敵は数を絞った少数精鋭で臨むことにした。


 ある者は風で身を隠す落ち葉を吹き飛ばし、ある者は地面を変化させて呑み込ませ、ある者は恐ろしいほどの膂力で木々を薙ぎ払ってラウロ達を追い詰めた。

 精霊を身に宿し、魔法を扱えるほどの者は少年達の中には居ない。

 常識の通用しなくなった戦場で彼らは必死に足掻き、けれど追い詰められていった。


「姑息なれど中々に見事な足掻きだった。少年よ、我らの氏族へ来る気は無いかい? 力と意思ある者を我らは歓迎している」


 先ほどまで破裂音を伴った意味の分からない言葉を発していた者が、不意にラウロへ話し掛けてきた。

 獣の奇声にすら思えていたものが、自分達のそれと同じ言語であると遅れながら気付いた彼は僅かに呆けて敵を見上げた。


 幾分掘りの薄く見える男は、真っ黒な髪を頭上で纏め、一見すると靴にも思える様な冠でそれを留めていた。

 纏う衣服もラウロの知るものとは違い、羽織った布を身体の前で重ね合わせ、帯を巻いている。


 異民族、と一纏めにしてきた者が、そうではないと知り、だからどうしたと混乱の中で言葉を反芻した。


「っ、ふざけんな!! 誰がお前らなんか!!」


「はは! 分からんでもない。だが命を懸けてまで故郷に拘ることもあるまい。世にはお前の知らぬものがごまんとあるぞ。それを経験もせぬまま死ぬのは勿体なかろうて」


 どうやら本気でラウロを誘っているらしいが、既に多くの仲間を殺されていて彼が頷く筈もない。


 会話しているのも不愉快だと、奪った短弓で矢を放つが、巻き上げられた風に乗って呆気無く逸れていく。


「まあ意地を張るならばそれもまた戦場の習いよ。骸を晒し、烏に目玉でもくれてやるが良い」


 突風が来る。

 森の中にあって立っていることも儘ならないほどの風がラウロの身を煽り、周囲に潜んでいた仲間諸共吹き飛ばそうとする。


 けれどそこへ介入するものがあった。


「ふむ」


 飛来した短剣を幅広の曲刀で打ち払い、迫る赤い髪の何者かに足先を向ける。

 相手はその時点で踏み込むのは危険と判断したのだろう、大きく切り返して距離を取り、別方向で暴れていた大男を拾った剣で一突きにした。

 けれど、背中から胸を貫かれて尚も大男は動き、剣を捻り上げようとするその者を掴むと強引に放り投げた。


「歓迎しよう、新手の者よ」


 着地に合わせて風が送られ、周囲の木々に無数の太刀傷が走る。

 ただ吹き抜けるだけのものではない。

 晒されればあの小さな身体など簡単に切り刻まれるだろう。

 だから人影は高く飛び上がって風を越え、拾った枝で冠の男へ強襲する。


「っははは!! まるで獣のようじゃないか!」


 最初から仕留めるのは無理だと考えていたのだろう、少女は腕ほどもある枝を打ち付けながらも払い除ける力へ逆らわず、身を回して男の背後へ回った。


 すなわち、ラウロの元へと跳んでくる。


「っっ、アル!?」


 赤い髪の少女は滑るようにして彼の隣へ並び、大きく息を吐く。


「ラウロ」

「!? お、おう!? お前っ、その、その脚!?」

「生き残ってるのはここに居るだけ? あっちは死んじゃってた」


 驚きも、混乱も、その質問の前には掻き消された。


「……そうだ。もう、こっちの奴しか生き残ってない」


 仮にとはいえ、命を預かる立場だった。

 自分が方針を定め、指示を出した結果だ。

 相手が強かっただの、方法が無かっただの、そんな言葉に意味はない。


 仲間の死は、すべからく指揮官が背負うもの。


 そんなラウロの悔恨を聞きながら、アルの決断は早かった。


「逃げるよ」

 動く脚への質問さえ儘ならず。

「どうやって」

 届かなかった少年はただ目の前の言葉に応じていく。


「焼き払う」


 言葉通りに、掌から赤色を生み出したアルが地面へそれを叩きつけ、目の前の景色全てが焼かれた。

 何か、固い結晶の砕ける音を聞きながら、ラウロは燃え盛る炎に圧倒され、息を詰めた。


 そして、


「お、おいっ!?」


 重たい音に目を向ければ、この信じ難い景色を生み出した張本人のアルが、糸の切れた人形みたいに倒れ伏していた。


「くそっ! なんなんだよお前は!! おいっ、逃げるぞ皆!!」


 担ぎ上げ、炎を背に少年らは森を駆け抜けていった。





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