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そんな生活を続けていて、季節は11月になり・・・その11月も終わろうとしていた。




「先生、あの・・・明日と明後日お休みいただけますか?」




悠ちゃんが珍しく神妙な顔で俺に聞いてきた。

たまにお母さんの病院の付き添いで休むことはあったけど、本当にたまにで。




「有給休暇も全然使っていないし、休んでね。

後で仕事引き継ぐから。」




「明後日までの仕事は全て終わらせています。」




「・・・ありがとうございます。」




悠ちゃんにはこういうところがある。

それと優先順位をつけるのが相当上手い。

俺が優先させたいことは必ず悠ちゃんも汲み取れるだけでなく、各クライアントで悠ちゃんと直接やり取りをしてもらっている仕事もそうだった。




なんというか・・・

“やる時はやる”の典型的な感じで・・・。




でも、その“やる時”は物凄く能力が高い。




そしてやっぱり・・・




「先生のこのクリーニングは、また後日で。」




俺がお願いしたクリーニングはまた後日に回される・・・。

それには面白くて笑いながら頷いた。




“俺には秘書は必要ない”

悠ちゃんが来るまではそう思っていたけど、悠ちゃんがいない2日間は結構大変で。




いつも悠ちゃんが座っているデスク、そこに悠ちゃんが2日間もいなくて・・・

約4年間もほぼ毎日一緒に仕事をしていて・・・

1人の女の子とこんなに長い間一緒にいたことがなかったとに改めて気付いた。




そう思いながら夕方、何気なくスマホを取り出し悠ちゃんの連絡先を見た。




仕事の話はしたことがあるけど、個人的な連絡はしたことがなかった。

悠ちゃんは・・・恐らく、恐らくだけど、俺のことが好きなのに・・・。




絶対に連絡をしてこなかった。

どこかに行きたいと言われたこともなければ、何かが欲しいとも言ったことはなくて。

付き合ってはいないから、それは当然なのかもしれないけど・・・。




とにかく、俺に何も求めてこなくて・・・。

たまに真っ赤な顔で、泣きそうな顔で俺を見ようとするだけだった。

それも、絶対に見ない。

そんな顔でも俺のことを絶対に見なかった。




なんだか分からないけど、不安になった。

このまま悠ちゃんが戻ってこなかったら・・・そう思った。




どうしようもなく不安になり、悠ちゃんの連絡先を押そうとした・・・




その時・・・




電話が掛かってきた・・・。




電話が掛かってきた・・・。




悠ちゃんだった。

悠ちゃんから電話が掛かってきた。

有給休暇で休みの悠ちゃんから、電話が掛かってきた。




一気に心臓が高鳴り電話に出た・・・。




『あの、申し訳ありませんが・・・あと1日お休みをいただけませんか?』




有給休暇中の悠ちゃんから出た言葉は、そんな言葉だった。

その時に思い出した。

1度だけ・・・1度だけ誘われたことがあった。

悠ちゃんが事務所に入ってすぐの頃に、1度だけ誘われたことがあった。




なのに“また後日”・・・そう言って、その後日は約4年間も来ることはなかった。




『あの、やっぱり無理ですよね?』




何も言えなかった俺に悠ちゃんから聞かれ・・・それでも俺は何も言えなかった。

不安だった・・・。

このまま・・・悠ちゃんがいなくなってしまうような気がした・・・。




『先生、あの・・・』




「悠ちゃん。」




何かを言われる前に悠ちゃんの名前を呼んだ。

聞くのが怖いけど、すぐに聞きたくはなかった。




「悠ちゃん、ゆっくり休めた?」




『ゆっくりは・・・はい、ありがとうございました。』




「テレビは見た?

今もテレビは好きなのかな?」




『はい・・・今も好きです。』




そんな話をした。

そんなたわいのない話を。

なんだか凄く怖くて・・・。

心臓が爆発しそうなくらい大きく大きく鳴る・・・。




それを聞きながら、しっかりした。

今は、しっかりした。




「明日、どうしたの?」




心臓が爆発しそうな音を聞きながら、悠ちゃんからの言葉を待った。




悠ちゃんは少し無言になった後、小さな声で・・・




『ネコが・・・』




そう呟いた。




「ネコ?」




全く予想出来なかった言葉で、聞き返す。





『はい、あの・・・ネコがもう死んでしまうところで。

最後まで一緒にいたくて。

社会人なのにそんな理由で申し訳ありません・・・。』





悠ちゃんには申し訳ないけど、一気に脱力した。





「うん、休んでいいからね。

明日だけじゃなくて落ち着くまで休んでいてもいいから。」




『ありがとうございます・・・。』




「後で悠ちゃんの家にお邪魔してもいいかな?

悠ちゃんのことも心配だから。」





悠ちゃんの神妙な顔を思い出し、思わずそう言った。





『それは結構です。』




「即答だね・・・。

夜ご飯は?家族みんな食べられてるの?

何か買っていくよ。」

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