第2話
「さあ、降りて。ちょっと急だから、気をつけてね」
パンツと合わせた淡いジャケットに、光沢のある白のブラウス。
待ち合わせ場所にいた司さんは眩しいほどの女性だったのに、この少し薄暗いバーへ降りると、それでもどこか勇ましい。
火曜日には閉めているはずのこの店を、今日はご好意で使わせてもらえるそうな。
「ありがとう……ございます」
「カウンターでもいいかな?」
私がそのカウンターの前へつくと、司さんはその向こうへ。
「なに飲む? いちおう、ノンアルもあるけど?」
「ええと。じゃあ、ノンアルのものを。なにか……」
「うん。ちょっと、まってね」
司さんはその奥のパッドか何かを操作すると、天井を向いて、また何かを操作する。
「カメラでね……お客さんの顔を追って、注文とか管理できるんだよね」
「へぇ。そんなふうになってるんですか?」
「いちおう、こっちでも憶えるようには言われてるけど。便利だし、防犯も兼ねてね……よし、と」
ジャケットを脱いでブラウスの袖をまくると、奥からグラスやドリンクを取り出して作り始める。
たしかノンアルのものはモクテル、と言うのだったろうか。司さんは真剣に、時折笑顔も忘れずに、ほんとうに手慣れたバーテンダーと言った感じだった
「あの。これって、店ではいくらくらい……?」
「なに? 口もつけないうちから」
これは私も野暮かなとは思ったものの、あまりに綺麗なお手前に、これはプロの仕事なんだろうなとは考えずにはいられない。
「いいよ。従業員割引あるし、
「いえ、でも……」
ここで茉莉さんの名前が出るのも、なんとなく気が引けてしまう理由の一つ。私はこの司さんからしてみたら、妻の浮気相手、という立場なのだ。
「私その、茉莉さんとはほんとうに……いえ、既婚者だとは……」
「あーっ、その事なんだけど。私も真由美ちゃんに、何か言える立場じゃないんだよね」
「えっ?」
「私も、もともとあの三人で結婚してたとこにさ、大学が同じだった茉莉と
「は、はあ……」
「それに私、バツ二だし……」
「えっ……!?」
「前もその前も、女の子。どっちも私一人、相手一人とだけどね」
なんというか、この目の前の人にそんな過去があったとは。
「なんていうかさ……女同士って、どうしていいかわからないじゃない?」
「それは、なんていうか」
「そりゃあ、こうして結婚は出来るようになったけど、やっぱり世間はなんで女同士? って。昔はそういうのに反発して自分たちは……ていうのが女同士の恋愛で、その延長が結婚だって思ってた」
それは、なんとなくわかる気がする。自分が同性が好きだって気づくのにだって何段階か、それから恋人になれる人を見つけるのにも、私たちは右往左往してしまう。
「でも、それでいざ結婚ってなると。結局案外、世の中ってそういう事情までは関わっては来ないんだよね。それで私たちは、生活のために外に出て、家で顔を合わせる時間も取りにくいし」
実際に結婚したら、私と茉莉さんもそうなのかな。とふと思う。そしてその中で、私にとっての司さんや
「――じゃあ結局、昔の熱みたいなの取り戻そうって思っても。浮気してるんじゃないのかとか、私のこと好きじゃなくなった? とか。今にして思えば、わざと見つけようとしてたのかも……それで結局、疲れちゃって」
どこか達観して余裕ある大人って感じの司さんだけど、その告白はなんとなくこの人らしいと、どこかで感じた。
「拾ってくれた、彼女達には感謝してるよ? あの家で、家族ってこうやって作ってもいいのかなって思えたし」
「じゃあ、茉莉さんたちのこと……?」
「あの頃みたいに熱をあげては、たぶん無理かな。昔の子たちに未練みたいなものも残ってるし、もうあんな風には出来ないって、自分でも思うし」
「そう、ですか……」
「だから今は。皆のこと、家族として愛してるって感じかな」
愛してる。
恋愛ドラマでそれこそ何度も聞いた言葉だけど、こんなふうにしみじみと、誰かを深く想って形にされるその言葉は、初めて聞く言葉のようだった。
「ねえ、ほんとに今日飲まない? 茉莉からは、かなりイケるって聞いてるけど?」
「じゃ、じゃあ……一杯」
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