第1話
「
ある時突然そういわれ、心の中を言い当てられたと感じるほどには、
それから少し意識して、二人きりでよく飲みに行くようになって。
やっぱりあの時のドキリとした胸の高鳴りを幾度も思い返してみると、それは確かに、言い訳のしようもないくらい、私は茉莉さんのことが好きなのだろう。
恋愛関係……のような、意味として。
ただやっぱり、ときおり茉莉さんの言うことは突拍子もないと感じることも多かった。
私にはもっと輝けるような才能が有って、今の職場じゃないところで活躍できるとか。いっそ資格を取って、別の仕事を始めてみたらとか。それは茉莉さんなりに、今の仕事に悩んでいる後輩を励まそうとしていたのかもしれない。
でもその私には上手くいかない職場のなかで、現に活躍している彼女にそれを言われても、あまり自分の中でいいふうには受け取れなかった。
ただし私があの日真剣に、今の仕事を辞めて地元に帰るという相談を持ち掛けた時、それを否定するでもなく賛成してくれるでもなくしばし考え……
「ねえ、今度私の奥さんたちに会ってくれない?」
と言ったとき、ほんとうに驚くというより、ただ困惑したことを覚えている。
***
「自慢じゃないけど、結構いいお家よ。私たちが住むようになって、離れを建て替えたんだけど。まあ、土地余りの時代だし、義父さんたちは結構自由にさせてくれて」
「はあ……」
茉莉さんと、そのお家のお嬢さん。そしてあと二人の方の同性での多人数婚。なんというか、他の国の出来事を聞いているみたいな気分である。
「まあ、まだちょっと不安かな? でも真由美ちゃんもきっと気に入るよ、みんないい人たちだから」
***
「彼女がもともとこの家の娘で、私の奥さんの
「えっと……葵です」
「均です」
「仁奈子です。よろしくね、
「はい。よ、よろしくお願いします」
眼鏡をかけ髪を後ろに束ねた葵さんと、その両脇に座る、年配のご夫婦。葵さんも均さんもすこし緊張した面持ちだが、母親の仁奈子さんはにこやかだ。
「それから、こちらも私の奥さんの、
「司です。どうぞ、よろしく」
「あ、はい。よろしく」
そこから少し間を開けて、細身のシャツを着てベリーショートの髪形をした司さん。
「で、最後。私の奥さんの
「……よろしく」
「…………ん」
「よ、よろしくおねがいします」
文さんは長いウェーブのかかった綺麗な髪で、ひたいが高く鼻筋の通った知的な美人という感じ。修二さんは身体が悪いのか、杖をもって車いすに。この文さんの父というには、もう一回りお年を召した感じがあった。
「えっと……じゃあ、ちょっと聞いてみたいんですけど」
「えっ……あ、はい」
「ねえ。会社での茉莉ちゃんって、どんな感じ?」
「か、会社での茉莉さん……ですか?」
「会社での茉莉さん……茉莉先輩は、ほんとにすごく有能な方で、課でも一目置かれてます。私は、頼りになる先輩として……」
「ほら、言ってるでしょ? 私だって、職場じゃちゃんとしてるんだから?」
すると茉莉さんが口を出し、葵さんに自慢する。
「ほんとう、真由美さん? もしかして、怖い先輩に脅されてない?」
「ええ? そんなことないですよ!?」
「ごめんごめん。うん。私は真由美ちゃん、いいと思うよ?」
「えっ……?」
「でしょ? 私の目に狂いはないから」
と、こちらではなぜか一気に話が進んでいる。
「――ねえ、なに? じゃあ、誰も反対しないワケ?」
と、そこでずっとしかめ面をしていた文さんが、突然立ち上がり声をあげる。
「だったら、私は反対。ねえ、茉莉……アンタこれ以上家族増やして、いったい何がしたいわけ?」
「え? なにって……そりゃあ、家族が増えるのはうれしいでしょ?」
それは文さんの質問に対して、答えているような、答えになっていないような。
「……文の言うとおりだわ。こんなもん!」
と、そこで今まで一言もしゃべらなかった、文さんの父の修二さん。
「いったい、お前たちは結婚をなんだと思っとる? こんな女ばっかで家族だのなんだの言って、よそ様の家に住み込んで……」
「ちょっと! 父さん、怒鳴らないで!」
「はあ? ワシは怒鳴ってなんかおらんわ!」
この場ではおそらく一番年長だが、修二さんはなんともパワフルな大声で、娘の文さんにも怒鳴り返す。
「はあ……とにかく、私は反対。今はそれだけ……」
そう言うと文さんは肩を降ろして修二さんの後ろに回り、車いすのハンドルに手を掛ける。
「おい! またお前はそうやって、ワシをのけ者にするつもりか!? お前らいい大人同士、もっとちゃんと将来のことを……」
そしてそのまま修二さんの車いすを押し、奥の部屋へと連れて行ってしまった。
「……なんか、変な空気になっちゃってゴメンね? 真由美ちゃん」
「いえ、私は……べつに」
私からは、何とも言えなかった。
茉莉さんのことはいい人だとは思うけど、今この家族の中に私が入った姿など、とても想像できない。
「うーん……それじゃあ。まずはひとりひとり、お見合いとかしてみたら?」
「えっ……?」
これでもう茉莉さんとは……と、なんとなく覚悟していたその横で、当の彼女はまた突拍子もない事を考えていた。
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