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ご飯の話をしたら少し無言になった後、2人分頼まれた。
仕事を大急ぎで片付け、事務所の近くで買ったお弁当を持ち悠ちゃんの家に向かう・・・。
近所に住んでいるけど、この街でバッタリ会ったことはなかった。
それなのに仕事の相手として再会をして、不思議な再会だと思った。
そんなことを思いながら1度だけ来たことがある悠ちゃんの家のインターフォンを押した。
花火大会以来だった。
あの日の花火大会以来だった。
俺が今まで生きてきた中で1番怖かった日以来だった。
あの日は本当に怖かった。
電話で悠ちゃんから聞いた話が本当に怖かった。
俺の大好きで大嫌いでもある花火の音が大きく鳴り響く中、悠ちゃんを抱き締めた。
“花火の音が終わるまで、抱き締めて”
そう言った悠ちゃんを抱き締めた。
それは悠ちゃんを抱き締めてあげたいと思っただけではなくて、俺のことも抱き締めて欲しかった・・・。
俺は小さな頃から花火の音が大好きで。
でも、大嫌いでもあって。
その理由が全く分からなかった。
でも、悠ちゃんに言われて分かった。
“心臓の音”・・・。
あれは“心臓の音”・・・。
あの花火の音が終わる時、心臓の音も終わるような感覚になっていた・・・。
それを悠ちゃんが言って、俺もやっと分かった。
怖かった・・・。
悠ちゃんのお母さんが死んでしまうかもしれないと思った・・・。
でも、しっかりした・・・。
悠ちゃんの方が絶対に怖いはずだから、しっかりした。
今は、しっかりした・・・。
そして悠ちゃんにも伝えた。
“しっかりしよう。
今は、しっかりしよう。”
そう伝えた・・・。
そんなことを思い出していると、悠ちゃんの家の扉がゆっくりと開かれた・・・。
出てきた悠ちゃんはしっかりしていた。
しっかりした顔で・・・
胸に茶色いネコを抱いていた。
「先生、わざわざありがとうございます。」
「いいんだよ、お弁当買ってきたからね。
リビングまで持っていくよ。」
抱いているネコを見ながら言うと悠ちゃんはお礼を言って部屋に入れてくれた。
リビングに通されると・・・部屋は生活感で溢れていた。
昔、花火大会の日に来た時はモデルルームのような部屋だった。
お母さんは専業主婦だったのでお母さんがしていたのだろうと今は気付く。
そのお母さんがいない・・・。
「お母さんは?」
「今は寝ています。
お母さんも“花火”のことを夜も寝ずに見ているから。」
「“花火”・・・?」
「あ!ネコの名前です!!
“花火”の花火の音が長く長く続くように。」
悠ちゃんはそう言って、グッタリとしている茶色いネコを抱き締めしっかりと笑っていた・・・。
*
「お弁当ありがとうございました。
おいくらでしたか?」
悠ちゃんがそう聞いて、リビングに転がるように置いていた鞄から財布を片手で持った。
それには驚き首を横に振る。
「いらないよ!俺の方から言ったからね。」
「そんなわけにはいきません。
コンビニやスーパーのお弁当ならまだしも、こんなデパ地下の高そうなお弁当なんてもらえませんから。」
「いいから!本当に!!
差し入れだと思ってもらって!!」
こんなに何かに慌てたのは初めてで。
何でこんなに慌てたのか分からないくらいに慌てた。
そんな俺を悠ちゃんは面白そうな顔で笑って頷いていた。
「お弁当2つでよかったのかな?
お父さんは食べてくるの?」
「お父さんは少しいなくて。
あと1週間くらいで帰ってくる予定ですね。」
「そうなんだ・・・。
悠ちゃん1人で大丈夫?」
「何がですか?」
「お母さんのことや“花火”のこと・・・。」
俺がそう聞くと、悠ちゃんは不思議そうな顔で首を傾げた。
「別に全然大丈夫ですけど。」
それを聞き、お母さんの具合はそこまで悪くないのかと思った。
悠ちゃんが中学3年生の時だったし、長い年月も経っているから。
そう思った時にリビングの扉が開いた。
お母さんだった・・・。
悠ちゃんのお母さんだった・・・。
塾の面談でも会ったことのある悠ちゃんのお母さんだった・・・。
美人でハキハキした、健康的な身体をした悠ちゃんのお母さんだった・・・。
そのお母さんが、歳のせいだけではなくどこか虚ろな顔をして、虚ろな目をして、背中は少し丸まり随分と細くなった、悠ちゃんのお母さんだった・・・。
驚いて何も言えない俺に悠ちゃんのお母さんは少し笑ったように見えた。
笑ったその顔はどこか不安定で・・・口が曲がっているようにも見える・・・。
口というか顎というか・・・酷く歯を食い縛っているように見えた。
そんなお母さんがゆっくりと口を開き・・・
「はぁ・・・るか、の・・・はぁ、はです。」
そう言って、そう言って・・・
ゆっくりとゆっくりと、ぎこちない動きでお辞儀というか・・・お辞儀をした・・・。
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