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泣きそうになった・・・。
可哀想とかそういう感情ではなく、なんでか分からないけど泣きそうになった。
でも泣くわけにはいかないので、しっかりと挨拶をしてお辞儀をした。
「中学の時の塾の先生でもあるんだよね~!
お母さん、先生がデパ地下のお弁当奢ってくれるって!!
あ!お茶お茶!!!先生にお茶出してあげて!!!」
悠ちゃんが・・・お母さんにそんなことを言った。
俺が驚いて悠ちゃんを見ると悠ちゃんも驚きながら俺を見ている。
「・・・お茶じゃなくてお酒とかの方がいいですか?
お母さん!!お酒あったっけ!?」
ネコを抱きながら悠ちゃんはダイニングテーブルの椅子に座ってしまって、お母さんはゆっくりとゆっくりと一生懸命歩きながらキッチンに向かう。
また慌てて俺がお母さんの方に向かおうとした時・・・
「先生!!」
悠ちゃんに呼び止められ、悠ちゃんを見た。
そしたら怖いくらいしっかりした顔で俺を見ている・・・。
怖いくらい・・・怖いくらいしっかりした顔と・・・目をしていた。
「出来ますから。お母さんは出来ますから。
時間は掛かりますけど待っていてくれますか?」
そう言われ・・・俺は黙って頷きダイニングテーブルの椅子に座った。
キッチンの方でカチャカチャとぎこちない音が聞こえてきて、その音を聞いているだけでも泣きそうになった。
それなのに悠ちゃんは・・・
「お母さ~ん!!
私もお弁当食べたいから、お箸持ってきて~!!」
そんなことまでお母さんに頼んでいた。
この状況に驚くしかない俺の目の前に、悠ちゃんのお母さんがガタガタと震えた手で俺の目の前にお茶を置いた。
それを見ながらまた泣きそうになった。
泣きそうになりながらもお礼を言った。
またゆっくりゆっくりキッチンに歩いていき、今度は缶ビールまで。
その手はさっきよりは震えがおさまっていた。
そして・・・悠ちゃんと自分のお箸も持ってきて・・・
悠ちゃんは「美味し~い!!高い味!!」なんて言いながら先に食べていて・・・
お母さんは必死にお弁当の蓋を取ろうとしている。
これが全然取れない。
全然取れなくて・・・手伝ってしまいたくなる。
助けてしまいたくなる・・・。
「先生。」
そんな俺に悠ちゃんが声を掛け・・・
「それは優しさじゃないと思います。」
「優しさ・・・?」
「先生だってクライアントによく言ってるじゃないですか。
不安でいっぱいのクライアントに“しっかりしましょう”って。」
「それはそうだけど・・・。」
「それと同じです。
今この瞬間だけじゃなくて、お母さんの花火の音はまだ終わらないから。
お母さんのためを思うなら・・・です。」
悠ちゃんはそう言ってお母さんに笑いかけた。
そんな悠ちゃんにお母さんはぎこちない笑顔を見せている・・・。
泣きそうになった。
なんだか分からないけど、とにかく泣きそうになった・・・。
それを誤魔化すように缶ビールを開け、呑んだ。
父さんはよく缶ビールを呑んでいるけど俺は初めて呑んだ。
悠ちゃんと悠ちゃんのお母さん、そして今にも死んでしまいそうな“花火”を見ながら呑んだ。
初めて呑んだ缶ビールの味は、俺が今まで呑んだどんな高いお酒よりも美味しかった。
「え、先生・・・まだいるの?」
悠ちゃんが久しぶりにタメ語になり、それに嬉しくて笑った。
缶ビールを1本呑んだだけなのに・・・少し酔ったように思う。
今まで酔ったことがないので分からないけど、恐らく酔っていると思う。
「もう少しだけ。
“花火”は・・・?」
これまで動物に何かの感情を抱いたことはなかったけど、悠ちゃんがあまりにも大切そうにずっと抱いているので、俺も“花火”がどんどん大切なモノに思えてきた。
悠ちゃんが抱いたまま俺に“花火”を見せてくれて・・・
“花火”が閉じていた目を少しだけ開け・・・俺を見たように思った。
「少しだけ抱いてもいいかな・・・?」
なんでか分からないけど抱きたくなった。
犬もネコも抱いたことはないけど、無性に抱きたくなった。
悠ちゃんが“花火”に声を掛け、俺の腕の上にのせてくれた・・・。
軽かった・・・。
“花火”は軽かった・・・。
でも、温かくて・・・。
そして、重かった・・・。
軽いのに重かった・・・。
とても、重かった・・・。
「先生、ネコ好きだったの・・・?」
悠ちゃんがまたタメ語で俺にそう聞いてくる・・・。
“先生”でもなんでもない姿だからかもしれない・・・。
俺があまりにも泣いているから・・・。
嗚咽まで出て泣いているから・・・。
俺は昔から死んでしまうことが怖かった。
凄く怖くて、凄く凄く怖くて。
いつか来てしまうその時が、その時が凄く怖くて・・・。
強く見せることもしっかりしているように見せることも出来る。
でも、俺は弱かった・・・。
母さんが言うとおり弱かった・・・。
今にも死んでしまいそうな“花火”を抱いただけでこんなに怖くて、こんなに泣いてしまって・・・。
泣きながらも顔を上げると悠ちゃんのお母さんが・・・。
あんなに元気な姿だったのに、こんなにも生きるのに精一杯の姿になってしまった。
それを見ているだけで、こんなに泣いてしまう・・・。
なんだか分からないけど、とにかく怖くて・・・。
俺はとにかく怖くて・・・。
泣きながら“花火”の胸に耳をつけた。
小さくて小さくて今にも終わりそうな“花火”の花火の音が聞こえている・・・。
それにまた泣いた・・・。
これ以上泣けないくらいなのに、また泣いた・・・。
そして、真夜中・・・
悠ちゃんに抱き締められたまま、“花火”の花火の音は終わった・・・。
悠ちゃんのお母さんは泣き崩れていた。
悠ちゃんは片手で“花火”を抱きながらも、もう片方の手でお母さんを抱き締めた。
しっかりしていた・・・。
悠ちゃんの顔も目も、しっかりしていた・・・。
しっかりしている子だとは思っていた。
再会した時、しっかりしている子だとは思っていた。
それはそのはずで・・・。
あんなに大変なことがあったのに、中学3年生だった悠ちゃんの成績はもっと上がった。
塾に入ってから元々上位だった成績が・・・全ての教科がオール5になった。
俺だってオール5ではなかった。
それなのに悠ちゃんはオール5にした。
それはそうだ・・・。
当時のお母さんはもっと大変だったはずで。
そんな中しっかりしていた。
塾に来たらいつも明るく笑っていた。
明るく笑いながら“家が大変”と言っていた。
そこまで大変だなんて思わなかった。
気付きもしなかった。
でも・・・だからこそ、構いたくなったのかもしれない。
その明るい悠ちゃんの力に惹かれて。
つい、近付いてしまいたくなる。
悠ちゃんといたら一緒に進めるような気がしてしまうから。
楽しく、明るく、なんとなく・・・。
そんな風に1人でも生きてるくらい強い悠ちゃんと、一緒に進めるような気がして・・・。
「先生、ありがとう。」
“花火”とお母さんを抱き締めながら、悠ちゃんが俺を見てそう言った・・・。
昔と同じようにそう言った・・・。
でも“先生”と呼ばれたことに違和感を感じた・・・。
俺はきっと今、何の“先生”でもないから・・・。
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